第14話 指相撲
巨大にした極細ワイヤーの箱に、浄化した葉を積み重ねて寝床にした。
例え浄化したとしても、盗賊の使っていた物は使いたくないだろう。
代わりに彼女達は衣類も含め、全身を何度も浄化した。
パーツ射出して近くの獣を狩り、捌いて焼いて振舞った。
久しぶりの保存食以外の食べ物に、何人かは泣いていた。
俺以外の全員がワイヤーの箱に入ったら入口を閉め、空へ浮かべる。
小窓サイズの穴を幾つも開けてから、出発。
沈んでいた気分も、初めての遊覧飛行で多少持ち直したようだった。
休憩と夜間飛行を挟みつつ、翌日早朝。1番近くの街に着いた。
笛と鐘の音が響き、門の前に兵士が集まってくる。
念の為夜間は、地上スレスレを移動させていたが。よく考えなくても、巨大な箱が街へ近付いてくるなら警戒するよな。
ここは3等級のレイラに前に出てもらう。
10等級の子供より、話しが通じやすいだろう。
ワイヤーの箱は解体して回収。
数人の女性が現れる。
彼女達は一目散に門へ走り、兵士に止められて叫んでいた。
「どうして私達が自分の住んでる街に入れないのよ!」
女性達を止める兵士をワイヤーで拘束する。
「責任は偉いさんに押し付ける。あんた達は家に帰りな。後で詰め所にでも顔出せよ」
「わかったわ。坊や、ありがとう」
「貴様、何て事を」
喚く兵士にワイヤー追加して口に噛ませる。
ふぐぶぐ言い出したから煩いので移動。
ワイヤー安楽椅子を2脚作って座り、隣をレイラに勧める。
兵士達は正体不明の俺の力に、遠巻きに見ているしか出来なかった。
「お前達は下がれ。ここからは我等が請け負う」
日も完全に登り、地球基準でなら10時くらいだろうか。
軽装の兵士とは違い、全身鎧を纏った一団が門の中から現れ、俺達を監視していた兵士に指示を飛ばしている。
「イチニイサンシー」
指相撲の最中によそ見したレイラの親指を押さえた後、件の集団を確認した。
「待って、リオ君ちょっと待って。よそ見してたの、今のなし!」
「ゴーロクシチハチキュウジュウ」
「ああー…」
話しのわかる上司か、徹底抗戦に値する能無しが出てくるのを待ってたんだがな。
鎧の一団は15メートルほどの位置で停止した。
「盗賊を誅し、我らが街の者を救い出して頂けたのは貴方方か!」
戦闘の鎧が兜を外し、顔を見せながらこちらに問う。
「まだまげだー」
連敗に悔しがるレイラは無視して俺を見ている。
妥当な判断だろう。比較的マシってだけだが。
「そうだ」
「領主様がお待ちです、ご同行願います」
余計は一切ない。ただ職務に忠実であろうとする意志が伺える。
これほどの男が仕える領主か…。他に選択肢も多くない。乗るか。
俺の安楽椅子を解除して、レイラは座らせたまま連れて行く。
滑るようにして移動する安楽椅子に驚く鎧集団だが、激を受けるまでもなく瞬く間に落ち着きを取り戻した。
練度すげえな。
「是非もない」
鎧集団に囲まれて、いつの間にか復活したレイラと共に歩く。
ポッポー
しばらく歩いて辿り着いたのは、村のタクト邸よりも大きな屋敷だった。
「おっきい」
レイラの口を手で塞ぎ、代わりに俺が言う。
「リオ君、どうかしましたか?」
首を傾げてるだけでも、これだけの美少女がすると絵になる。
「ある少女を守るために、どうしても必要だったんだ」
「そうだったんですか、それなら仕方がないですね」
これはこの短期間に俺が信頼されたと考えるより、レイラが騙されやすいのでは?
組んでる間くらいは俺が注意しておこう。
屋敷の門が開かれ中に案内される。
足元には綺麗に敷き詰められた石畳と、短く切りそろえられた芝。
何かの花で作られた垣根には蕾が散りばめられ、庭園へ続く道に期待を膨らまさせる。
東屋の柱は植えられたままの木が使われ、屋根だけが人工物だ。
正面の屋敷はこの世界で初めて見る5階建て。
入り口の扉は重厚で住民の最後の避難場所に相応しい佇まいをしている。
素顔の鎧男性に案内されて屋敷の中へ入る。
「ようこそ盗賊殺しの英傑たちよ、君達を歓迎しよう!」
初めての貴族屋敷見学は、領主だと思われる濃い人物の出迎えで中断させられた。
推定領主は40代前半の男性で、金髪にピンクと珍しい色の瞳をしている。
身長は…身長は180後半…俺にもっと身長があれば…
そして足も長い。体の9割が足になっちまえばいいんだ!
