第9話 『遠夜の疑問』
予鈴によって話を一時中断した俺と雛は掲示板でそれぞれの教室を確認する。掲示板前に人の姿は既になく、そのことがかえって二人を焦らす。当校初日から遅刻などすれば教師だけではなく同級生からも不良のレッテルを貼られる行為だ。まして男女が一緒に遅刻となればありもしない噂がたってもおかしくない。そこに追撃ちをかけるように同じクラスと来た。遅刻した二人が一緒に教室に訪れた噂が碌な物でないことは火を見るよりも明らかである。
「一年A組ですから一階の一番端になりますね」
入学前から何度も学校に訪れている雛は校舎の構造をしっかりと把握していた。俺は頭を上げて校舎に装備されている時計に目をやる。予鈴から二分が過ぎていた。
「残り八分。間に合いそうだな」
「はい。クラスも同じですし、これからはいつでもお話できますね」
「当校初日からあまり目立つことはしたくないんだがな……」
「女子の話すことが目立つのですか?」
「人によっては話題のネタになるってことさ」
高校生ともなれば誰しもが甘酸っぱい青春を夢見る。特に男子はその傾向が強いだろう。結局は理想と現実の違いを知って絶望することになるのだが、大人になればその経験も青春物語の一つとして想い出になるのだろう。だがその経験が他人のものであればただただ嫉妬するだけでしかない。仮に嫉妬がなくとも、眼帯を嵌めた男と人形のような美少女ともなれば話題のネタとしてインパクトは十二分だ。
「ですが、同じ野球部の仲間になるのですから噂が立ったとしても時間が解決するのでは?」
「……まあ、それはそうなんだが」
雛の正論にぐうの音も出ない。互いに野球部に所属するとなれば彼女の言葉通りいらぬ噂も消えて正常になるだろう。その答えにたどり着きながらも雛の好意を素直に受け止められないのは単純に女子生徒と話慣れていない自分の問題だ。
――いつまでも避けてはいられない問題だな。
これまで野球一筋という逃げ道を用意して極力関係を避けてきた。自分自身、逃げていたつもりはなかったが、いざ直面すると実感してしまう。そしてこの苦手意識を解消しないことには野球で支障が出る。氷室姉妹の目標、女子選手の公式試合出場できるルール改定に力を貸すと言っておきながら、当人が女子生徒の関係を避けるような性格では元も子もない。
「わかった。新田……雛の好きな時に声をかけてくれたいいよ」
雛からの自己紹介を想い出して苗字から名前に呼び方を改めた。
「はい!」
会話の自由を得られたことが嬉しかったのか、或いは名前で呼ばれたことに喜びを覚えたのかは分からないが、雛は元気のある返事をした後、その勢いのまま教室へと入っていった。俺もその後に続こうと教室に入ろうとして、ふと、疑問が脳裏によぎった。
「そういえば朱音とは普通に話せたな……」
朱里に紹介された日を振り返っても会話することに戸惑いはなかった。朱里のように少し歳の離れた女性ならば両親や先生といった大人と話す気持ちで迎える為に緊張はしないが、朱音は同世代の上に初対面だった。あの時はすぐさま野球の投球テストに移り、その流れのまま解散したから疑問に思うこともなかった。
「こら、君。そろそろ本鈴がなるから教室に入りなさい」
教室の扉の前で立ち止まっていた俺を動かしたのは名簿帳を手にした教師だった。
「ご、ごめんなさい!」
謝罪を一言入れてから教室に入ると本鈴が鳴り、校舎に響く。教室を見渡せばそれぞれ当てられた席に着いていて、おかげで座席表を確認しなくても唯一の空席である場所が自分の席なのだと分かった。
俺と同時に教室へと入ってきた教師は生徒たちが着席しているのを確認して頷き、それから口を開いた。
「まずは入学おめでとう。そしてようこそ夕凪高校へ。これから一年、君たちの担任を務める中島響子です」
名乗りに続けて頭を下げた。頭を上げ、ずれた眼鏡のブリッジ部分を持ち上げて整える。
「これから入学式を始めますので教室前に名簿順で整列してください」
響子の子をあやすような優しい声音から出された指示に従って生徒たちが続々と教室の外に出て整列を始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます