第3話 兄と一緒に転生する3

 綾奈の言葉の意味を理解出来なかった神様は放心した。──が、徐々に意味を理解して慌て始めた。


「え、それって……まさか、綾奈さんを転生する時に綾斗さんも転生しろって意味なのですか!?」

「……それ以外に何があると言うの?」

「ひぃっ……」


 目を細めてしれっと言う綾奈に、もう神様は怯えっぱなしである。

 この神様、本当に押しに弱い。


「ふぅ……説明する必要があるの?」

「それは……もう、綾奈さんのブラコンが重病なのは理解してます。で、ですか……」

「言っておくけど、これはあくまで最初の要求だよ? 兄さんを見殺しにした罪が、この程度で償えると思ったら言語道断……ッ!」

「で、でもぉぉ……」


 涙目だった神様はとうとう泣き出した。傍から見れば完全にイジメられているようだ。

 その様子から察した綾奈は更に言葉を突き付ける。


「やっぱり難しいのね……」

「うっ……そ、うです……」

「そこは何とかしなさい。いいわね……?」

「ふえぇぇ……」


 妥協はしない。兄さんを見殺しにしたこの自称神様なんか、困り果てて泣き喚いて、ただ私の言うことを聞けばいいのだ。

 絶対に許さない……ッ!!


 思いが顔に出たのか、神様は更に更に恐怖で顔を染めて泣く。可愛い顔が台無しとなり、もう見ていられない。

 ──が、残念ながら助けは来ない。


「それが出来ないなら、私は異世界なんかには行かない。ついでに貴女の言う『上』の連中に洗いざらいバラす」

「わ、分かりましたよ……。分かったよもう! こうなったらもう何でも来やがれってんだぁぁぁぁぁぁッ!!」

「それでこそ神様。見直しました♪」


 よし、勝った。

 勝利を確信した綾奈は、初めてにこやかな笑みを浮かべる。


「では次です。その世界の詳細を教えなさいな。それから特典? というのを決めるから」

「ふえ? 特典って綾斗さんじゃ……」

「…………」

「ひっ……そ、そうですよねー(棒)」


 神様、ついに目力だけで屈した……。


 これから綾奈と綾斗が転生する異世界は、地球より文明が遅れており、且つ地球と比べ治安もよろしいとは言えない。

 ファンタジーゲームのように、剣や魔術が日常的に使用されており、盗賊や魔物といった危険な存在もいる。


「魔術があるの?」

「は、はい……地球との大きな違いはまさにそこですね。ま、魔物も地球にはいませんでしたが……」

「分かった。──で、その文明に私達の現代知識を持ち込んで大丈夫なの?」

「え? まぁ……荒らし過ぎない程度であれば問題はありませんよ? あ、でも歴史目録アカシックレコードが大幅に変動するようなことはやめて欲しいです……」


 綾奈の顔色を伺うように、どこか上目遣いで物申す。正直、可愛い。

 ──が、男性ならイチコロだろう仕草は、綾奈にとっては不快そのものだった。同じ女相手にそんな顔されても嬉しくはない。


「いいわよ。私の目的は兄さんと一緒に平和に暮らしたいだけ。あ、後は兄さんと結婚してキスとか子作りしたりして──」

「わわわ……っ! そう言う話は良いので他に聞きたいことと、転生特典を早く決めて下さ……いっ!?」


 睨んだ。それもここ一番か二番目くらいの剣幕で、である。

 折角の良い気分が台無しなのだから、それも致し方ない。


「そうね。貴女と過ごすよりも、早く兄さんに会いたいもの」

「は、はぁ……」

「……魔術。その種類は決まっているの?」

「え、あぁ……そんな事はありませんよ? とはいえ、私も詳しくは知りませんが……」

「……どういうことォ?」

「ひぃん……。だ、だって魔術はそこの人達が何百年もかけて編み出した……言わば人の作った歴史そのものです。なので、魔術は確かに存在しますが、そこに我々が何か関与した訳ではないんですよぉ……」

「役立たず……(ぼそ)」

「あっ! 今、何か失礼なこと言っ──ごめんなさい。何でもないです。何も聞いてません……」


 地獄耳め。

 天界的な場所に住む、神様的存在に対して地獄とは何とも面妖。綾奈はこっそり侮蔑の笑みを浮かべる。


「なるほど……ね」

 そこまで聞いた綾奈は瞼を閉じる。


「ほ、他に……何か御座いますか?」

「……いいわ。後は転生してみれば分かることでしょう?」

「っ! そ、そうですよそうですとも! ささっ、早く転生の──」

「まだ話は終わってないわよ?」

「ひぃぃぃぃッ!! ご、ごめんなさい!」

 早く解放されたいからか、神様は転生を急かす。


「その世界の成人年齢はいくつ?」

「えーと……十五歳ですね」

「転生した時には、記憶はすぐに継続されるの? 例えば……十歳を迎えた段階で、記憶と人格を取り戻す事は可能?」

「え、ええ。それくらいはお安い御用です」


 綾奈はもう一度瞼を瞑り考える。

 異世界は地球より文明は発展していない。けれど人類はその叡智をもって魔術という非科学を実現した。

 地球に住む人類が科学と共に世界を発展させたのなら、次の世界は魔術をもって繁栄させたというだけの違い。


「……うん、いいわ」

「そ、それじゃあ……」

「待ってなさい」

「うっ……は、はい……」


 もう完全に言いなりである神様を無視して、綾奈は深く考える。

 そして──。


「決めたわ」

「な、何を?」

「残りの条件よ」

「ま、まだあるんですか……」

「何か?」

「い、いえ! なんでもありまひぇん……」

「じゃあ、今から言う条件を全て叶えなさい。それで交渉成立よ」


 盛大に噛んだ神様を見下ろして、一応逆らえないように睨みを利かせる。


「一つ、兄さんと一緒に転生する!

