第6話 バカップルズ

 「タクト。明日は少々厳しい戦いになる。朝食後、全員完全武装で自宅待機していてくれ」

「…わかりました。みんなにも、伝えておきます」


 万屋ギルドの入り口でタクトと別れた後、勝手知ったる他人の家と支部長室に行く。

 コンコンコンと3度ノックする。


「おーい支部長。リオだ、いいか?」

「入れ」


 ドアだけ開けて中には入らずに、支部長に声をかける。

「明日。魔物の森に沿ってしばらく行った場所で、タクト達に地獄を見せる。多少音や振動が届くかもしれんが、問題ないと通達しといてくれ。」


 言うだけ言って、返事も聞かずにドアを閉める。

「あっ、おい」


 支部長の声が聞こえるが、俺が止まるとは思ってないのだろう。咄嗟に出た一言だけで、あとは何も聞こえてこなかった。

 ギルドを出て村長の家に向う。


「おーい村長、いるかー?」

「はーい、ちょっと待ってね」


 中から出てきたのは耳が長く、ヒト族によく似た美しい種族。エルフの女性だった。

 20かそこらの外見年齢と種族共通の美しさで、村でも一番のちぐはぐ夫婦の片割れだ。


「あっ、村長婦人。伝言でいいんで頼める?」


 そうこの美人は、あの村長の嫁さんなのである。

 若い頃は戦闘万屋として旅をして現婦人と結婚。故郷へ帰りなんやかんやあって、開拓村の村長を任されたらしい。

 そして村の若人は、村長が亡くなったら彼女は俺が!と密かに考えている者が多い。


 俺?

 俺は旅に出ると決めていたから、色恋よりも生き残るために強くなることに忙しかったからなぁ…


 それに下手に前世の知識がある分、20代後半から30代前半くらいまでが好みになるという。

 11歳にして、これほどの業を背負ってしまっている。

 今の母親より年上スキー…


 将来は好みの年齢が同年代になるので、深く考えないようにしよう。

「えっと、リオ君?」


「ああ悪い、なんて伝えようか考えてた」

 息をするように平気で嘘をつく、大人になったなぁ。悪い大人に。


「明日、森で戦闘訓練するから。こっちまで音が届くかもしれないけど、心配しなくていいって伝えてくれ」

「わかったわ、彼に使えておくわね」


 未だラブラブの夫人に礼を言って、村長宅を後にする。

 そして俺は知っている。村長が亡くなれば夫人は、村長の遺骨を持って故郷のエルフ村に帰って未亡人として過ごすことを。


 失恋確定な若人達よ、強く生きよ!!


 その後は村でも有数のおしゃべりな、お…ねえさん達に説明して回った。

 女はいくつになっても女なのよとは、誰の言葉だったか。


 帰宅、夕食、就寝と、残り少ない日常をスキップして翌朝。


「おはよう」

『おはよう』


「いってきます」

『いってらっしゃい』


 しっかりと家族との朝食を楽しんでから外出。

 いざ、村の男性若人第2の敵の家へ!


