第10話 魔術学院 2

 ナデラート王国魔術学院の二年間は予科生として過ごし、次の三年間を本科生として学院に通う事になる。

 つまり五年間は魔術学院に通うことになるのだが、そうなれるかどうか別問題なのだ。


「予科二年の教育課程を終了後、すぐに進級試験が行われるんですよ」

「あー、だから『少なくとも二年』って言うことか……」

「ええ。進級試験は三度行われて、そのいずれかで合格すれば問題はないんですが」

「三回落ちれば退学ってことよね?」

「退学とは少し違いますね。大抵の場合は、地区学院へ転校する事になるでしょう」


 故に予科と本科で分けられている。

 予科で学ぶのは基礎の基礎。ここを突破出来ない者に本科になる資格なし。

 寧ろ予科でつまずくようでは、本科になってもついていけないだろう。


「母さんたちはそんな説明一言もしてなかったのになぁ……」

「そういえば、お二人のナルミ家? の爵位って、どの位階なのですか?」

「えっ、ないけど?」

「…………はい?」


 間の抜けた声を漏らすユリネ。

 カナタ達が名乗った『ナルミ』とは、『ルミーナ』を並び替えただけのものだ。

 別に苗字が無くても困る事はないが、ミツハが強引に勧めるため仕方なく折れた形だ。『ルミーナ』を名乗れない身だが、せめて混じった苗字をどうしても付けたかった、というのがミツハの言い分だ。


(ほんとに面倒な一族よね……。ルミーナ子爵って、みんな変な人が多過ぎる……)


 ミツハに泣きつかれ時は、流石のハルカもドン引きして逃げたくなった。

 自分と天使ハルカたちとの、何らの繋がりが欲しいと思っただけなのだが……。それが二人にしては押し付けがましくて、大変迷惑な押し売りだった事で根に持っている。


「そ、そうだったの? はぁ……二人には勘違いさせられてばっかり……」

「あー……なんか、ごめん」

「ふん。早とちりする方が悪いんですよ。兄さんが謝る事はないです」

「いや、ハルカ。なんでさっきから喧嘩腰なのさ……」


 自分の胸に聞け。

 そんなの、カナタが他の女とばかり会話しているからに決まっている。


(いくら道に迷ったからって……。女に訊くなんて本当は嫌だったのに……)


 仕方がないとはいえ、先行きが不安になるハルカは終始不機嫌だった。できれば今すぐ二人だけで学院に向かいたいのを抑えて、渋々カナタの横をピッタリと歩く。


「本当に仲がよろしいのね」

「ま、まぁ……」

「……羨ましい」

「えっ?」

「何でもないわ。それより……」


 少しだけ哀しげな雰囲気ではあったが、次の瞬間には微笑を浮かべていた。


「二人は貴族でもないのに、なんだか大人びているわね」

「そう……かな?」

「私にも平民のお友達はいるけれど、みんな良くも悪くも歳相応な子ばかりだったから」

「そ、そか……」

「?」


 急に歯切れが悪くなるカナタ。

 しかしそれも仕方ない。なにせカナタとハルカは肉体こそユリネと同じ十歳だが、精神は十八歳なのだ。

 逆にユリネの方がしっかりし過ぎている。


「兄さん。どうやら着いたみたい」

「あ……あれが……」

「ええ。あそこが、私たちの学び舎となるナデラート王国魔術学院よ」


 やがて三人の進む先には、壮大な敷地を有した美しい学び舎が現れるのだった──。



 入学式は転生前と同じで、実に退屈な時間が流れるだけだった。

 学院長の挨拶から始まり、来賓、生徒会長に在校生代表(ユリネだった)挨拶などなど……。つつがなく行われた式は眠気を誘い、けれど在校生の中に眠気を受け入れる者は誰もいない。


「……zzz」

「ぅ……んぅ……」


 ただ二人を除いて……。

 在校生の誰もが──ユリネですら、どこか緊張した面持ちである。……が、ハルカ達にとっては三度は経験したつまらない式に他ならない。


「(ちょ、ちょっとお二人とも! どうしてそんなに堂々と……)」


 声のボリュームを最大限落としつつ、ユリネは慌てた様子で二人に注意する。一応二人も睡魔を押し退け瞼を開くが、やっぱり数分後には意識は微睡みのなか。


「(も、もうカナタ君! 貴方までどうして……ッ)」


 初対面でのカナタは好印象だっただけに、ユリネは僅かながらショックを受けた。

 魔術師を志す者にとって、この学院はいわば登龍門である。過去と現在、未来永劫においても敬意を払うべき学び舎であり、学院生としての誇りを持つべきものである。そこに身分や階位は関係ない。入学したての未熟者であろうとそれは変わらない。

 だからこそ、この二人の怠慢とも受け取れる態度に、流石のユリネも看過できない。


(あとで本格的に説教しないといけないわね、全くもう……)