 二つ、私たちの地球での記憶と人格を十歳の誕生日に継承する!

 三つ、転生先は平民で生活に余裕のある家庭であること!」


「そ、そそそんなにですかッ!?」

「これでも譲歩した方なのよ? 本当なら歴史目録アカシックレコードの介入権限も欲しいくらいなんだけど?」

「それだけは絶対ダメですよッッ!!」


 発狂したように吠える神様。

 やはり歴史目録アカシックレコードはダメだったようだ。

 しかし、それは当然のこと。


 綾奈がわざわざ歴史目録アカシックレコードを押し出したのには理由がある。

 単純な話、これだけの沢山の要求……もとい、強要を全て押し通すためである。

 いくらバカっぽくて、押しに弱くて情けない姿を惜しげもなく晒す神様とはいえ、超えてはいけない線は絶対に超えないだろうからだ。だからこそ、恐らく一番与えてはいけないだろう特権を引き合いに出す事により、他の条件が安いように見せたのである。

 そう、基本的な交渉術である。


「それではもういいですよね? もういいですよね!?」

「何をそんなに急いでいるの?」


 自分を脅迫するような人間など前代未聞であり、何よりこの綾奈という少女とこれ以上一緒に居たくないからなのだが、そんなこと綾奈には全く通じてはいない。

 それどころか、神様が押しに弱いことは分かっているが、自分に怯えているとは露ほども思っていない。


「さ、さぁ……あとはご自分の目でご確認下さい。その方が早いかと……」

「まぁいいわ。それじゃあ、最終確認よ。さっき私が出した条件を覚えているわよね?」


 約束を破るとは思えないが、一応確認を取る綾奈。世界変動の対処が雑だったり、自ら不正行為をやるような神なんて、そう簡単に信じることは出来ない。


「ええ。一つ、綾斗さんも転生させること。二つ、お二人の地球での記憶と人格を十歳の誕生日に継承すること。三つ、転生先は平民で生活に余裕のある家庭であること。以上ですね?」

 ──と、ドヤ顔を浮かべる神様。


「……いいわ。じゃあ、任せるわ。最後に、貴女の名前はなんて言うの?」

「え、あぁ……。ふふん、私はシャルロッテと言います」

「分かった。無理を言って御免なさい。神様であるシャルロッテ相手に、少し調子に乗り過ぎていたわ」

「え゛っ……」

「なによ……」

「あ、いえ……まさか、綾奈さんから謝罪されるなんて思わなくて……」

「……悪いとは思ってるのよ。それと、綾奈でいいわよ。あ、でも転生したら名前変わっちゃうか……」


 そう、転生すれば綾奈は──綾斗も名前が変わる事になる。

 二人の新しい両親によって──。


「そうですね……。確かに調子に乗り過ぎでしたが、それは私の責任ですから。──ですが綾奈。確かに名前は変わるでしょうが、私は綾奈を覚えておきますよ」


 利用できるなら神でさえも脅して、強要するような人間。そんな珍しい個体を忘れられる筈がない。

 だが、当の本人は分かってない。


「……ありがと、シャルロッテさん」

「特別です。シャルで構いませんよ。ふふ、なんだかお友達みたいですね」

「え、違うの?」

「も、もう! へ、変なこと言わないで下さいよ……」


 照れ臭そうに顔を背けるシャル。

 出会いこそ最悪で、恐喝されての一方的な交渉だったが、二人は最後に友情的なものを手にした。


(ふーん……。やっぱり、こんな所にいるくらいだから友達はいなんだぁ……。それに、やっぱりチョロいわね)


 但し綾奈の計画的な友情だが……。

 相変わらずシャルロッテはチョロい。

 ほんの少し優しくしただけで、もう心を開くとは、綾奈も思わなかった。

 やはり彼女には、ちょろいんの才能がある。


 もうここに用はない。

 綾斗に会えるのは更に十年先になるが構わない。十八歳の綾奈と綾斗が、赤子の状態から記憶を保持するのは苦痛だろう。

 綾奈はそう考えて、十歳で思い出すように仕向けたのだった。

 ……というか、いくら母親であろうとも、綾斗がおっぱいにしゃぶりつく姿なんて見たくない。

 複雑な乙女心がそれを許せない。


(そんなの見ちゃったら……私、新しいお母さん殺しちゃう……ッ)


 物騒な事を最後に考え、綾奈は転生した。

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