第12話 魔術の基礎
学院に通って初めての授業。
ハルカ達が最初に学んだのは、魔術理論の基礎ともいえる魔力に関する事柄である。
魔力には自然界に存在する『
「まぁ、つまり我々魔術使いはね。世界と常に一つであるということね。
こう説明するのは、どういう訳か軍服のような格好で教卓に立つ、四組の担当女講師キャロル=シーナだ。
「君らも分かってるとは思うが、
「は、はい。魔力は常に循環しているからです」
「その通りだ。今さっき説明した通り、循環している以上は、溜め込むなんて夢のまた夢だねぇ。
君らは自らに魔力が備わっていると誤認していただろうが、それは完全な間違いだぁ。これもさっき言ったように、君らは無意識下で魔力を取り込み、放出させてんのさ」
では、魔力が枯渇する現象が起きるのは何故か?
無意識下で『外界魔力』を吸収するのであれば、いくら『内界魔力』を放出しようと問題はなさそうにみえる。
「何故か、分かる奴いるか?」
「僕らが外界から吸収できる魔力には限りがあるからですね」
四組の男子生徒の一人、クライドが挙手をして答える。
「ほおう? では何故限りがあるんだ?」
「魔術師は無意識下で、必要量の『外界魔力』を取り込みます。個人差はあるでしょうが、老若男女、年齢に関係なく一定のペースで吸収しています。
つまり意識的に調整できないから、一日の必要量分を越えて放出すれば枯渇します」
「ふん、いいだろう。これは復習だからな。それくらいは、皆分かっているよな?」
澄ました顔で手を下げるクライドを満足気に見返すキャロルは、次の話に移る。
「もう少し復習だぁ。じゃあ魔術式と呪文の関係性についてな」
魔術式とは、人間によって作り上げられた数式や記号、その他多くの要素を取り入れた魔術を扱う上での基本骨子のようなものだ。
その種類も膨大で、ただ適当に数式を当てはめたものではない。
「君らは魔導研究所で検査したあと、魔術基礎理論書と初等魔術の呪文書を配布された筈だね。だから、そこら辺の勉強は既に済ませたものとして扱うぞ。
んで、その教科書では呪文は何のためにあると書いてあった? ──クレア、答えろ」
「ひゃいっ!?」
名指しされた女子生徒──クレアがおどおどしながらも、懸命に回答を試みる。
「あ、あの……じゅ、呪文は魔術式を……か、簡略化させたもの……です」
「不十分だ」
「ひっ……す、すみません……」
「あーいや、そんな怯えんでもいいだろう?」
(絶対ムリだぁ……)
この時、クラスの心境は見事に一致した。
なにせ学院に馴染み切れていない生徒の前に、何故か軍服姿の女講師など異質過ぎる。他の講師は皆、普通の格好なのに……。
「いいか? 魔術式とは膨大な情報の塊で、呪文はその情報量を短く切り詰めたものだ。魔術を発動する方法は二種類ある。魔術式を直接読み取る方法と、呪文を用いて間接的に魔術式を読み取る方法だ」
魔術式の情報量は、人間が扱うにはあまりにも膨大で、莫大で、理解しきれない。それを直接読み取るという行為は、理屈の上では可能だが、現実的ではない。
一方呪文は、その膨大で莫大な情報量を簡略化、限りなく少ない情報量で干渉するために用いられる技術である。
「ただ呪文は、魔術を発動する上で必要最低限の情報量のみを、魔術式から切り取ったものだ。つまりは、直接読み取る方法に比べると威力も精度も格段に落ちる。
つまり我々が扱う呪文詠唱による魔術は、本来あるべき姿の劣化版でしかないということさね」
呪文で簡略化する理由は、魔術の起動速度を上げる意味もあるが、魔術式という莫大な情報量を脳が処理し切れないからでもある。一歩間違えば、記憶領域や精神が崩壊する事もあるからこそ、魔術式を直接読み取る行為は危険極まりないのである。
一通りの復習を終えて、ようやく本題へ。
ハルカ達が今回受けている授業は、呪文学と呼ばれる分野である。先の話にもあった通り、魔術を起動するには呪文の発声が必要不可欠な要素となる。
どんな賢者であっても、呪文なしに魔術を扱うことはほぼ不可能だ。詠唱破棄などに挑戦すること自体が愚行。
繰り返すが、魔術師にとって呪文と魔術式は切っても切れない関係性にある。
「これから君らには、魔術式と呪文をいくつか覚えてもらう。それが済めば、次は魔術式の理解を深めていく授業だ。術式の基礎を理解するためには、実際に覚えてからの方が手っ取り早いからな……」
魔術式の全貌は、到底覚え切れるようなものではないが、呪文に該当する部分を理解することなら可能。寧ろそうしなくては、魔術を起動することすら出来ない。
キャロルの指示のもと、ハルカたち四組は初等の術式を暗記する作業に入る。