 ユリネの思いなど露知らず、二人は今もユリネに揺らされている。寧ろその揺れが、眠気を更に加速させる要因になろうとは、流石のユリネも気付く事はなかった。



 入学式はこうして何事もなく終わり、遂にクラス分けが発表された。

 学院のクラス分けでも、その者の身分は何ら関係はなく、優等生と劣等生とで分けたりする事もない。学院生は事前に魔術の素養を検査しており、全クラスの力関係が平等になるように調整されている。

 一昔前まで、検査結果の優劣でクラス分けをしており、それが災いして差別的意識が生徒たちの間で伝染した。

 今の学院生にそれを知る者はいないが、昔はあまりにも学院の風紀が乱れた事が問題視された。現在ではそれも改善されて、平等の名の下に差別を沈静化させた。


 ハルカたち三人は偶然にも同じ四組となり、予科二年間はこのままのクラスで過ごす事になる。仮にクラスに不満を抱いた場合は、クラス替えの申請と正当な理由を提示しなくてはならない。それ以外でのクラス替えは基本的に行われることはない。


「兄さん。同じクラスですね」

「そうだね。五組まであって、それぞれ二十人強って所か……」

「魔術師の卵が一斉に入学するのだから、毎年このくらいの人数は普通よ」


 ユリネは誇らしげに語るが、カナタは人数に気圧された訳ではない。寧ろ一クラスに二十人は少ない方だと感じている。


「私は兄さんが一緒ならそれで良いよ?」

「そうだね。知り合いがいない場所だからかな? 余計にそう思うよ」

「ハァ……うれしいなぁ……」

「……仲良いわね。ちょっと胸焼けしそう」


 ハルカの恍惚した笑みを見て、流石に少し引いた様子のユリネ。

 今日初めて知り合ったばかりの少女だが、この場で最も異様で危険な存在はハルカであると断定したユリネは、もう一人、兄のカナタの方へ視線を飛ばす。

 妹のハルカとは違い、特におかしな雰囲気は感じ取れない。同世代の平民に比べれば大人びてはいるが、それだけだ。


「ん? ユリネさん?」

「あ、いえ。何でもないわ。それと呼びづらいのならユリネでいいわよ」

「それじゃあ遠慮なく。これから宜しくなユリネ」

「こちらこそ。でも、集会での居眠りはもうやめてよね」

「「はい……すみませんでした……」」


 そんな一幕もあったが、三人は予科一年次四組の教室へと向かう。

 入学式の初日であった今日は、これ以上は何かがある訳ではない。しかし、在校生の足は自然と己が学ぶ教室へと向かう。そこで、これから共に学ぶ者達が集まり、自己紹介を済ませたり、友達を作ったりする。


「うわっ……無駄に広っ……」

「綺麗な教室だけど、確かにだだっ広いね」

「お二人は学院をなんだと思ってるんですか……」

「文句って訳じゃなくて、なんかこんなに広いことに意味あるのかなぁ……なんて?」

「どうして疑問形なのよ……」


 日本の教室はもっと狭くて、なのに四十人近くの生徒を詰め込んでいた。そのため、四十人くらい入っても余裕のありそうな、この広過ぎる教室に違和感を感じているのだ。


「あー、なんかもうグループが出来上がってるな」

「どうしますか兄さん?」

「……静観?」

「そうですね。そうしましょう」

「少しは社交的にいきましょうよ!? どうして初めから逃げ腰なのよ!?」


 普段のユリネなら、こんな風にツッコミを入れること事態ないのだが、この双子と出会ってからはこういった事ばかりだった。


「いや、なんて言うか……」

「思ったより子供っぽいんですよね。だから、ちょっと嫌です」

「……私が言うのもなんですが、お二人が子供っぽくないんですよ。平民の子は大体あんな感じなんですよ?」

「ユリネがタメ口がオッケーな、ゆるゆる令嬢で良かったね。ね、兄さん?」

「ハルカさんは、もう少しその性格を直した方が良さそうですね」

「家じゃあ猫かぶって過ごしてたから、すごく疲れてたのよねぇ」


 実家で猫かぶる意味は?

 当然の疑問を抱いたユリネだが、他人の家庭に口出しするのも気が引けて避けた。本当によく出来た令嬢である。


「私だって時と場所、人物くらいは考えるわよ。誰彼構わず砕けた会話をする訳ではないわよ。……本当に」


 今までの人生を思い返して、少し自信をなくしてしまうユリネ。

 そんな様子に気付く事もなく、ハルカ達は適当な席に腰を下ろす。


「不思議ですね、兄さん」

「ん? 何かあった?」

「そうではなく……。その、兄さんと同じ教室で勉強する事になるなんて……」

「ああ、確かにそうか。なんか意識したら不思議な気分になるな」

「そうですね。でも私は嬉しいですよ? 兄さんと同じ教室で過ごせるなんて、の時には考えられなかった事ですから」


 ハルカの表情から、それは本心からの言葉である事が誰の目にも明らかだ。それだけで、この兄妹のラブラブっぷりはクラス中に周知される事になった。

 見せつけられた周りは少し気まずそう。


「はぁ……。なんだか貴方達を見ると本当に疲れるわね……」


 それがクラスの総意である事を、当事者たちだけは気付かなかった……。

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