第22話 『湊川大輝』
昼食を済ませた後は雛が作成したポスターを全員で張り出し、午後の授業も無事に済ませて放課後を迎えた。一度、一年A組の教室に集まってから各自のやる事を確認してから動き出す。どう足掻いても苦労するだろう勧誘組を見送った後、アーサーと共にグラウンドを目指す。全会一致とはいえ、グラウンド整備を二人で熟すことを考えると足取りが重たくなる。隣を歩くアーサーが普段通りのやる気に満ちていることが心強い。どこにでもグラウンド整備や地味で苦しい練習になるとやる気をなくしてしまう人物はいるものだ。
「楽しそうだな」
「何事も楽しまないと損した気分になるのさ」
「それがグラウンド整備でもか?」
「その後のことを考えたら恩恵の方が大きい」
「……違いない」
アーサーの言い分に納得した。彼の考え方はとても明確かつ単純なものだ。それだけに未来を容易に想像できてしまう。一時の苦しみから逃げたいという理由でサボった後の結末は悲惨なものであり、尋常じゃない後悔に苛まれることだろう。そして部活動をする者なら何度も経験したことのある苦悩かもしれない。そこでの選択によって更なる高みに足を踏み入れる者と停滞してしまう者の境目となるだろう。
「ところで今日はどこを整備する?」
「ひとまず内野だけでも使用できるようにしよう。二人だけで外野にまで手を伸ばすとどっちつかずになりそうだ」
「石拾いはどうする? 二人だけでやるには厳しいものがあるぞ」
「内野だけならば昨日の段階である程度、終えているから大丈夫。土をならすことに重点を置いて、その時に目につく石といった物があれば回収していく形でいこう」
今日の方針を共有した所でグラウンドに到着した。するとその時を狙っていたかのようにグラウンドから笑い声が届いた。
「こちらを指差して高笑いしてるけど、遠夜の知り合いか?」
「……ああ、見たことも聞いたこともある人だ」
早くこい的なジェスチャーと声を送ってくる辺りグラウンドで待機してからそれなりに時間が経過しているようだ。待たせるのも忍びないのでなるべく早足で訪問者の元へと向かった。
「遅い! やる気があるのか⁉」
「……やる気はあるので出ていってください。邪魔ですので」
勝手に待っておきながら自分たちに非がある言い方に苛立ちを覚えてしまった。
「あ、相変わらず辛辣な奴だな……」
「そんなことよりもどうして
「……? そりゃあお前、この学校に通っているからに決まっているからだろうが」
「それは制服姿を見れば分かります。俺が言いたいのはそうではなくて、どうして野
球部のない夕凪高校に進学したかということです」
「ああ、そのことか。それはあれだよ」
湊川はグラウンドの外を指差した。そこでは四人の大人が農作業に勤しんでいる姿があった。
「あれ、俺の家族。親父が爺ちゃんと婆ちゃんの後を継ぐから引っ越ししてきたんだよ。それで近くの学校を探したら夕凪高校がヒットしたわけだ。まあ、野球部がなかったことには驚いたが、それも無事解決したしな」
「でましたね、終わり良ければ総て良し精神。ですが、湊川さん……先輩なら野球部を創りそうなものですが?」
「あー、ダメダメ。俺は場を盛り上げることは出来ても纏めることは苦手だ。お前みたいに中心になって人を導く器じゃねえ」
「そんなことないと思いますけど……」
湊川とは学校が違うため断言はできないが、それでも中学時代ではキャプテンとしてチームを引っ張っていた。対戦した際に味方を鼓舞する姿は様になっていて、どれだけ点差が開いても高い士気を維持するチームに苦戦したことは鮮明に覚えている。
「そう言ってくれるのは嬉しいが、お前がいるならキャプテンの座は決まりだろ。それは隣にいる金髪後輩の態度を見ていれば分かる。時間など関係なく自然と頼られる立場にあるのは生まれ持った能力だろうさ」
湊川の過大評価に恥ずかしさすら覚える。単純に褒められることに慣れていないということもあるが、これまで敵チームだった先輩に実力を認められていることが嬉しいのだ。
「でしたら早速、先輩にも動いてもらうことにします」
「お? キャプテンの命令発動か?」
「そんなところです。これから内野をグラウンド整備するので手伝ってください」
「おし、きた! グランド整備は得意中の得意だ。大船に乗ったつもりでいな!」
お調子者にしか思えない元気の良さに心強さと一抹の不安を覚えたが、部員が一人増えたのは幸運だったと言うべきだろう。
「それでは始めるとしようか。勧誘組が戻ってくるまでに終わらせられるよう頑張るぞ!」
アーサーと湊川の元気ある返事を合図にグラウンド整備を開始した。
夕凪ナイン 雨音雪兎 @snowrabbit
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