細身の割りに体はそこそこ鍛えられているようで、体幹も歩き方も安定している。
服装は体の右側でボタンを留める、軍服か貴族服。
豪華に見える飾りはなく、襟や袖口の刺繍で実務一辺倒な服にならないようにしている。
黒に金縁と地球ではよくある色使いだが、こっちでも人間の感性は変わらないのか。
案内された応接室は華美なところも、品の良い高価な品があるわけでもない部屋だった。
「さあ、座ってくれ」
このソファーも、屋敷の外や目の前の男に比べ、あまりにも貧相だ。
舐められてる?
…まだ様子見でいいか。
男に続いて、俺達もソファーに座る。
「今回は本当に助かった、礼を言う」
頭こそ下げないが、確かな気持ちのこもった礼を言われた。
「挨拶が遅れたな、私の」
「すまない。俺は他人の名前が殆ど覚えられないんだ」
「貴様、領主様の言葉を遮るとは無礼であろう!!」
俺が男の言葉を遮ったら、領主の後ろに立っていた、室内戦を想定した軽装の騎士が吠える。
「やめろ。そもそも彼はあの、勇者の兄貴分なんだ。お前では傷一つ付けられん」
「それは…自分はまだまだ未熟でした。走ってきます!!」
護衛は言いながら部屋から出て行った。誰にも止めるタイミングはなかった。
勇者の兄貴分って…
二人も護衛の突飛な行動に何も言えず、室内を気まずい雰囲気が包んでいる。
「それにしても、私の護衛が申し訳ありませんでした。私はこの地の領主をしております。リオ様に関しては、何故か名前が憶え慣れない体質だと聞き及んでいますので。私の事はそのまま領主と呼んで頂ければと」
「なんかさっきと、態度が変わってるけど?」
「はい。私は勇者タクトの大ファンでして。勇者の兄貴分であるリオ様に至っては、神にも等しいお方だと思っております。先程は部下の手前、尊大な態度をするしかなかったのです。誠に申し訳ありません」
手を膝について頭を下げる領主。
なんかもう、ついていけません…
「あーうん。じゃあさ、2つ頼みがあ」
「喜んでお聞きいたします!!!!!!!!」
いや離れろ、顔近いから。
最後まで言う前に急接近して、鼻息を荒くしているおっさんが辛い。
誰得だよ!
「まずは助け出した人達に対して、ほどほどでいいから気にかけてやってくれ」
「ええ、それはもちろん。住民個人に対して目は届きにくいですが。彼女達に対しては、兵士の巡回路で近くを通るように指示しておきます。巡回中は住民に話しかけ、様々な情報を集めるのも兵の仕事ですから。全く負担にならないでしょう。これは王都で勇者タクトが伝えた」
「待て。タクトの話しは、話しが合う奴としてくれ」
アイドルについて語るファンって、皆こんな感じなんだろうか…
いつまでも延々と話していそうな領主を遮って、無理矢理軌道修正する。
「村の巨大湖なんだが。あれの管理運営をタクトと共同でやってく」
「はいいいいいいい!喜んでええええええええええええええ!!!!!!」
うるせえ!
俺も空気になっていたレイラも、領主の絶叫に手で耳を塞ぐ。
とりあえずテーブルを蹴っ飛ばしてスライドさせ、立ち上がって何か語りだした領主の脛にぶつけて黙らせる。
「ふぐぉぅ」
20秒後。
「落ち着いたか?書くもの一式用意したら、タクトに紹介状書いてやる」
領主が消えた!?
俺の目でも捕らえられない速さで移動したのだろう。閉まっていた応接室のドアが向かいの廊下にめり込んでいる。
領主は5秒で戻ってきた。
こいつ、既にタクトより強いんじゃ…?
「どうぞこちらを」
渡された羊皮紙と羽ペンとインク壺を受け取り、蹴ったテーブルを引き寄せて手紙を書いていく。
よお、タクト。元気?俺俺、俺だよ俺。皆、怖がるリオだよ。
お前に出し忘れてた課題が決まったよ。領主と共同で湖の管理運営よろしく。
お前なら遠方から美味い淡水魚とか、その魚が生きるのに必要な環境を持ってくることも出来るだろ?
いつになるか、わからんが。俺が里帰りする時までにある程度は進めとけ。
水質的に魚が住めないなら諦めるがな。
そうそう、この領主。お前のファンでな、会ったら興奮して煩くするだろう。殴っていいからな。
静かにさせた後、勇者様(笑)の素晴らしさを実演して見せたら、馬車馬の如く働くと思うから上手く使ってやってくれ。
その方が、本人も喜ぶと思うから。
湖。魚。領主。
以上3点の課題をクリアするように。
追伸
毎晩、お楽しみですね。
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