第17話 孤立の予兆
本科一年のマーク=ロレンツィは、家の方針で予科一年のユリネ=ナーヴァに近付いていた。無論、交際するためである。
ロレンツィ家とナーヴァ家は歴史の長い魔術の名門で、一昔前までは親密な交流の場が何度も設けられた。
しかし、ロレンツィ家前当主とナーヴァ家前当主との間で些細ないざこざがあり、それ以来二つの名門は疎遠となってしまう。
そんな状況下の中、ナーヴァ家には歴代で最も優秀な魔術師が誕生した。
六歳という史上最年少で汎用魔術を起動させ、七歳で大掛かりな儀式場を一人で作り上げたりなどという天才少女。
同じ名門のロレンツィ家としては、そんな将来有望な天才少女を嫁に向かい入れ、再びナーヴァ家と接点を持ちたいと考えた。
幸いにも、ロレンツィ家には十二歳となる長男坊がいるため、身分も歳の差も申し分はない上に、同じ学院生としてなら何の隔たりなく交流できる。
ナーヴァ家も内心では、再びロレンツィ家との交流関係を元に戻したいと考えているので、ユリネもまた交際云々はともかく仲良くするよう命ぜられている。
そういった経緯もあって、マークはユリネに近付き友好関係を築く事になった。
ここで、誤算……というより予想外だった事柄が一つ存在する。
ユリネが乗り気じゃないように、マークも家の方針とはいえ気が進まなかった。何故なら、彼は生粋の歳上好きだからである。
公爵家の長男として生まれたマークは、慕われこそすれ、甘えさせてくれるような女性とは縁がなかった。
そのせいか、マークは包容力のある女性に甘えたいという願望があった。そして、そのような女性とは即ち大人の女性。
いわゆる姉属性という奴だ。
しかし──誤算とはこの事ではない。
マークは渋々ユリネに会いに行き、その日のうちに昼食を共にした。
その日、マークの中で転機が訪れた。
(なんて──聡明で大人な女性なんだ!)
昼食を共にし、ほんの数時間だけ会話するだけの筈だった。
しかし、マークの心がユリネに鷲掴みにされてしまうには充分な時間だった。
公爵家より一つ下ではあるが、ユリネも歴とした上流貴族の生まれだ。
そして母親の徹底的な教育により、ユリネは大人顔負けの聡明さと誇り高き女性として日々成長していた。
さらには、男性を立てる術と包容力を兼ね備え、社交場で恥のないよう育った。
そして、それこそがマークの求める包容力ある大人な女性なのである。
こうして、嫌々ながら近付いた少女に本気で恋してしまうという、本人にとって予想外の出来事が起こったのであった。
それからというもの、マークはユリネに会いに行くためだけに予科一年四組へ通うようになっていた。
一応は昼休みに限定して訪れるので、他の休み時間では姿を見せることはない。しかしハルカやカナタだけでなく、四組の大半は迷惑に思っている。
ほぼ毎日のように上級生の……しかも公爵家の次期当主が教室に来ていては、休まるものも休まらないからだ。
とはいえ、数分間の会話ののち学食か二人きりになれる場所へと移動するので、昼休みの間ずっと耐えることはなかった。
そんな経緯もあって、四組は現在マークに良い印象はあまり抱いていない。
「南東にある『ベルルト古城』と呼ばれる古代遺跡をご存知ですか?」
「もちろんです。確か……四千年以上前に存在した吸血種たちの住処ですよね」
「ええ。昔、あの辺りは七大吸血鬼の一人である『暴食の真祖』が、食料である人間を監禁していたとされています」
「本当にそのようなものが存在していたのでしょうか?」
「黄金時代のことですからね。歴史の文献には記述されてません。しかし、あの遺跡の調査をすればするほど、真祖と呼ばれた吸血鬼の存在が証明されていきます。
僕らロレンツィ家は代々、その黄金時代に関する情報を集め──」
もはや、ハルカたち四組には何の話やらさっぱり理解不能。
最初の頃は学院生同士のたわいもない会話だったのだが、徐々に古代文明や古代魔術に関する高度な話へと変わっていった。
所々にロレンツィ家の話を混ぜ込んで興味を引かせ、同時に自らをアピールするのも忘れていない。
