第2話 兄と一緒に転生する2
(はっ……?)
あまりにも突拍子もない発言をした神様。
あまりにも荒唐無稽で、バカバカしい未来を語る神様へ、冷ややかな眼差し向ける。
付き合っていられない、改めてそう思い、早くこの茶番なのか夢なのかが終わって欲しいと願う。仮に死んでいるのなら、早く綾斗の所に送ってほしい。
綾奈の凍えるような視線をものともしない自称神様は、更にとんでもないことを告げる。
「いいですか。これは冗談でも空想でもありません。全ては未来の──確定した事象なのです」
「…………」
本当に付き合ってはいられない……。
さっさと終わらせて欲しいけど、話を止めるつもりもなければ、真剣に聞かなくては話を続ける気もないようだ。
「それは、少し矛盾しているのでは?」
綾奈は面倒くさそうに反論する。
「仮に、私が何らかの理由で人類を滅ぼすとして、それが確定した未来だと言うのなら、どうして私は『死亡』しているの? ここで私が死ぬことで、すでに『確定した未来』という構図は成立しない。
更に言えば、確定した未来が何らかの要因で覆すことが出来るとして、それを成す唯一の方法は過去を改変するしかない。私が『生きている』ことが、人類滅亡の原因だと言うのなら処分するしかなくなるのは分かる。
けれどそれは、これから起きる未来を『知っている』ものにしか出来ない芸当。そして人類がそれを成すのなら、それこそ『タイムマシン』なんていう書物でしか出てこないような、人類の夢を形作るしかない」
ここまで語って、綾奈自身も呆れていた。
本当に荒唐無稽で意味のないやり取りだと思ったのだ。
人類滅亡の原因が私にある?
どうして私が、人類なんか滅亡させなくてはならないの? そんなの盛大な時間の無駄遣いに他ならない。
「そうですね。綾奈さんの言うことは最もな意見だと思います」
感心したような表情を浮かべる神様。
「まずは後者から説明致しましょう。確かに貴女に人類を滅ぼす理由はありません。貴女はあくまで切っ掛けを作っただけなんですよ。第三次世界大戦のという切っ掛けを。
それこそ貴女が言った『タイムマシン』は、貴女自身がとある目的のために作り上げようとするんですよ。
それを察知した外国のとある秘密機関が、その理論を貴女から奪い取り、或いは貴女自身を拘束して作らせようとします。しかしそこへ多くの国や機関が割り込んで『タイムマシン』を巡る戦争が始まるんです。
それが二千二十八年のことです。
分かりますか。お兄さんが死んだ過去を変えるために、貴女は『タイムマシン』の理論を構築して、実際に作ろうした。
たったそれだけのことで、世界大戦にまで発展してしまうんです。
そして貴女は二千三十六年に死亡します。
第三次世界大戦が終わった理由は、貴女の死亡確認が取れたからなんです。貴女が死亡してしまっては、戦争なんてやる意味がないと判断したのでしょうね。同年に終戦して、結果として四十二億人が犠牲となります。
しかしその四年後。貴女が纏めたと思しき『タイムマシン』に関する資料が発見されて、それが引き金となり第四次世界大戦が始まって、更に二十六億人が犠牲となります。
動植物もその影響で生き絶えて、人類は生活そのものを送ることが出来なくなり。二千四十八年、残り二億人の人類も死に絶えて、人類史は終わります」
神妙な面持ちで語る神様。
綾奈にとっても、衝撃的な話だった。
兄を救うために、そんな夢物語の機械を作ろうとした? そのせいで人類史が終わるというのか、と。
さっきまでくだらないと思っていたけど、話を聞くと納得した。
確かに、例えどんな犠牲を払ってでも、兄を助けると誓う日は訪れたと思うし、その方法として『タイムマシン』に行き着くのは、とても自分らしいと思う。
そしてそれは、兄の命日である今日だったのかも知れない。
けれど解せないことがある。
「だったら、どうして私は死んでしまったの? 第三次世界大戦が私のせいだったとして、それが確定された世界の末路なのだとしたら、今日、私が死ぬことはなかったはずでしょう?」
