【13】雷神 対 炎熱千拾郎2

 ――先に動いたのは千拾郎だ。下手に自分の異能を勘ぐられて《タイムストップ》を使われては、今度は《グランドミラー》を張っていない千拾郎は高飛びできない分不利だった。

 当然そこまで雷神の詮索が考え及んでいるとは考えがたい、また千拾郎には雷神を倒す秘策もあった。無策ゆえの突撃ではない。

「ぐっ――ぐふぅっ」

 突然だった――――直立したまま雷神が吐血したのだ。

「なんだ……と?」

 それは千拾郎との戦闘で生じた怪我などではない。それ以前――――三回戦後の治療技師による施術が原因だった。

 千拾郎自身も予想していた。治療技師を使って遅効性の毒を仕掛けることを炎魔から伝え聞いていたからだ。しかしダメージが致命傷になってしまっては元も子もない。矛盾してるようだが炎魔は純粋な決闘で勝敗を決したかった。


 毒の効力は極端に落してある代わりに幻惑作用があり大きな隙を生む。炎魔いわく上手く使えとのことだ。当然、千拾郎は炎魔を非難する。

 『こんな卑怯な方法で勝っても不名誉だ!』

 『千拾郎よ、落ち着いて考えてみろ――あの《灼熱君子》負け方を見たろ? 正攻法ではお前も犬死にするだけだ』

 『だからって……』

 『こう考えろ――奴は自分の意思で毒を取り込むリスクを犯した――それを利用することもまた戦略なのだ』

 『勝つためには非情になれと?』

 『その代わり、お前は絶対に負けてはならん。絶対にだぞ』

 炎魔は固く念を押してきた。千拾郎は渋々その場から引き下がったのだ。


 吐血を皮切りに幻惑作用の発作を確認した千拾郎は、立ち竦む雷神に向かって走り出す。

「(雷神――――俺を恨むな。戦いは立ち会う前から始まっていたのだ)」

 そうして、難なく接近を許した雷神に向かって千拾郎は異能を行使する――――《一の太刀》という異能剣術だ。

 この剣技自体の殺傷能力は低いが、二発、三発目の攻撃がパワーアップする特性を持っている。雷神は直前に《電気鍍金》を張る――ところが斬撃は《電気鍍金》の防御力さえ上回る斬撃が雷神の腹部から胸部にかけて浅い裂傷を与える――鮮血が飛び散る。

 今までの打撃攻撃や遠距離波動攻撃と比べると、刀による裂傷は致命傷を受けるリスクが高く、危険だ。

 雷神は未だ幻惑に囚われ狙いを定めることができない。《プラズマ》をチャージする。

 ところが――――、千拾郎はこの至近距離での詰め合いからあらゆる対処法を想定していた。三代前の祖先が体得していた剣術奥義カワセミだ。

 動体に剣先を触れ合わせることで、動きを手足のように感じ取り回避の立ち回りに利用する剣術だった。

 千拾郎は《カワセミ》で二本――四本、七本と、全方向から不規則に入り乱れる《プラズマ》の電流を生身のままで全て回避する――放電が収まったとき無傷の千拾郎が居ることに雷神は絶句する。

 雷神の必殺技を回避した千拾郎は続けざまに剣術を繰り出す。

「《火竜七閃八爪》っ――――!」

 《焔映刀》の炎が消え、刀身が赤く輝くと、抜刀した刀剣を腰の鞘にあてがい、構えたまま居合い切りのようにして踏み込み様に雷神を一閃する。

 ズズズ……――――ドォンッ――!

 すると――――、千拾郎は雷神の背後の遠くに跳躍していた、その間の地面には高速で引き摺ったような黒い火傷後が残っている。焼け爛れた草から白い煙が立ち昇る。

 一瞬間を置いて、雷神の体には七箇所の竜の爪で抉り取られたような鋭利な傷跡が刻まれた。――――これに驚いたのは雷神ではなく千拾郎の方だった。

「(まさか! ――俺の最大最強の奥義を食らってこの程度のダメージだと!)」

 《火竜七閃八爪》は赤く熱した刀身から繰り出す超速度の七連斬を一瞬のうちに叩きつける大技だ。

 この時、熱した刀身で抉り取るような傷跡が、竜の爪痕のように歪に三本の傷跡となって残ることから八爪という大仰な名前も付けられた。これが精精、竜や熊の類なら一撃で八つ裂きになって細切れの肉塊に変貌している――――華奢な異能者なら尚のことだ。

