第4話 『朱音の意志』

 姉に誘われる形で進学する夕凪高校に訪れていた朱音は目の前に姿を現した遠夜を見る。中学生とは思えない体格に風格。服の上からでも分かる筋肉の膨らみは同世代と比較できないほどに鍛えていて、それは上半身から下半身に至るまでバランスが取れている。だがそれ以上に目を惹かれたのは右眼を覆い隠す眼帯と隠しきれていない一本の傷だった。傍目からでも痛々しさが伝わる傷痕に明音は肌を粟立たせた。


「初めまして。都筑遠夜です」


「は、初めまして。氷室朱音、です」


 遠夜の容姿に脅えて言葉を詰まらせながら挨拶を返した明音は相手を容姿だけで判断してしまった自身の態度を心の中で叱った。そのことにいち早く気づいた姉の朱里は助け舟を出す。


「ごめんなさい、遠夜君。この子にも別に悪気があったわけではないの」


「わかっていますよ。初対面だと彼女のように脅えるのが普通ですから」


 もちろん脅えられて気分はよくはないが、そのことでいちいち腹を立てていても埒が明かない。


「本当にごめんなさい」


 姉の助け舟に乗る形で朱音も謝罪した。


「だからいいって。それよりもこれから何をするんですか?」


 野球道具を手に学校に訪れている時点で朱里の目論見はおおよそ予想がついているが、それでも確認をする必要はあった。それは朱音の存在である。俺と朱音を逢わせることが第一段階の目的とすれば、その後に続く目的はおのずと答えが出る。朱里からも野球部の仲間となるヒントもあった。


「遠夜君には朱音の球を受けて欲しいの」


「それは構いませんが、どうして今なんですか?」


 同じく夕凪高校に進学して野球部に入部するのなら球を受けるのはそのときでも遅くはない。むしろそのやり方が通常である。こうして事前に顔合わせることの方が珍しいだろう。


「私がお姉ちゃんにお願いしました。果たして高校でも野球を続けていけるだけの力があるのか見極めるために」


 言葉の一つ一つから朱音の必死さが伝わってくる。朱音の不安は進学する者であれば誰もが抱くもので、朱音にとっては野球の進退が大半を占めていた。


「正直、俺では荷が重たいな……」


 一人の選手生命を見極める責任の重圧は大人でも耐え難い。或いは指導者ならば説得力のある言葉で新たな道を示すこともできただろうが、あいにく俺は朱音と同じ中学生。捕手としてチームメイトや相手チームの投手を見てきたが、それらのデータもあくまで中学生の選手が見てきたものに過ぎない。まして高校野球になればレベルは格段と上がって、自分自身の力すらどこまで通用するのか不明慮な状況だ。


 俺は救いを求めるように朱里に視線を送った。視線に気付いた朱里は先程と同様に助け舟を出す。


「そこまで重たく考える必要はないの。こうした方がいい。ここは直した方がいい。

見極めるというよりはアドバイスするような形でいいの」


 助け舟を出した朱里は視線を朱音に移す。


「結局の所、決断するのはこの子自身。どんな言葉を送られて現実を突き付けられたとしても決断したのがこの子であるのなら自己責任でしかありません。朱音もそれは分かっていますね?」


 朱里の言葉に朱音は強く頷き、改めて俺に視線を向けて深々と頭を下げた。


「どうかよろしくお願いします!」


 これまでより更に強い声音で朱音は頼んだ。ここまで強い意志を示されては応えたくなる衝動に駆られてしまう。何より引き下がらない強い意志は投手として必要な才能だと考えている俺にとって朱音の力に興味が出ていた。


「わかった。こちらこそよろしく頼む」


 朱音の意志に応えることにした俺は了承の旨を伝えた。それが丁度、グラウンドの到着と被る形で迎えた。

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