第20話 『ライバル=同志』

 文音は小学生の頃からマウンドに立って投げてきた。ホームランはもちろん、失点の経験は何度もある。そのたびに己の実力不足を痛感しては練習を励んで高みを目指してきた。


 アンダースローを取り入れたのもその一つだ。ストレートの速さではなくノビとキレ、そして浮き上がる特性を武器にすることを選んだ。そこに掛けた努力は並々ならぬもので、その結果、高校野球でも彼女はエースという称号を手にした。


 文音は嬉しかったのだ。自分以外にも高校野球で甲子園を目指す女子選手がいることを。ルールという壁を前に夢を捨てないでいた同志を。だからこそ男子を三球三振で仕留める結果を求めた。女子選手の前に手も足も出なかったという結果を見せたかったのだ。たとえ敗れたのがチームメイトであっても、他校には凄い女性投手がいるということを証明することが出来ればそれでいい。それらを踏また上で文音は遠夜を勝負相手に選んだ。


 選んだ理由は至極単純なもの。眼帯で右目を覆い隠していたから。どういった経緯で眼帯を嵌めることになったかを知らない文音だが、野球をするに置いて片目が見えないというのは大きなアドバンテージだ。


 それは甘い考えだったと文音は痛感させられた。見た目だけで実力を推し量った愚考。野球に掛ける情熱も身に秘めた実力も努力の成果も、到底外見だけで推し量れるものではない。自分はそれを良く知っていたはずなのに、努力の量と質を棚に上げて実力を過剰に評価してしまい、結局は自分も同じ過ちを犯してしまった。


 文音は慙愧に堪えない苛まれ、それが彼女を即座に動かせた。


 ホームランを打たれて俯かせていた顔を持ち上げて遠夜の元に早足で近寄り、頭を下げて謝罪した。


                ◇


 文音が頭を下げて謝罪したことに驚いた。先程まで見せていた勝気の態度からは想像できない変わりぶりだ。しかし、謝罪される理由が見当もつかない。


「私は眼帯を嵌めている貴方なら簡単に打ち取れると思って対戦相手に選んでしまった……。外見だけで決めれてしまう苦しさは良く知っていたはずなのに……」


 瞳を涙で潤わせ、声を震わせる辺り相当に辛く思っていることが伝わってくる。この状態の彼女に掛ける言葉は選ばないといけない。下手に優しい言葉を送れば余計に罪悪感を植え付けてしまうことになるだろう。


「謝罪は必要ないさ。むしろ俺からすれば感謝している。アンダースローの投手と勝負する機会なんてないしな」


 素直な感想を伝える。プロ野球でも滅多にお目にかかれない投球フォームだ。間違いなく財産となる経験だ。


「それに甲子園を目指すライバル校の情報も得られた」


 文音に伝わるようにジェスチャーで撮影を頼んでいた雛に視線誘導をした。俺の考えを汲み取ってくれたのか、雛は撮影バッチリと言わんばかりにサムズアップしてみせた。


「それでも……ううん。そんなデータ、すぐに意味がなくなるって言うだけの気概を見せないとダメだよね」


「そういうこと。それにこの勝負はあくまでバッティングセンターの一室で行われた一打席勝負。その結果が試合でも同じになることはない。それは投手である君の方が良く知っていると思うけど?」


「そうだね。その通りだよ。野球は投手と打者だけで成り立っているわけじゃないもんな!」


 文音は出逢った頃の明るさを取り戻してきた。


「次は負けないからな!」


「それはこっちのセリフだ。そうだろ? 朱音」


「もちろん! 今日は打撃だけだったけど、次に再会した時には驚かせてあげる!」


 朱音と文音の間に火花が散る。同じポジションなだけに意気込みが俺の時より強い。


「思わぬ形でライバルが出来たわね」


 事の終始を見守っていた朱里が声をかけてきた。あそこで大人が意見を出しては子供たちの成長には繋がらない。教師ならではの考え方である。


「はい。いい関係になりそうだ。ライバルとしてはもちろん、同じ志を持つ者としても」


 女子選手の活躍が各地で起きれば世間的にもルール改定の流れに傾く。現にかつては甲子園のグラウンドに立つことを許されなかったことが、練習の補助をするという名目であればグラウンドに立てるルールが出来た。緩やかにではあるが、それでも変化したのであれば公式試合出場も夢の話ではない。


「お互い公式試合で勝負できるように頑張ろうね!」


「もちろんよ! 私たちが目指しているのは甲子園なんだから!」


 朱音と文音が握手を交わす。お互いに甲子園を目指すライバル同士が握手する姿はまさしく青春そのものだろう。その姿を見ているだけで外野の俺たちにも自然とやる気が溢れ出てくる。


「まずは部員を集めないとね。三年生は難しいけど、二年生ならまだ入部してくれる生徒がいるかもしれない」


「俺も同級生に声をかけてみます」


「私も入部希望の張り紙を作ります」


 顧問とキャプテンとマネージャーの三人がそれぞれの案を出すのと同時に決意をより強いものにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る