 しかもこの時、千拾郎は《一の太刀》を使い、これでもかと威力を底上げしていた。通常の《火竜七閃八爪》の六倍以上の攻撃力があったのだ。

「――――!」

 もちろん――この威力には雷神も心底驚いている――辛うじて目や耳といった重要な器官だけは守ったが、血だるまも同然だった。

「(なんて馬鹿げた威力だ――伊達に炎魔七人衆最強の一番弟子を自称してないってことか)」

 無論、この結果を踏まえて千拾郎が逡巡していたのはコンマ一秒程度のことだ。雷神の命を奪うため続けざまに必殺の一撃の構えを取る――それこそ雷神が自分のダメージを意識する間もなく繰り出される。

「《火竜双空破斬》――!」

 雷神の背後から空に向かって放たれた二本の斬撃が波動となって彼の背を襲う。雷神の背中に両翼の生えたように鮮血が飛び散る。――《火竜七閃八爪》よりもずっと深い傷だった。

「《火竜一閃》――――――――!」

 《火竜双空破斬》が雷神の背に到達する前に千拾郎は雷神へ向かって飛び距離を詰める、――――《火竜双空破斬》を受けた雷神は振り向き様に《焔映刀》の突きが腹部に深く突き刺さる。

 ――――ドッ!

「…………――――!」

 雷神の体を貫通し、背中から《焔映刀》の切っ先が突き出す。――――が、雷神がグッと刀身を右手で掴む。

「――――!」

「……ふ……ふふふ、つかまえたぜ」

 雷神の手に力が篭もる――――その瞬間。パキン、と――――雷神の強靭な握力でもって刀身が二つに折れて両断されてしまった。

「くっ――――!」

 《焔映刀》が折れても雷神は柄を手で握り締めたままだ――雷神は自らの血で真っ赤に染まった顔で、歯をむき出しにして二っと笑った。

「これでおもちゃもつかえねぇな?」

「――――!(こいつ!――わざと刀身を折るために攻撃を許したのか!?)」

 しかし、千拾郎の推測は半分当たっていて半分は外れていた――――今でも雷神は幻覚の中に居て意識ももうろうとしている。この不調時にむやみやたらに動くならむしろ、相手の攻撃を許し反撃の機会に備えるほうが賢明だ。ところがそれは当たり所が悪ければ致命傷にもなり得る危険な選択であり、苦肉の策以外のなにものでもなかった――――そんな駆け引きの中、対する千拾郎は危険とはわかっていても刀剣の柄から手を離せないでいた。――それは仕方がなかった。自らの血の記憶が、そして遠い先祖の意思が《焔映刀》を手放すことを許さない。

 雷神はそんな千拾郎に対して《焔映刀》の柄を伝導体にして、強力な電撃を浴びせた。

「ぐあぁあああああああっ――――」

「――――せ――、千拾郎っ!」

 千拾郎が強力な電撃に絶叫すると、遠くの方から炎魔の叫びが聞こえる。冷酷無慈悲の彼とて一番弟子の戦いは固唾を呑んで見守っていた。

 電撃攻撃が終わると、千拾郎の焼き爛れた肉体からプスプスと煙が立ち昇る。――それでも彼の柄を握る力は弱まらない。そればかりかいっそう手に力が篭もる。雷神は言う。

「たいした奴だ――まだ死なないとはなっ」

 雷神は刀身を手放すと、手のひらから爆風を生じさせ、《焔映刀》の柄ごと千拾郎を遠くへと吹き飛ばした――――咄嗟の攻撃に成すがまま吹き飛ばされる千拾郎。

 しかし、雷神もまた瀕死だった。《電撃化》し肉体に深くめり込んだ《焔映刀》の刀身を振り落とすと、《雷撃化》したまま千拾郎へ向かって突進した。

 地面を滑走する千拾郎――滑りながら咄嗟に体勢を立て直し、振り向き様に斬撃を繰り出す――――《ツバメ返し》だった――ところが、刀身のリーチが足りないことから、太刀筋を雷神に見切られ交わされてしまう。あさっての方向から繰り出される雷神の旋回突進を食らって千拾郎の腹部に大きな風穴が開く。

「あっ――――」

 そのままの勢いで、千拾郎は息を飲む間もなく吐血し背後に投げ出される――――そして、誰しもが予想もしなかった結末を迎える。


 それは場外の深い深い谷だった。千拾郎は広い草原の端に設けられた谷に投げ出されて地の底に消えていった。――――そのまま、千拾郎が帰って来ることはなかったのだ。

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