第7話 ハルカの八つ当たり

 ハルカの不機嫌さを感じ取れたのは、何も家族だけではなかった。

 長い期間宿泊をしている冒険者パーティ『星の瞬き』と『赤羽の渡り鳥』も、ハルカの気分を敏感に反応していた。

 二週間程前からおかしくなってしまったハルカを心配する二つのパーティは、時間がある時は話し掛けて、ご機嫌を取る事が多くなっていた。


 この二つは貧乏パーティで、宿代だってあまり払える状態ではない。個々に宿を取っていれば余計なお金を使ってしまうのに対し、団体なら多少は安くて済む。

 ──が、それでも駆け出しにとっては痛手となる出費である。


 そんな状態のパーティを救ったのが他でもないハルカであった。

 宿泊代をさらに安くすることを条件に、『星の瞬き』には冒険で得たオーク肉などの提供を、『赤羽の渡り鳥』には夕食時間に接客をしてもらうことを提案した。

 それによって、パーティは出費を軽減する事が出来て、宿屋は食品の仕入代の軽減と美人冒険者の接客による集客力向上を得る事に成功したのである。

 お互いに利益がある話であったため、当然二つ返事で了承した。


 しかし、それはあくまで特例である。

『春晴れ亭』にしてみれば、宿泊代を正規で支払って貰えれば構わないため、例え今の関係が解消されてもなんの影響もない。

 払えねぇーなら野宿しろ、である。


 しかし彼らにとってはそうはいかない。

 当時Eランクで、最近Dランクに昇格したばかりの『星の瞬き』と、現時点でEランクパーティで、しかも全員女性で構成された『赤羽の渡り鳥』は未だに貧乏であった。

 つまり追い出されては困るのである。


 そしてこの提案をしたのは他でもないハルカで、もし彼女の機嫌を損ねたら……。

 という事情もあるため、彼らはハルカに逆らえない微妙な立場にあった。寧ろご機嫌取りに全力を尽くす事が、彼らにとっては最重要と言っても過言ではない。


「ハルちゃん。今日ね、ハルちゃんとカナタ君にお土産を持ってきたの」

「お、奇遇だなラウラ。俺たちからも二人に土産だ」

「あ、ありがとうございます。でもラウラさんもカッシュさんも、あまり無理しなくても良いんですよ?」

「無理なんてしてないわよ」

「そうそう。俺らも世話になってるしな」


 本当はちょいと奮発しているが、それも必要経費であると仲間全員で決めたことだ。もう少しランクが上がれば、より上位の依頼を受けることが出来るが、それまで宿無しではそもそも生きていけない。

 家族経営であるため、他所の宿屋より部屋数は少ないが、その分安い『春晴れ亭』で、更に特例の割引をさせてもらっている立場としては、今はまだ引き払う事が出来ない。

 何としてもこの宿に残りたいと、両パーティ必死である。


(お風呂が使えないのは残念だけど、女だけで泊まるには安全だもの)


(風呂は使えねぇが、安くてしかも美人冒険者パーティと同じ宿なんだ。手放せないぜ)


 お風呂を使わせてもらえない不満はあるが、二人ともそれを言葉にする事はない。

 というか絶対に言ってはいけない。


『赤羽の渡り鳥』はまだ歳若く美人な冒険者パーティで、しかも四人という丁度いい人数であるため、恋人募集中な男冒険者パーティから狙われている。


 大抵のパーティは四人くらいで組んでいる場合が多く、嫌な言い方をすると、仲間全員に行き渡るということだ。

 仮に男三人に女一人のパーティがあれば、まず間違いなく奪い合いになってしまう。

 冒険者とは死と隣り合わせで、女はともかく男はまったくモテないため、そうした熾烈な争いが時折起きる。

 そうして男たちは不仲になったり、他にも遺恨を残す結果となる可能性が高い。サークルクラッシャーならぬ、パーティクラッシャーである。略してパークラ。


 そういう事情もあるため、『星の瞬き』や男性構成パーティの冒険者達にとって、『赤羽の渡り鳥』は超優良物件なのであった。

 そんな誰もが狙いを定めるパーティが、同じ宿屋で宿泊しているのだから、そんな超お得な状況を自ら手放す事などありえない。

 更に言えば、そんな優位な立場にある『星の瞬き』は『赤羽の渡り鳥』と良好な関係を築けている。

 もう一息で自分達に美人な彼女が出来る、と彼らは判断している。


(ラウラともかなり親密になれたしな。今ここで追い出されちゃ堪らん!)


