第4話 妹と一緒に転生した

 目が覚めるとすぐに違和感に気が付いた。

 朝の暖かい日差しを浴びて、いつもと同じでまだ少し眠い。微睡みの中を彷徨っていた感覚が残るが、取り敢えず体を起こす。


 カナタは部屋を見渡す。

 見覚えはあるが、何故かとても違う気がする。まるでまだ夢の中にいるような感覚にカナタは戸惑いを感じる。


「ここ……何処だ?」


 素直な感想が口から漏れ、すぐにそれにも違和感を感じる。

 声が高い。すでに声変わりも終わって十八歳を迎えた筈……いや、十歳?


「なっ……」


 突如激しい頭痛がカナタを襲う。

 痛みで目を強く瞑り、右手で頭を押さえて左手で毛布を強く掴む。

 やがて痛みが和らぐと、今度は怒涛のように記憶が流れ込む。


「あや……と? 十八歳……の、高校生?」


 カナタの脳裏に蘇るのは、地球で過ごした家族の記憶。学校での生活や部活動の光景、最愛の妹との帰り道。

 そして──。


(そうだ……僕は、トラックに轢かれたんだよな……)


 宮坂綾斗の最期の記憶。

 赤信号の横断歩道。そこへ飛び出した幼子を救うため、躊躇なく手を伸ばした。

 その後、今まで感じたことのない激しい苦痛を受け──そこで記憶は途切れている。


「僕は……一体どうなった? あの子は無事なのか?」


 前世の記憶が全て戻り、最初に思った事がそれだった。

 綾斗は誰隔てなく接する優しい少年で、そんな綾斗だからこそ、死の危険すら軽々と越えて他者へ手を伸ばした。

 ただあの子の無事を願いながら。


「──って、僕はやっぱり死んだ……のか?」


 今の状況を整理しようと、カナタは頭を抱えて深く考える。まず自分は『カナタ』という十歳の少年で、『宮坂綾斗』という前世の記憶を突然思い出した。

 それも何の前触れも……。


「いや待て? 今日は僕たちの誕生日だ」


 この日。四月十日はカナタと……双子の妹であるハルカの誕生日なのだ。

 だからと言って、それが原因で記憶が戻るなど本当にあり得ることなのか。別の要因が他にあるのではないかと、カナタはもう一度考えるが……。


 ドタドタドタドタドタドタッ!

 ──そこへ、誰かが勢いよく駆けてくる音が聞こえる。


っ!!」

「は、ハルカ?」


 歓喜の声ととも入室して来たハルカは、その勢いのままカナタに飛び付いた。そして背中に手を回して、カナタの胸に顔を埋めて急に泣き出してまう。


「ど、どうしたんだハルカ? 何か怖い夢でも見たのかい?」

「うぅぅ……に、いさん……」


 ハルカは何も答えずに泣きじゃくる。

 一体何があったのかは分からずに困惑するカナタだったが、一つ疑問が生まれた。


……だって?)


 それはハルカの発したカナタの呼び方。

 ハルカは『兄さん』と言った。つい昨日までは、カナタの事を『お兄ちゃん』と呼んでいたのにだ。

 そして『兄さん』とは、前世の妹である『宮坂綾奈』の呼び方だ。更に胸に顔を埋めて、泣き顔を見せないような泣き方も、良く知っている。つまり──。


(まさか……ハルカも?)

 そんな疑問がふっと頭を過る。


「兄さん……兄さん兄さん兄さんっ!!」

「あ、綾奈……なのか?」

「〜〜っ!! は、はい。そうです……そうですよ兄さんっ!」


 やっぱり!