人類史が終わる未来が確定しているのなら、綾奈が十八歳で死亡するなどあり得ない。
仮に『タイムマシン』が完成して、その未来を救おうと行動を起こす人間がいたのなら、綾奈は『殺害』されなくてはおかしい。綾奈は自分の意思で『自殺』したのだから、その可能性はまずあり得ない。
つまり『タイムマシン』は使用されなかった、或いは完成しなかったのだ。
「綾奈さんは先程、過去改変の可能性を示唆しましたが、それはどう足掻こうが人間では不可能なんです。過去を改変する事は絶対に出来ない。それがこの世界の
世界は過去から現代、そして未来に至るまで、全ての事象が『
世界とはつまり、それに書かれた通りに流れているため、それに逆らうことなど絶対に不可能なのだと神様は言う。
仮に綾奈が『タイムマシン』を作り上げ、時間遡行が可能になったとしても、それは『
「なら余計に分からない。その『
「確かに綾奈さんが死ぬのは二千三十六年の筈でした。ですがそうなると、人類史の継続が出来なくなりますよね? なので私が……観測者が手を加える事にしたんです」
悲しげな表情を浮かべ、神様はゆっくりと会話を続ける。
「『
『
『神の見えざる手』と言う言葉をご存知ですか? 今回はまさに、それを使ったと言うことです」
この神様は言った。
綾奈を殺したは自分であると、人類史を救ったの自分だと自白したのである。
一人の人間の命と、その他全ての人間の命。どちらかを救うのなら、後者を選ぶのは観測者としては当然の行いだと綾奈も思う。
だから仕方なく溜息を吐き、深く納得した。
「そう言うこと……か……」
「どうやら、納得して頂けたよ──」
「どうして兄さんを見殺しにしたの?」
「へっ……?」
『へっ……?』じゃない、ふざけんな!
綾奈は憎悪や嫌悪が入り混じる視線を、観測者へと向ける。
「貴女はその『
なのに貴女は兄さんを見捨てて、私を殺す選択肢を選んで人類全てを救ったと宣った。
兄さんがあの日死ななければ、私は『タイムマシン』を作ろうなんてしなかった。つまり最初から『兄さんの死』を回避していれば、人類が滅亡する未来になる事はなかったと言う事になる……。
ねぇ……どうして兄さんを助けなかったの?」
「ひっ……」
光の消えた暗い眼差しと、抑揚のない平坦な声で捲したてられた神様は、恐怖で顔が引き攣る。
「そ、それにはちょっとした事情があるんですよ!!」
本能的にヤバいと感じて、慌てて言い訳を開始する情けない神様。しかし憐れにも初っ端からやらかした。
「ちょっとぉ?」
「ひ、ひぃ……」
「何よ『ちょっと』って? 『ちょっと』? そんな『ちょっと』の理由で見殺しにしたの? どうしてそんな酷いことをするの? どうして生かすよりも殺す方を選択するの? 貴女は本当に神様なの? 普段は手を加えない癖に、人を殺す時だけは嬉々として手を出すというの? あり得ない……あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得ない……ッッ!」
狂ったようにあり得ないと連呼する綾奈。
その様は壊れた喋る人形のようで、その瞳は造形物のように何も映していない。
そんな状態の人間を初めて見た神様は、情けなく後退ってチビった。
「ねえ? ドウシテェ……?」
「ひっ……ひいいいっ!」
貫禄なんてものはすっかり消えた神様。
恐怖で歪む顔は、側から見れば可哀想で憐れであった。
「そ、その……ですね。『
『
だからそれ以降の未来が見えなくて、まさか綾斗さんという一人の人間の死が、人類史の終わりを迎えるとは思わず──」
しどろもどろな説明する神様。何とか納得してもらおうと試みる姿は少し滑稽。
「…………終わり?」
「ひぃぃぃぃッ!!」
話がそれだけなら殺そう、という殺意を感じて更に後退る神様。
「し、知らなかったんですよ! 未来が見えない時期は、一応は気を付けて見ているんですが、まさか一人の人間の死が人類滅亡に繋がるなんて考えられませんでしたよぉっ!
