第15話 案内のお兄さん
書き終えた羊皮紙が乾いたので、巻いて領主に渡す。
「今からする話しは最後まで聞くように。勇者の素晴らしい実力を、領主に見せるようにと書いておいた。これで湖の件で話し合う前に、タクトが何か見せてくれるだろう。村から出た俺は里帰りで、両親に顔を見せる程度しか村と関わらない。だから湖については勇者の英知に頼るといいだろう。それと、最後に」
領主が緊張した面持ちでつばを飲み込む。
「もう、行っていいぞ」
そしてやはり、領主の姿が消えた。
予想通り過ぎて笑うしかない。
ひょっとしたら、もう村に到着してるかもと思わせるあたり、あの領主も只者ではない。
「レイラ、帰るぞ。んで、魔窟行きの買い出しだ」
「…あー、はい」
キャラの濃過ぎるおっさんの勢いに押されて、放心していたのか少々反応が鈍い。
「さっさとしねえと、買い物先でお前の噂。ない事ない事、ばらまくぞ?」
「なぁ、今行きますから。変な事しないでください!」
慌てて立ち上がっても、テーブルに足をぶつけなかったか。
壊れたドアを抜け、勝手に屋敷から出る。
人払いしてあったのだろう。最初の素顔鎧と走りに行った護衛以外見てない。
服の参考に、メイドは見たかったな。
昼も過ぎているので、市場の店の数も品数も少ない。
手持ちの金はまだ6万ガネー以上あるので、保存食を買う程度なら問題ない。
待ち合わせを市場通りの入り口にして、レイラと別れ個人行動。
同じ商品を取ろうとして、美女と手が重なることもなく。
街のゴロツキがおっさん店主に絡んでいる現場にも出くわさず。
ほどほどに必要なものを揃えて、待ち合わせ場所まで戻る。
サブカルチャーの主人公の様に、行く先々で揉め事に巻き込まれるのはタクトだけでいい。
その度に嫁さん増やして、今は人生の墓場で暮らしているのだろうか。
それとも極楽なのだろうか。
疑問は持っても、興味はない。
何のトラブルもなく、レイラが変なものを買わされる事もなく買い物は終了。
門をくぐって街から出る。
夕方前まで歩いて、食事の用意をして食べ終わった。
今夜からは鎖の箱ではなく、ワイヤーの箱。
以降はワイヤーハウス、ワイハウと呼称しよう。
ワイハウも箱型なので鎖の箱と大差ないが、床に段差がない!!!!
更に床は2層構造になっていて、間にコイル状に巻いたワイヤーを通しているので、クッション性が高い。
魔窟から帰ったらベッドを買って、レイラの空間収納に入れさせよう。
移動自宅になる日も近いな。
この日は今後のマイホームについて考えながら寝た。
レイラと解散したらベッドを持ち運べないと気が付いたので、ショックで直ぐに眠れた。
翌朝。
いやー、鎖より何倍も快適。
起きる度にあった体の痛みも、今朝からは無縁!
寝床か食事、どちらかしか良質のものを得られない場合。俺は寝床を選ぶね。
旅の間は、不味くない程度の食事しか期待できないからな。
朝食後。
そろそろお互いの事も知れたし、もう高速移動でよくね?となり。
今はレイラの大盾に乗って移動している。
地上1メートル程度を爆走する大盾に乗る全身鎧と、輸送中の小型宇宙人。じゃなくて俺。
時々魔物と遭遇する程度で、北の魔窟を街に到着するまでトラブルもアクシデントもなかった。
毎度夜間は、ワイハウとパーツ射出の遠距離討伐なので。安眠妨害されることもなかった。
街の門で止められなかったので、逆にこっちが何でスルーなのか、門番に聞いてみた。
「お前等、魔窟目当てに来たんだろ?そんな奴等はスルーしていいってお達しが来てるんだよ。中で揉め事起こしても、止められる実力者はゴロゴロ居るからな。被害額や補填も含めて罰金が課される。これも王都で勇者が広めた考えを」
「あーうん、わかった。情報感謝する」
門番も勇者のファンだったのか?話しが長くなりそうだったので、無理矢理割り込んでカットする。
通行料だけ払って、万屋ギルドを目指す。
街並みは他の街と大して変わらないが、活気だけは昼を過ぎても満ち溢れている。
魔窟探索に向けた品や松明やロープ。
魔物の牙や爪から出来た武器防具。
勇者伝来燻製肉まである。
タクトは思った以上に、この世界を楽しんでいたのだろう。
通りを抜けギルドに入る。
「今日は俺の番か。そいじゃ、いってくるぜ」
ギルドの作りは統一規格なのだろう。内装に違いはあれど、目新しい物はなかった。
が、珍しく戦闘万屋と思われる、軽装防具の男がこちらに向かって歩いてきた。
「よおボウズ。ここはお前みたいなボウズが来るなら、まず正面の美人受付嬢に挨拶に行くんだ。そこで親切丁寧にこの街の事や、魔窟のルールなんかを教えてくれるぜ」
絡まれるかと思ったら、案内のお兄さんだったーーー!!!!!!!!
