第21話 『野球部の覚悟』

 入学式を迎えた翌日から授業も始まり、新学期が本格的に始動した。それと同時に部活動の勧誘も解禁された。様々な工夫を凝らした方法で新入生を勧誘する上級生たちが校内を奔走する。


 野球部も例外ではない。異なる点があるとすれば勧誘対象が新入生に限ったものではないこと。夕凪高校では部活動が強制的でないことから帰宅部の生徒も少なくはない。とはいえ、二年生が帰宅部というのは部活動に興味がないという裏付けでもあることから入部者が現れるのは望みが薄いだろう。それでも去年まではなかった野球部に興味を持ってくれる可能性は捨てきれない。


 午前中に校門で行った勧誘の声かけに応じる生徒はいなかった。


「後はこのポスターを見てどれぐらいの人が興味を持ってくれるかだね」


「一夜で完成させたものだから簡単な物になってしまいました……」


「いやいや十分、上手いだろ!」


 岳の反応にポスターを作成した雛以外の面々が頷いた。そうさせるだけポスターの完成度が高いのだ。ただ中学で美術部に所属していた雛からすれば物足りない部分が多々あるらしく、ポスターを机の上に置くと手直しが必要な部分を指でさして説明する。その殆んどが素人には理解出来ていないが、こうなった時の芸術家は最後まで話きらないと我慢できないというのが相場である。雛が芸術家であるかどうかの真偽はこのさい置いておこう。


「放課後も勧誘を続けるのかい?」


「そこが悩んでいるところでな……」


 アーサーからの質問には朝から悩んでいたことだ。部員集めもだが、グラウンド整備も早急に進める必要もある。人員を分けて事に当たるのが常套手段ではあるが、どちらも中途半端な形になる恐れもあることから簡単に決断できない。


「……部員集めは女子でやるべき」


 食事に集中していた澪が箸を止めて言った。その発言は疲れるグランド整備から逃れようとしている風に聞こえるが、澪の性格からして考えにくい。それは付き合いが短い者たちでも直ぐに分かった。


「男女混合での甲子園。その為のルール改定。その道はきっと険しい。もしかすれば高校三年間を無駄にするかもしれない。その野球部に勧誘するのなら枷となっている私たちが誠意をもって説明する必要がある」


 普段からは考えられないほどの饒舌ぶりを発揮する澪だが、その中身は自虐に等しい内容である。


「枷になっている? 俺たちがお前たちのことをそんな風に見ていると本気で思っているのか⁉」


 岳が激昂した。チームメイトからそのように思われていたと考えたら怒るのも仕方のないことだ。


「やめろ、岳」


 今にも襲い掛かりそうな勢いのある岳の体を手で抑えて宥めさせた。


「で、でもよ!」


「お前の怒りは分かる。だが、澪の気持ちも分かってしまう。男女混合チームで甲子

園を目指す。夢のある美談にも聞こえるが、彼女たちからすれば俺たちの野球人生を邪魔している罪の意識に苛まれてもおかしくない」


 反論しようとする岳を制止させてから言葉を続ける。


「もちろん、ここにいる誰もが苦労することを納得し、その未来がどのような形になることも覚悟をしている。ただそれは予めその話を聞いて覚悟した上で入部したから言えること。だけど新しく入部してくれる人はそうとは限らない。そうなったときその人の高校生活を壊してしまうことが澪は怖いのだろう……」


 澪は静かに頷いて肯定した。高校生活は人生に一度だけ。部活だけが高校生活の全てではないが、学生でなければ経験することが出来ないのも事実。それを同じ学生が背負うには重たいだろう。


「だけど女子だけでもダメだ。男女混合チームなのだから」


 本当の覚悟を見せるには男女共に必要である。それでこそチームの総意を伝えることに繋がる。


「それなら俺が一緒に行こう」


「……わかった。それなら岳と女子全員を含めた四人は勧誘を頼む。その他はグラウンド整備をやろう」


 澪の意見を尊重して人員を分けることを選択し、彼女たちの同行役を志願した岳に任せた。

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