 俺の接近を感じ取っていたのだろう。タクトとタクトハーレムの全員が、豪邸の門の前に整列していた。


「リオさん、おはようございます!」

『おはようございます!』


「おはよう。移動するぞー」

 準備が出来ているかなんて無駄な事は聞かない。出来ているからわざわざ外で待っていたんだろうし。


 タクト達も返事をして俺に続くつもりだった様だ。

 俺の無言猛ダッシュを見るまでは。


「全員走れ!」

 タクトの声で慌ててタクトハーレムも走り始める。

 急停止したくなるが、自分から評価を落としにいく必要もないので走り続ける。


 振り向きはしないが最後尾にペースを合わせて走ること1時間。

 そろそろ止まってもいいか。目的地なんてないし。

 いきなり止まらずに、徐々にペースを落として走り、歩き、止まる。


「はーい休憩、座り込むなよ」

 全員呼吸を荒くして、倒れ込みたいのを我慢しているようだ。

「呼吸を整えながら聞くように。今日から春まで、ほぼ毎日地獄の特訓をするから」


 誰もが驚き、そして暗い表情へと変わっていく。

「ただし。課題を達成できた者は、翌日から来なくてもいい」

 喜び、そして熱意へ。こいつ等の百面相が面白い。


「聞くが。お前等全員で正面からかかってきて、俺を殺せると思うか?」

「いえ。初めて会った時から格段に強くなった気はしますが、未だに勝てるとは思えません」

 タクトハーレムを見ても頷いている。


「単に俺が強いからじゃなくて、勝てない理由とその習得方法を教えるのが、今回の特訓の目的だ」

「なっ!」


 驚き、息を飲む音が聞こえるが放置。

 正直これは賭けの要素が強い。

 タクト達が強くなれば村が、ひいては両親の安全性が上がる。

 しかし強くなった彼等は、もっと魔物が強くて稼げる狩場近くに引っ越すかもしれない。


 半年程度の付き合いだが彼等はそんな薄情な事はしないと思うので、教える事にした。

 気と魔力を使った俺独自の戦闘方法を。

 神力は誰も持ってないのは、確認してある。


「ちょっと見てろ」

 腰の後ろに挿してある剣鉈を抜き、魔力強化してある腹に刺す。

 当然、強化された体に阻まれて切っ先は刺さらない。


「しまった、服に穴が…まあいいか。知っての通り魔力強化をすると身体能力が劇的に向上し、全ての面で並の魔物を超える」




「だが魔力強化には、まだ上がある」

 まだ始まってもいないのに、今日一番の感情の振りが全員を襲う。

 ここで俺と手加減無用の殺し合いをしなきゃ身につかない、とか言ったらどうなるんだろう。


「それがあの時、俺を圧倒した強さ…」

「いや、あれは習得できる条件が生まれつき決まってる方の強化だ。今から教える奴は、それと魔力強化の中間だな」


「こん中で魔力強化使えるなら挙手」

 大体2割か。


「んじゃ、気を扱える奴は?」

 これは1割未満か…先は長いな。

 タクトだけが両方使える、と。流石勇者。


「んじゃタクト、俺の手を取れ」

 掌を上に両手を前に出し、手を重ねさせる。

 気と魔力を融合させて自身に強化を施す。


「何か感じられたか?」

 タクトは自身の震える手を見ながら、表情を驚きから歓喜へと変えていった。


「はああああああああああああああああああああ!!」

 そして一発で成功させやがった。


「凄い、凄いですよリオさん。これがあれば、確実にみんなを守れる!」

 うんうん若いっていいね。さっき強化にはもうひとつ上があるって説明したのに、興奮して忘れられるなんて。

 ああ。横で爆力強化して、現実を見せつけたい。


「そいつは霊力強化って言ってな、今タクトがやって見せた様に気と魔力を融合させて自分を強化する」

 元々俺より強いタクトが霊力強化を覚えたので、神力強化でも互角の戦いになるだろうな。


「タクトそろそろ解除しろ、長く使うと一気に疲労が襲ってくるぞ」

「あっ、はい…おっと」


 慣れない霊力強化に興奮して全力で強化したからか、体力に関係する気を使い過ぎたな。

 よろけたタクトをタクトハーレムに押しやり、彼の承認欲求を満たしてもらう。


 すごいですタクトさん。ホントよねアタシも負けてられない。わたくしにも教えてくださいませ、タクト様。等々。


 1時間後、何故かタクト先生の青空霊力強化習得教室が開催されていた。

 あっるぇぇぇぇぇぇ?


 更に2時間後。

 和気藹々とした座学が終わり、体験訓練の途中で昼休憩に入った。


 昼休憩も終わり、そろそろ俺が呼ばれるのかなと思ってたら。

 結局夕方前の帰還時間まで呼ばれなかった。

 俺はずっと膝を抱えて待っていた。

 延々と他人のイチャラブを見せられ続けたんだよ!

 生まれて初めて目が死んでいた自覚がある…


「そろそろ夕方になるね、みんな今日は終わりにしようか」

「はーい」

「あっリオさん…本日は監督お疲れさまでした…」


「お前等、俺の事忘れてただろうがーーー!!」

 全力全開手加減ゼロの、100%爆力パンチを地面にかます。


 爆心地にいた俺は風圧で上空に舞い上がるが、霧になることで無事生還。

 一瞬で破れた鼓膜も再生して、地上へと戻った。

 バカップルも咄嗟の防御魔法等も努力むなしく、かなりの距離を転がされていた。


 打撃点は大きく抉れ、キロ単位で広がっている。

 深さもそうとうで、水脈に繋がったのだろう。数か所から水が噴き出している。


 やり過ぎたとは思うが反省はしない。

 恋より修行な俺相手でも、半日以上忘れさられて見せつけられたらキレる。

 責任は俺にあるが、元をただせばハーレムバカップルが悪い。


 気絶したバカップルを鎖に乗せ、夕日を見つめながら鎖に乗って帰った。

 あんまり心が癒えた気がしない。ダメージが大きすぎて。

 バカップルを豪邸に捨てて極細ワイヤーで中から鍵をかけて去る。


 母さんの夕食はちゃんと味わって食べたけど、直ぐにふて寝した。

 俺は悪くねぇ…

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