第9話 感動の旅立ち

「あー…つっかれたー」


 ファイスを肩に担いで、ひとりごちる。

 30余人の強敵相手に、手札を2枚封じて元気に倒すとか、つかれるわー…


「どうした?なんだかんだ言っても、最後は愛しのダーリンが勝つと思ってたのか?」

 誰もが目線を反らし、下手な口笛を吹く者までいる。


「とりあえずタクトの回復してやれ。そしたら結果発表だ」

 タクトハニーに緊張が走るなか、ひとりの僧侶がタクトに近寄って回復魔法を使った。

 わざわざ膝をついて座りタクトを抱き起こし、頭部を抱えて顔を胸に押し付けて。


 以外に僧侶の力が強いのか、疲労困憊でタクトに力が入らないのか。

 結局タクト酸欠で、また気絶。一体何がしたいのやら。


 その後タクトが目覚める事はなく、解散。

 翌日昼過ぎに、タクト邸に赴く事になった。

 締まらねえ勇者。


 翌日、つまり今日。

 昨日は俺もかなり疲れたからか食後に爆睡。

 朝食を摂って2度寝してしまった。


 目が覚めたら時間的にもちょうどよかったので、タクト邸に向う。


 タクト邸の門前に到着。

「タクト兄ちゃーん。今度は手加減無しで戦闘しよーよー!」


 ドンガラガッシャーン。

 パリーンパリーン。

 ズドドドド、ドガッ!

 バタン!


「リオさん、やめてください。色んな意味で怖いですから!」

「はははっ、だろうな」


 俺がするとおぞましいお兄ちゃん呼びと、昨日がお遊びに思える戦闘の誘いに。住人が転けたり倒れたりしたんだろう。凄い音がしていた。


「立ち話もなんです、中へどうぞ」

「あいよ」


 中へ入るとロビーではなく、段差があった。

「リオさん、靴は脱いでください。代わりにこのスリッパをどうぞ」


「へぇ、変わってんな。タクトが考えたのか?」

「いえ、これは故郷の建築様式そのままです」


「あー、男に惚れられた国!」

「やめてください!!」

 自分の体を抱きしめて、嫌そうな声を出す。


「あー!タクトが辛そうに自分を抱きしめてるー!」

 数秒で10人以上の女子が集まり、キャーキャー言いながらタクトに群がる。


「ちょっ、みんな離れて。リオさんも煽らないでくださいよ」

「ハハハ、スマンスマン。悪意シカナイカラ、許シテクレ」


「もうタクト。よそ見してないで、こっち見て」

 とうとうタクトの頬に手が添えられ、そのまま唇を奪われた。


 騒ぎに参加してない女子にリビングに案内され、騒ぎが終わるのを待った。


 そのまま夕方まで待ってもタクトは解放されず、結果は不合格と伝言だけ残して帰った。




 更に翌日。

 俺は旅立ちに向けて、旅行用品を買い集めていた。


 鍋に、フォークに、カップ。

 耐水マントに、干し肉に、カチカチのパン。

 他にも万屋に聞いた最低限必要な物だけに絞っても、背嚢がそこそこ膨らむ。


 このアドバイスにタクトは役に立たない。

 勇者のアイテムボックスとやらで無限に収納出来るので、荷物の過多で苦労した事がないからだ。


 あっ、そうだそうだ。万屋ギルドに行かねえと。

 1日早いがタグの見習いを、10等級にしてくれるんだったな。


 ギルドの受付にタグの更新を頼む。


 リオ

 10等級


「リオ君。旅立つ前にいくら下ろしていくの?」

 そもそも残高知らんな…下3桁の小銭ならたまに出して、買い物したりしていたが。


「うーん。残高知らないし、大金持って旅には行けないから…あっそうだ。うちの両親のダクも作ってくれ。10万ガネーだけ出して残り半分を父さんのダクに、もう半分を母さんのダクに入れてくれ」


 受付男性に手招きされ、耳打ちされる。

「1人2000万ガネーを超えますが、いいですか?」

「あー、んじゃあ。1人1000万入金で」

「はい、少々お待ちください」


 ポッポー


「お待たせしました。こちら指定金額と、ご両親のタグになります」

「あんがとさん。じゃ、帰るよ」

「いってらっしゃい」


 あの受付。俺が明日はギルドに寄らないと思い至って、旅にいってらっしゃいってか。

 なかなか出来る男じゃないか。






 翌朝、朝食後。

 いつものように食器を片付けて、部屋に背嚢とマントを取りに行く。


「父さん、母さん。出発前に俺からプレゼントがあるんだ」

「なんだい?」

「なーに?」


 ポケットから両親の名前が記入されている、万屋ギルドのダクを渡した。

「中に魔物を売った金が少し入っている。俺が居なくなるから人手が減るだろ?なのに風邪でも引いたら、収入が減っちまう。そんな家族のピンチにこの金を使ってくれ」


『リオ…』


「それに2人共にまだ若いんだから、弟か妹も授かるだろうし。その時の生活の足しにもしてくれ。夜になればズッコンバッコンして、嫌でも出来るだろしな!」

 言うだけ言って、家から飛び出す。


『こらっ、リオ!』

 仲のいい夫婦で揃った声に送り出され、俺は新たな生き方を始める。


 法整備の整っていたらしい日本ですら、弱肉強食だったんだ。

 こんな世界だ。いつ何が起こっても不思議じゃない。


 そう例えば旅装に身を包み俺を待ち受けている、イチャラブ見せつけ勇者が居るような事が。


「何しに来た。ついてくるとか言うなよ?」

「うっ…リオさん1人旅だから、夜間寝ている時とか」

「鎖で囲えば問題ない」


「盗賊とか多人数に襲わ」

「大鎌で一閃して終了」


「街までの道案な」

「迷ったら飛ぶし」


 ネタが尽きたのかタクトの反応がなくなった。


「んで?本心は?」

「圧倒的強者との戦闘で生存本能が刺激されて、いつもの何倍も激しい彼女達にんぐぅ!?」


 勇者様(笑)の猿轡と鎖巻きいっちょ上がり。

 タクト邸まで勇者様(笑)ご案なーい。


 全く、両親と感動の別れを済ませたばかりだと言うのに。

 ちょっとは空気読めよ、得意なんだろ日本人。

 タクトも家の中で捨てたし、鎖を消して出発しよう。


 いざ、ほぼ安全な旅の始まりだ!

 あっ、タクト達への課題忘れた…

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