第17話 『料理屋での一悶着』

 朱里が連れてきた料理店は地元にある中華料理屋“蘭々亭”。創業六十年を誇る老舗で、他店を寄せ付けない圧倒的なボリュームとそれに比例しない良心的な価格を売りにしている。


 朱里がこの店を選んだのもそれらが理由だ。食べ盛りの高校生六人ともなればかなりの量を食べる。そうなれば必然的に支払う金額も高くなり、それらを全部奢るのは朱里にとって厳しいものだ。仮に支払えても給料日まで苦しい生活を過ごすことにはなるだろう。蘭々亭であればそれが幾分か抑えることができる。それでも痛い出費になるのは間違いない。


 自分で誘っておきながら、そのことに少し後悔しながら朱里は店の扉を開いた。


「おばちゃん! 七人だけど大丈夫?」


「おっ、朱里ちゃんじゃないか。えらく人を連れてきたね」


 朱里の呼びかけに恰幅のある女性が足を止めて返事した。その手にはビールがなみなみと注がれたジョッキが二杯、握られている。


「奥の席が空いているからそこを使いなさい。このビールを届けたらメニューを訊きにいくわね」


 伝えた恰幅のある女性は注文した客席にビールを運びに行った。


「それじゃあ、奥の席に行きましょうか」


 朱里を先頭に店の奥に進んでいき、座敷タイプの席前に着くと、各自、履物を脱いで腰を下ろしていった。席に着くなりテーブルに置かれているメニュー表を手に取って注文を考え始めた。


 メニューを吟味していく面々を傍目に俺は正面に座る朱里に頭を下げた。


「ご馳走になります」


「どういたしまして。それに私が言い出しっぺだし、何より部活帰りに生徒たちに夕

食をご馳走するのが夢だったの」


 朱里は照れ笑いを浮かべながら和気藹々とメニューを決めている生徒たちに視線を送る。楽しそうな笑顔を浮かべる生徒たちを拝めるのなら自分の懐事情など二の次、三の次、と朱里は自身に言い聞かせた。


「メニューは決まったかい?」


 人数分の水を用意して席に恰幅のある女性が訪れた。各自の眼前にコップを置いていき、その後にエプロンのポケットから伝票とペンを取り出す。それを境に続々とメニュー名が注文されていく。その殆んどが肉料理や揚げ物といったものだ。


「こら! 野菜も頼みなさい!」


 朱里からのお叱りに不満の声があがる。


「食事はバランスも大事だぞ」


 朱里を手助けする形で賛同の意見を出した。実際、スポーツ選手の体作りに置いて食事バランスは多大な影響を与える。プロ選手が栄養管理士を雇ったりするのが何よりの証明だろう。


「返事は?」


「…………はーい」


 渋々といった感じではあるが、各自了承すると野菜がメインのメニューを決めていく。


「キャプテンの指示は従うのね……」


 朱里が肩を落として露骨に落ち込む姿を見せる。学校でも野球部でも社会でも立場が上にある者としては誰もが落ち込んでしまう体験だろう。


「本格的に野球部が始動すれば本来の形になりますよ」


「本当に?」


「ええ。頼りにしています」


「そ、そうよね! その通りよね! 任せておきなさい!」


 豊満な胸の上から拳をポンと当てる仕草を見せた後、朱里もメニュー決めに身を投じた。その後ろ姿を見届けてホッと息を吐く。監督よりキャプテンの方が信頼されるのは指揮の舵取りに難航してしまう。その影響は大事な試合ほど顕著に出ていただろう。


「うるさいわね! もう少し静かにメニューを決められないの⁉」


 仕切り越しに怒りの声が届くと、ひょっこりとツインテールの女の子の顔を出した。うるさくしていたのは事実でこちらに非があるのは明白。俺と朱里はすぐさま謝罪をするも、その行為を朱音がいとも簡単にぶち壊した。


「か、可愛い! 小学生かな⁉ かな⁉」


 朱音は異常なまでに高いテンションで苦情を言ってきた女の子の小さな頭を撫でる。それが事態の引鉄となった。


「お前、喧嘩を売っているのか? いいや、売っているんだよな⁉ いいぞ! その喧嘩、買ってやるよ!」


 怒りで顔を真っ赤にした女の子は立ち上がって朱音を指差した。


「それと私は高校生だ!」


 身長が低いことは彼女にとってコンプレックスだったようだ。

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