予科一年生は初等の魔術のみが必須科目となっており、高等系は本科に進級するまでは学ぶことが出来ない。高等系──即ち軍用魔術は本科三年生しか学べない。
「暗記って言われても……。書き取りするくらいしか暗記法がないね」
「そうですね……。なんだか、漢字の書き取りを思い出して手が痛くなってきました」
呪文を解析するのなら魔術式の基礎を理解しなくてはならない。仮に新たな魔術を開発する場合は、魔術式を一から作り上げた上で、それを呪文という形で切り取って簡略化するという手順が必要となる。
魔術式を全て理解する事は出来ないが、ある程度の理解は可能である。
「これは、なるべく早く覚えないと……」
「授業について行けなくなりますね」
「そうだな。魔術式だけじゃなくて、対応した呪文も同時進行で覚えなきゃ意味がないもんな」
「……十歳の子供には少し酷なことをしますね、この学院は」
ハルカが周りを見れば、やはり頭を抱えて辛そうな様子のクラスメイトが目に映る。
中には話を理解し切れなかった生徒もいるようで、キャロルから指導を受けている。
「ユリネは余裕そうだね。やっぱり貴族はもう?」
「そうよ。私や……そこのクライドもね」
「なんかズルイ。ねぇ、ユリネの暗記術ってどんなの?」
「…………ひたすら書き写すしかないわよ」
「チッ……」
「ハルカ……貴女って、本当にブレないわよね……」
ハルカの態度に呆れ声を上げる。
カナタ以外には、あまり良き対応をしようとしないハルカに、クラスでの評判は芳しいとは言えない。カナタの次に付き合いのあるユリネは、今でこそ呼び捨てで呼び合ってはいるが、ハルカの辛辣な態度が軟化した様子はない。激しい人見知りとして、カナタが誤魔化してはいるが、効果はあまりない。
「意外と面倒だね、魔術って」
「貴女……その言葉、よくも私の前で平然と……」
「事実でしょ。文法や公式を理解するのは当然だけど、その覚えるまでが凄く時間が掛かってしまうんだから」
うんざりしたように語るハルカ。
魔術学院に入学した目的は、あくまで環境を変えたいがためであった。その目的が達成された今となっては、魔術の勉強にはあまり関心がないのだ。
「ハルカは神秘を追求しようとは思わないの?」
「あんまり興味ない。一応経験しようと思って入学しただけだもん」
魔術による奇跡には興味はない。
カナタとの将来しか考えていないハルカにとって、魔術を知るという行為に意味はない。少なくとも現時点では……。
「魔術師にあるまじき発言ね……」
「そうかな? 私は兄さんと学院生活が出来るだけで充分なんだけど?」
「……良かったわね、カナタ。貴方、世界で一番この娘に愛されてるわよ」
「まぁ……なんというか。ハルカはもう少し視野を広くしてほしいと切に願うよ」
「おい、そこしっかりやらんと単位落とすぞ?」
「「「ごめんなさいッ!!」」」
最後は三人まとめて叱られる。
軍服がその迫力を底上げしており、三人は反射的に頭を下げた。
そんな一幕もあった数日後。
ハルカたち四組の生徒は苦労の末、なんとか教えられた魔術式と呪文を覚えた。
魔術は無限に存在すると言われているが、その中でも、魔術師なら誰でも扱えるように設計したものを汎用魔術と呼ぶ。その数ある汎用魔術の中で、今回四組が学習した汎用型魔術は次の三つである。
南北の神話に登場する『雷神マルク』。
彼が生み出した『雷獣ナム=ルディ』が放った電撃がモデルとなった。初等汎用型攻性魔術『
四千年前の真祖対戦にて、瀕死の重傷を負った三百人の兵士を一夜にして癒したされた。『聖母シリレ=ミュウネ』の伝説を元に作られた汎用型治癒系魔術『
北方のビリザイド法国で有名な童話。
ナタリア伯爵に大切な家族を殺された少女ミーナが、ナタリア家の侍女になりすまして、家族全員の秘密を盗み聞いて家庭崩壊へと導く物語。『ナタリア家の侍女』を元に作ったとされる遠耳魔術『
(今更だけど、どうして遠耳のモデルがこんな童話なのよ……)
覚えたての魔術の出所が、なんとも言えないためか、ハルカは苦笑するしかない。
汎用魔術は、いずれも聖書の文言や童話、自然界の異変や人類が成し遂げた偉業を参考にして作られたものが多い。
もちろん全てがそうだという訳ではないが、当時の魔術師たちの間では、神話や伝説から取り入れる事に、何かしらの意味を見出していたとされるが、詳細はよく分かっていない。
「それじゃあ、いよいよ。実際に魔術を起動してみようじゃないか」
待ってました、クラス全体が浮き足立つ。
この時ばかりは、ハルカも意識せず高揚していた。
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