手を上げて感謝を示し、1000ガネー銀貨を指で弾き男に渡す。
男も何も言わずに銀貨を受け取ると、席へ戻って酒を追加注文していた。
ここではああやって、新顔関連の揉め事を誘導回避しているのだろう。
そしてこちらの払った金額で、色々な情報を推測するのだろう。
ふふふ、何てよく考えられたシステムなんだ。
村のギルドにも、是非導入したい。
「いや、無理だって。あのガキ、下手したら中層のレアボス以上の実力を隠してやがったんだよ。自分から死にに行けるかって!」
さっきの男が仲間と何か話している。ひょっとしたら、システム向上に向けての反省会なのかもしれない。
声は届かないが、仲間達と熱く語り合っている。
ふっ、熱心な奴等だぜ。
男達への関心はここまでにして、受付に。
「いらっしゃいませ。万屋ギルド王国北、魔窟管理支部へようこそ」
左手にトレイを乗せるようなポーズをして、エルフの受付が挨拶する。
レイラは鎧を解除して、俺はファイスを出してヒラヒラ振って見せてから回収する。
「なっ、見ただろ。あの歳で魂魄武装だぜ?マジ死ぬ所だったってーの!」
「魔窟に潜りたいのですが、一通りの説明をお願いします」
「魂魄武装を使えるのでしたら、条件については満たしているので割愛出来ますが?」
「はい、飛ばしてください」
「でしたら、他に説明する事はございません。魔窟内部でも魔物は殺せ、人間は助けろ。それより仲間の命が優先で、時には他人を見捨てて逃げろ。常識さえ守って活動してくだされば、魔窟の探索は自由です」
親切丁寧に説明してくれるとは、一体なんだったのか。
「あっはい。わかりました、ありがとうございました」
ナンパ防止にレイラは鎧姿になり、ギルド内の酒場で向かい合わせで席につく。
「思った以上に変わった街ですね。ギルドに入って直ぐに親切に案内してくれましたし。逆に受付の方は明らかに手抜きしてましたし」
「やっぱ魔窟があるとないで、ギルドの在り方も変わってくるんだろうな」
(そんなわけ、ねーだろ!!)
会議が終わっていい解決策が出たのか、周囲の男達の一体感が増した気がする。
近くの席に声をかけ、魔窟に必要な物を聞いていく。
情報料と席代を払ってからギルドを出る。
魔窟に必要な物。
光源 魔窟の中は暗い
ロープ 高低差対策
水食料 ないと飢える
長い棒 落とし穴等の罠対策
その他諸々。
結論
レイラの空間収納で食料を。
俺の旅魔法とファイスで他の全てをカバー可能だったので、食料を買えるだけ買って魔窟に潜る事にした。
村を出てから数えるほどしか宿に泊まってないなー…
買い物を終え街を出て、更に北へ大盾で爆走。
直径10メートルはあるトーチカ風の大岩が見えてきた。
穴は射撃窓ではなく、魔窟への出入口らしいが。
内緒で潜って死んでも自己責任だよ。
看板に書いてある一文が、ギルドの受付を思い出させる。
まあいい、魔窟に潜るか。
パーツ射出して魔窟内部を調べさせる。
「レイラ、入るぞ。覚悟は出来ているか?」
「はい。慎重に進み、何年かかっても、必ずこの魔窟を鎮静化してみせます!!」
「その意気やよし、では行くぞ」
「はい!!」
レイラを先頭に俺の案内で魔窟を進んでいく。
魔窟を病魔で満たさないように、スライムは討伐しない。
代わりにゴブリンやコボルト等の、小型の二足歩行魔物は倒していく。
レイラの大盾に光灯をかけてライトシールド(笑)にして、寄ってきた魔物はファイスの柄で撲殺。
体がキレイに左右に分かれるのだが、誰が何と言おうとも撲殺だ。
誰も居ない魔窟の端まで到着したので、俺が前に出る。
「リオ君。ここには何もありませんが、一体何を?」
「前に言わなかったか?魔窟の攻略法は思いついたって」
射出していたパーツを連結すると、斧を巨大にしていく。
代わりに柄を短くして、天井にぶつからない大きさに抑える。
「リオ君、まさか!?」
「頭のいい美少女は好きだよっと!」
神力強化まで使って、全力で斧を床に叩きつける。
俺にとって重量ゼロのファイスも、俺以外には重量が存在する。
そして質量兵器と化したファイスで、魔窟の床をぶち抜く!
まるで農夫が畑を耕すように、剣士が素振りを失敗して地面に剣をぶつけるように。
叩け、叩け、叩け。
別に獣人の血は入ってないのだが、血が騒ぐ。
後ろに下がり穴の周りを回りつつ、そこそこのサイズに穴を広げた。
周囲の壁や天井に鎖を突き刺して固定。
探検気分で鎖を伝って下に下りる。
鎖の回収に合わせて、レイラに鎖を巻きつけて隣まで運ぶ。
「下に行くほど魔物は強くなり、戦闘時間も長引いていく。普通なら。だから床に穴を開けて、そこから飛び降りる。最下層までは自主的落とし穴作戦で行くぞ」
左手で額を抑え、レイラは何も言わない。
一回やれば十分なので、次の階層からは射出してパーツに穴掘りさせる。
いきなり鎌で丸く切って床を落とすと、下の階層で誰か潰れる可能性があるのでやらない。
それでも槍、斧、鎌、石突、鎖の総攻撃に、極短時間で次の階層に下りられる。
「今、何階層なんでしょうね…でも間違いなく最高記録更新してますね。到達階層と到達時間の両方を」
レイラが何か呟いているが、工事の騒音と耳栓をしているので聞こえない。
3日かかって、最下層に到達した。100メートル掘っても下に繋がらないので、最下層と判断した。
最後は少し、掘りすぎたかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。