第14話 『始動』
新たなメンバーを二人加わった野球部はそれぞれ簡単に自己紹介を済ませると、今後の方針を決める会議を始めた。
当面の目標であった部活の認定は最低五人の部員が必要になる条件を幸先よくクリアした。ただし野球をするには人数が足りていないことから部員集めは続けていくことになる。それでも入学早々に創部が出来て、かつ顧問もいるのであれば重畳と言えるだろう。
それよりも今は新たな問題に直面している。
「見事なまでに荒れているな」
傍目からでも分かるほどにグラウンドは荒れ放題だ。雑草はもちろん、大小の石も転がっている。地面も凹凸が目立ち、ノック練習どころかベースラン練習すらもままならない状態だ。
「ここって野球部専用に作られたのに、なんでこんなに荒れ放題なの?」
「時間と予算の問題で土地しか用意できなかったそうよ」
朱音の質問に朱里は校長から伝えられたことを淡々と答えた。まさしく大人の都合と呼ばれる案件だ。そのことで皆が落胆の色を見せる。俺は掌を打ち合わせて意識を向けさせた。
「これだけ立派なグラウンドが与えられただけでも幸せと思わないと罰が当たるぞ」
専用グラウンドなど名門校でもなければ与えられない代物だ。それが田舎だから土地だけあるという理由だけで与えられたのだから運がいい。まして創部すらまだ完了していない架空の部活動に対して破格の待遇と言わざる他にない。
「それにグラウンド整備。ポジティブに考えればいい練習になる」
石拾いや草むしりはもちろん、トンボ掛けといった作業は地味であるにも関わらず結構な肉体労働になる。加えてグラウンドの凹凸を失くすためにローラーによる転圧も必要だ。野球場などであれば専用機械を利用することで時間短縮を図れるが、あいにく当校にはない。その為、人力で鉄のローラーを引くことになる。これがかなりの重労働で肉体を酷使するのだが、全身で力を入れなければ動かせないことから体幹を鍛えることにも繋がるのだ。
「でもさすがにこの規模のグラウンドをこの人数で整備するのは骨が折れるね……」
朱音は広いグラウンドを見渡した後、視線を野球部のメンバーに向けた。
「全員で七人。雛ちゃんに無理はさせれないから実質、六人だね」
「七人? 六人の間違いでしょ」
「お姉ちゃんこそ何を言ってるの? 七人でしょ」
朱音は左端から順番に指差しをしながら数えていく。一人目、二人目、と順に数え
ていき、一番右端に立つ朱里を最後に七の数字が刻まれた。
「どうして私まで含まれているのよ⁉」
「顧問なんだから当然じゃない!」
姉妹の口論が始まった。あまりの凄まじさに他人が隙いる余地がなく、口論を止めるすべがない。
朱音の言い分は顧問も含めての野球部であり、その野球部を創設させると宣言した第一人者である朱里が、いざ野球部が始動すると顧問という立場に収まって選手に全てを任せるのは無責任というもの。
だが顧問がグラウンドの整備を手伝わないことは珍しくない。それはグラウンド整備という作業も含めて練習の一つで、顧問はそれを監督する立場だからだ。整備を実施する者ではなく、整備を怠る選手を指導することが責務である。
つまりこの口論に答えはない。どちらかが妥協するまで平行線が続く。そんな口論にいつまでも付き合わされていては時間の無駄である。
「二人はほっておいて、俺たちで始めるぞ」
口論を止める時間すら惜しいと考えた俺は二人を除いたメンバーに指示を出した。その判断に賛同してくれたメンバーは素直に応えると、自主的に担当する箇所を決めて散らばっていく。
「雛は無理しないようにな」
「うん。ありがとう。でも、私も野球部の一員だから頑張るよ!」
両腕を胸の前でたててやる気のポーズを取ると、草むしりをする澪と合流した。
「さて、俺たちも石拾いを始めるか。準備はいいか? 岳。アーサー」
「おうよ!」
用具倉庫から拾った石を入れる空のバケツを持ってきた岳とアーサーから元気のいい返事がきた。本来ならば誰もが嫌がる作業。その作業が終わらなければ練習もままならないとはいっても面倒くさい気持ちは誤魔化せるものではない。それを高い士気を持って作業に当たれる精神は凄いの一言である。
そんな高い士気を見せて作業に当たる面々に後押しされるように俺も石拾いを始めた。
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