 この恵まれた状況を維持する為にも、ハルカのご機嫌取りは必須である。


「あ、そうですか……。それなら……宿泊代は正規に戻して良いですか?」

「えっ……」

「ちょ!?」

「……? だって余裕があるんですよね? それならもう良いですよね?」

「「いやいやいやいや──っ!?」」


 ──だが、今日のハルカの機嫌は最低最悪な状態だった。

 お土産(カナタの分まで)を貰っておいて、まさかの余裕あるなら金を寄越せと言われるとは、流石に予想外だった。

 実際はそんな風に言っていないが、二人にしてみればそう言われたも同然だった。


「これだけ安くしてるのに、お風呂使わせてもらえないとか文句言ってる癖に……」

「「言ってない!」」


 ラウラとカッシュの声がハモる。本当に仲が良さそうで何よりである。

 とはいえ、二人とも内心動揺を隠す事が出来ずにいる。ついさっき、心の中だけで呟いた言葉が届いたのかと思い、軽いパニック状態に陥っていた。

 最近のハルカ(カナタも)は精神的に急成長しており、魔術も多少は覚えつつあるのを知っているため、もしや本当に心が読めるようになったのではと思い込んだ。

 実際は転生して前世を思い出しただけだが、そんなこと夢にも思うまい。

 また、心を読んだ訳ではなく、適当に言っただけだったのだが、まんまと動揺した事でハルカの機嫌は更に悪化したのだった……。


「ふーん……そうなんだ。やっぱり思ってたんだぁー……」

「いや、ほんとに違うんだよ。確かに思わなかったと言えば嘘になるが……」

「ほ、ほら私たちって冒険者でしょ? だから毎日のように汚れるから……」

「別にいいですけどー。ただお土産買ってくるくらいなら、その分パーティの資金を貯めれば良かったのになぁー……なんて、全然思ってませんよー」

「「うっ……」」


 ハルカの言うことはもっともで、彼らは基本貧乏であるが故に割引サービスを適用してもらっている身である。本来はやらない事を、あくまで特例という形で支援してもらっているに過ぎない。

 冒険者は装備を整えたり、傷薬や補助道具を買い揃えたり、それこそ宿泊代などにやたらとお金を使う。資金集めは冒険者かれらにとっては重要な意味を持ち、そのパーティ資金を一個人への贈り物に使用するなんて本来あってはならない。


「ま、まぁその……いつも世話になってるからさ、たまにはと思ったんだよ……あ、あははは……」

「そ、そうよそう! 私達もさ、接客だけで割引してもらって……。だ、だから感謝しているのよ! ハルちゃんが提案してくれなかったら、今の私達はないわ」

「だからこれは、そんなハルカちゃんへの感謝の気持ちなんだ」

「そうそう!」


 ハルカの機嫌を直すため、二人とも必死過ぎるくらいに言葉を絞り出す。

 今回のハルカはただ八つ当たりをしているだけで、どちらが悪いかと言えば間違いなくハルカが一方的に悪い。そもそもお土産を貰っておいてこの態度なのだから、逆に彼らが怒って良いはずなのに、何故かあっちが下手に出ている……。


「……お土産は嬉しいです。兄さんの分も買ってくれたのも」

「「ほっ……」」

「ただ──あくまで特例で割引しているんですから、その自覚を持って無駄な経費を使わないように」

「「は、はい……」」


 十歳の少女に諭される、情けない駆け出し冒険者パーティ。

 この日『春晴れ亭』に訪れていた宿泊客から、そんな不名誉な印象が与えられたのは言うまでもない。


 それとは別に、ハルカの行為は完全な八つ当たりで、それも常連のお客に対しての非礼は流石に看過できるものではない。

 もちろんハルカの言う事も一理あるが、だからといってこの対応は問題である。

 よって──。


「いたっ……」

「申し訳ございませんでした! お土産まで頂いたのに、うちのバカがご迷惑をお掛けしました!」


 ハルカの頭を少し強めに叩いたカナタが、そのままの勢いで頭を下げる。ついでに片手でハルカの頭も下げさせる。

 一連の流れを惚けたように見つめていたラウラとカッシュを他所に、ハルカはカナタに何か耳打ちされて渋々部屋へと戻っていった。


「本当にごめんなさい。今日の夕食はこっちで持ちますので……」

「あ、いや……」

「何というかその……頑張ってカナタ君」

「はい……」


 気苦労が絶えない三人は遠い目で、ハルカの消えた部屋を見つめるのだった……。



「はぁ……兄さんに怒られた」


 一方でハルカは『部屋で頭を冷やせ』と怒られて、しょんぼりとしていた。

 ハルカの行いは、宿を提供する者としてはあってはならない事であり、言われた通り落ち着いて考えたハルカ自身も反省した。


「全部シャルのせいだ。何が平民よ」


 まだ仕事中であったため、ミツハから事情は一切聞いてはいないが、十中八九ナツミが元貴族であることは確実だ。

 最初こそ否定していたが、ミツハの佇まいは貴族のそれであり、妹が貴族であるのなら姉であるナツミも同様だった筈なのだ。

 説明を受けるまでもなく、その辺りの事情は察する事ができる。


「ちょっと暮らしに余裕のある平民って言ったけど……。いえ、合ってるのよ? でも片親が元貴族って……トラブル臭しかしないじゃない!」


 ハルカの望みは、カナタと平穏な結婚生活であって、貴族の権力争いの付き合うつもりは毛頭ない。

 物語で語られる展開を予想して憂鬱になるハルカは、こんな複雑な家庭に転生しやがったシャルにお怒りである。

 只でさえ忙しく、兄に甘える暇も押し倒す暇もないというのに、更なる厄介ごとは御免被りたい。


「はぁ……これからどうなるんだろう……」


 これから起きるであろう未来が、手に取るように分かる気がするハルカは、自室で回避方法を模索する事に決めた。


(ミツハさんとの話は仕事が終わってから……。つまり受け答えの模範解答を考える余裕があるという事。元貴族の母親ってだけで、厄介な話を聞かされるのは確定したと言っていい……。それなら──)

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