巧妙な貴族の会話であった。
「……普通、女の子を落とすのにそんな物騒な話する? あの人、頭大丈夫かな?」
「もう少しボリューム落として。聞こえちゃうよハルカ」
「大丈夫ですよ兄さん。あの人はユリネに夢中だもん」
ハルカの言う通り、マークはユリネに夢中過ぎてそれ所ではない。
恋は盲目などと言うが、今のマークにはその言葉がよくよく似合う。
「全く……
「まぁね。いくら上級生だからって、下級生のクラスに毎回来るのはね……」
カナタもうんざりしている。
ハルカとは違い、恋がどうこう言うつもりはカナタにはない。
ただ、ユリネに対するアプローチが過激になる前は、三人での昼食が普通だった。
最近はめっきりそれがないため、少なからず寂しさを覚えていた。
「うわ、また自慢話になったよ兄さん」
「アピールなんだから、そのくらい普通だよ。ただ……ユリネの方はあんまり楽しくなさそうだけどね」
マークの目からは、ユリネは自分の話を楽しげに聞いているように見えている。
しかし、周りの目から見ればむしろ逆で実に迷惑そう。事実その通りだった。
「盲目もここまでくると失明と呼んだ方がいいと思うよ」
「それはよく分からないな……」
ここ最近のハルカは酷く苛立っている。
カナタ籠絡作戦は失敗の日々が続き、安らぎの時間帯には
はっきり言って拷問である。
(別に恋はいいのよ。ただ一方的な癖に、当然のように報われると思っていることが腹立たしいのよね、コイツ……)
思ったことをすぐに口に出すハルカではあるが、この時ばかりは口を噤んだ。
そんな、何か言いたげな妹の様子に気付いたカナタは、優しく頭を撫で回す。
「よしよし、よく我慢したね。偉い偉い」
「んっ……にいさん。くすぐったいです」
幸せな気分に浸るハルカは、素直にカナタの手を受け入れる。むしろ積極的に頭を寄せて、無言で撫でろと訴える。
至福の時間である。
しかしながら、マークの来訪に四組はもう限界だった。
公爵家の長男ともあって、本人に直接文句をぶつけようとする
ユリネが本心では良い気分ではない事も承知している。──が、分かっていても矛先はユリネに向かってしまう。
今のところ目立った動きはないが、そう遠くない未来で、ユリネを責め始める者が現れることになるだろう。
ユリネも侯爵家の人間だが、クラスメイトという立場からなら責めやすい。
いじめにまでは発展しないだろうが、少なくともクラスでの孤立は避けられない。
(早くなんとかしなさいよね。ユリネが言わなきゃ、アイツは絶対引かないんだから)
カナタに撫でられながらも、ハルカはこの後の展開を予測する。
(ふぅーん……早ければ、四日後くらいでシューネが動くのね)
シューネとは、ハルカたちと同じ四組のクラスメイトである。
権力的にはそれほど高くない子爵家の令嬢だが、真面目に勉学に励む優等生で、誰とでも分け隔なく接する。
反面、プライドが高く嫉妬深い性格でもあるため、同じく優等生のユリネに対してライバル意識を持っている。
そんな彼女は、とある男爵家の幼馴染に好意を寄せていたのだが、つい先日別の男性の婚約者になってしまう。
親が勝手に決めた相手で、十は歳の離れた相手である。
そんなショックな出来事もあり、シューネは政略結婚というものに憤りを感じていた。
そして、今まさにクラスメイトでありライバルのユリネが、政略結婚するかしないかの瀬戸際に迫っている。
ショックから立ち直れないシューネは、ユリネのどっち付かずな対応に激しい苛立ちを露わにしていた。
当然、そんなことをハルカは知らない。
(少し意外ね。シューネは静観すると思っていたのに……)
このまま、ユリネが態度を変えないようでは、四組での居場所は確実になくす。
ハルカは撫でられながら、仕方なく友人を救う手立てを考える事にした。
兄を道連れに転生した妹は、兄妹婚を目指すようです 花林糖 @karintou9221
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