第3話 『誓いと出逢い』

 季節は廻って秋が到来する。照り付ける夏の陽射しはその勢力を弱め、夕暮れを刻む速度が早さを増す。肌に纏わりついていた残暑も薄れ、過ごしやすい気候になっていくと、それに釣られて秋の虫や動植物が活発に動き出す。


 そこには人も同じく含まれる。スポーツの秋や食欲の秋、読書の秋といったように、秋という気候は行動を起こすのに適した季節だ。だが受験生にとっては追い込みをかける時期で、志望高校の合格を目指して勉強に勤しむ。彼ら彼女たちからすればスポーツ推薦で進学を手中に収めている俺たちの存在は苛立たしいものだろう。


「いやー、話には聞いていたけど、この時期は本当にピリピリと空気が張り詰めているな」


 野球部の一人が話しかけてきた。退部してからは一度も話すことがなかった相手だ。それはこの同級生に限らず、野球部員の大多数が敬遠していた。


「……何か用か?」


「素っ気ないな。元チームメイトだろ?」


「心にもないことを。そういう所が大嫌いだったな」


「はは! 奇遇だな。俺もお前の相手を見透かしたような態度が大嫌いだった」


 教室にいる生徒たちは喧嘩が勃発するのではないかと緊張感を漂わせるも、教室に一触即発の空気が満ちることはなかった。それは俺たちにとってこの会話は挨拶代わりみたいなものだからだ。野球部に所属していた頃は日常茶飯事に行われていた会話の姿である。


「だけどよ、そんな奴がいなくなると張り合いがなくてつまらなくてよ。あれだな、喧嘩するほど仲がいいって言葉、あながち嘘でもないな」


「やめろ、気持ち悪い」


「くく、口が悪いな。高校でお前の相棒になる奴に同情するぜ。……ただ、まあ、あれだ……お前が高校でも野球を続けるみたいで良かったよ」


 同級生は照れ隠しのように頬をかきながら高校で野球を続けることになった俺の前進を祝福してくれた。思い返せば野球部の面々が怪我後の俺に話しかけてこなかったのは彼らなりの優しさだったのかもしれない。野球部員を見れば否応にも意識してしまうから。だが高校でも野球を続けることを知ったことで解禁された。


「次は敵同士。お前を打ち崩すのは骨が折れそうだ」


「そっくりそのまま返そうか。お前を抑えるのには骨が折れそうだよ」


 互いが互いを持ち上げながら高校での再戦を約束するように俺は元相棒、沢村一喜と握手を交わした。


                   ◇


 沢村と握手を交えてから三日後。土曜日という休日に俺はバットケースを背負い、肩にはスポーツバックを担いだ姿で氷室から指定された場所へと向かっていた。


 メールで伝えられた場所は夕凪高校の住所である。入学する前に合わせておきたい人物がいるということで赴くことになった。


「ここが夕凪高校か……」


 創立して間もない校舎は綺麗の一言に尽きる。校門を潜れば幅広い一本道が校舎の入り口まで続いており、一本道の両脇には様々な木々や植物の色彩に溢れている。一本道を一足逸れてみれば広場がある。全面に芝生が敷かれ、休憩用のベンチが複数設置されている。それどころか噴水まである贅沢ぶり。はっきり言って高校には不相応な造りである。


「いらっしゃい、遠夜君」


 校門から氷室が姿を現した。名前で呼ばれているのは氷室なりのコミュニケーションの一貫らしく、相手が了承した日から名前で呼ばれることになる。


「立派な学校ですね。驚きました……。それで、俺に逢わせたい人がいるということでしたが、そちらにいる女の子が?」


 氷室の隣に立つ女の子を視界に捉えながら訊いた。


「ええ、その通りよ」


 氷室は女の子の両肩を掴んで一歩前に押し出す。


「氷室朱音、私の妹よ。そして来年、君と同じ野球部員になる仲間です」


 これが第二の野球人生を語る上で欠かすことのできない人物、氷室朱音との初めての出逢いだった。

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