だ、大体ですよ! 今まで何度か分岐点はあったけど、大した変動はしなかったんですもん! だからまぁ大丈夫だろうなーって、思ってたらこんな事になって、私だってビックリしているんですからぁ!!
それこそ、また二千年問題とかそんなレベルだろうと思ったら、手なんか加えようなんて思わなくなるのは当然じゃないですか!
だ、だから私は……ひッ!?」
綾奈は更に憎悪を膨れ上がらせていた。
当然である。観測者の仕事をサボった結果こうなったと、わざわざ自白しやがったのだから。
しかし意外にも図太い性格をしているのか、神様は強引に会話を切って、ある一つの提案をする。
「そ、それでですね! 仕事とはいえ貴女を自殺に導いた事実は変わりません。なので救済処置として、新たな生を与える事になったんですよ!」
「……生き返る、ということ?」
綾奈の纏う異様な雰囲気は変わらないが、話が逸れて嬉しかったのか、神様は満面の笑みである。
「そーですよ! 地球では死亡してますので、別の世界で生き返ってもらう事になりすが……。でも、新しい世界で楽しく生きることが出来るんですよ! 私としてもそれはとても嬉しく思い──」
「それで今回の件をチャラにするつもりなんだぁ……。反吐が出る提案だね……」
「そ、そんなこと……なくはないですけど、しかし……」
バツの悪そうな顔で言い訳をする神様を、綾奈は鋭い目付き睨み黙らせる。
神様としては、この汚点を払拭するために是が非でも綾奈には転生してもらいたいのである。
そのため拒否されるとすごく困る。勝手過ぎる話ではあるが困るのだ。
「お、お願いします! どうか……どうか異世界へ転生して下さいっ! 転生の際には私の力で楽しく暮らせるように、綾奈さんのお願いを最大限に譲歩致しますので……何卒、お願い申し上げますぅぅぅぅっ!」
みっともなく土下座する神様である。
(兄さんのいない世界で生きるなんて……それに何の意味があるの?)
しかし綾奈の心に響く筈がない。
「ほ、ほら転生
どうして私が助けなきゃいけない?
頭を下げ続ける神様を見下ろした感想はそれだけだった。
綾斗のいない世界で生きる事に意味を見出せない綾奈にとって、この神様の提案に価値なんてありはしなかった。
綾奈一人が転生した所でまたすぐに──。
(ん、ちょっと待って?)
ふと、綾奈の脳裏によぎったのはある思い付きだった。一度深くその考えを整理した。
(うん、これなら……)
「ねぇ」
「ひ……」
「?」
ここで初めて綾奈は、自分を見て怯える神様をまじまじと見つめた。
今までは興味がない話だったため、あまり観察していなかった綾奈には、何故神様が怯えているのか分かっていなかったが……これはこれで好都合だ。
「貴女がそこまで転生させたい理由は、自分の失敗をなかった事にしたいのよね?」
「え、ええまぁ……」
「つまり貴女はもっと上の存在……地球で言う所の上司、或いは統括者に内緒で、バレる前に独断でこの事態にケリを付けたい……と?」
「な、にゃぜそれを……っ!」
カマをかけただけだった綾奈は、頭の中だけでほくそ笑む。ここまで動揺を露わにするとは、そんな事では組織で働くサラリーマンに嗤われてしまうだろう。
この反応から分かる通り、神様は今回の件を『上』に報告していないのだ。
『
これを人は不正と言う。
「もし『上』にバレたら……貴女、一体どうなるのかしらね?」
「ま、待って……待って下さい! も、もう少しお話をしませんか?」
「そうね。不正がバレたら困るものね?」
「うっ……」
この神様がどうなろうが、綾奈にはどうでもいい事である。──が、利用出来るのならとことん利用しよう。
不正が他人に知れた人間の末路など、いつ如何なる時代においても同じ。例え相手が神様であったとしても、不正は不正。
恐喝するには絶好の相手である。
「じゃあ要求その一。転生することに了承する代わりに、兄さんも一緒に連れて行くこと。手始めにこれをお願いするわ!」
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