 これでハルカが号泣する理由が分かった。ハルカ──綾奈と綾斗は再会を果たした。

 しかし、更にいくつかの疑問が生まれた。


「えーと……綾奈? それともハルカって呼んだ方が良いのか?」

「あ……そうですね。兄さんが『綾奈』と呼んでくれるのは嬉しいけど……。でも、ここではもう『ハルカ』で、兄さんも『カナタ』ですよね?」

「そう、だよな……。仕方ないよな……」


 正直に言えば、前の両親から貰った名前を捨てるのは心が痛む。だがここで前世の名を名乗る事はもう出来ない。

 ハルカもそれは分かっているため、寂しそうではあるが受け入れている。妹がそうであるのに、兄であるカナタが受け入れないのは道理にはならない。


「じゃあ……ハルカ。うん、久し振り……で良いんだよな?」

「……うん。私にとってはだけど、二年と十年ぶりになるかな」

「二年って……まさか……」


 ここにこうして、ハルカが綾奈である事が分かった時から薄々分かってはいた。あまり信じたくない事実で、けれど認める以外にない一つの核心がここにある。

 しかし二年……あまりにも短い。一体、綾奈の身に何が起きたのか。


「あや……ハルカ、お前は──」

「二人ともそろそろ起きなさーい」

「……っ」


 訊くべきことは、母親のナツミによって遮られてしまう。カナタは一瞬の逡巡ののち、ふっと安堵した。

 何かしら事情を知っているハルカから話を聞くことは大事だが、今まさに混乱の真っ只中にいる状態では、情報の整理など出来よう筈もない。


「母さんが呼んでる。だから、落ち着いたら話を聞かせてくれハルカ」

「分かってる。また後でね兄さん」


 ハルカはカナタの頬にキスすると、来た時とは打って変わって静かに部屋を出て行った。まさかキスされると思ってなかったカナタは、ハルカを放心状態で見送った。


 そして着替えを終えた二人は、すぐに朝食を食べる。

 二人はナデラート王国で、家族経営する宿屋の子供として生まれた。両親共に少しだけ裕福な平民で、シャルとの条件はしっかり守られていることが確認できる。

 ハルカはカナタとの再会を果たすのが一番の目的ではあったが、通常の生活すら厳しい平民や、逆に裕福で規則が厳しい貴族に生まれるのは避けたかった。


 ハルカ……綾奈の目的は兄との平穏な生活で、後々は兄との結婚生活を送ることも含まれている。

 貧民では平穏な生活は望めないし、貴族では兄または自分に婚約者を押し付けられるのは目に見えている。それでは折角生まれ変わっても何の意味もない。


 さらに転生する年齢を十歳に指定したのは、兄妹婚が倫理的に悪であるというカナタの考えを改めさせるため。

 そして幼馴染などの恋人候補の出現を阻止または排除する期間を設けるためである。

 仮に記憶のないハルカに想い人がいたとしても、記憶が戻った瞬間におさらば出来るが、カナタの場合はそうはいかない。カナタの気持ちが揺らいでいればそれで良いが、その想いを受け入れてしまう可能性もある。

 そんな可能性の話をすればキリがないが、ハルカの願いを成就するためには時間が必要になるのである。


(幸い、兄さんと特別仲の良い女はいない。私に対しての好意を持つ男の子はいるようだけど、付き合っている訳じゃない。これで不安要素はほぼ消えたと言っていいよね?)


 けれど油断は出来ない。

 カナタを想う者がいなくとも、それは今だけかも知れないし、逆にカナタ本人が恋する可能性がある。

 カナタと中に、妹と恋仲になる考えは存在していないし、婚姻なんて夢にも思っていない。

 だからまずは、その考えを改めさせてハルカに恋してもらって、成人を迎えた段階で結婚するつもりなのだ。

 ただ残念なことに、書類上の結婚は出来ない。王国基本法で近親婚が認められていないのは、ハルカの十年分の記憶が教えてくれた。

 たが書類上は問題でも、気持ちの問題なら話は別であり、書類如き紙切れ一枚なんかで、この想いは止められない。


(この街にも兄妹婚をしている人たちがいるみたい……。噂でしかないけれど、それでも偏見があまりないならいい!)


 地球では何処へ行こうと奇異の目を向けられるが、異世界……それも文明が未発達の時代ならそこまで気にされないだろうことを予想していたハルカは、計画通りに事が進んでほくそ笑む。

 ここまで予測した通りだが、それ以降は自分の手腕が試される。

 カナタを籠絡して、二人で添い遂げるまでがハルカの計画。それさえ成し遂げられたならば、後は子供を作って温かい家庭を手に入れ幸せになる。


(まず最初の子供は男の子。その次は女の子で兄妹を作って──もしくは双子でも良いなぁ……♪)


 当然双子も男女。兄と妹という形で育ててみせよう。ま、流石に女の子が先に生まれたのなら……仕方がない。それでも愛せないなんてことはない。


(兄さんとの新婚生活♪ 兄さんとの子作りと子育てと老後生活安泰♪)


 膨らむ夢を抑えきれないハルカは、傍から見ると不気味に映るような微笑みを浮かべている。カナタと両親が訝しげにその様子を見ているが、それに気付いた様子はない。

 カナタなんて、背筋が凍えるような寒さを感じている。


(ハルカ……なんか変わった?)


 カナタは『綾斗』が死んだ後の綾奈を知らない。自分の死がどれだけ綾奈の心を狂わせたのかを。

 そして異世界に道連れにした、その壮大な理由も──。


「な、何か良いことあったのかいハルカ?」

「うん! 今はね、まだ言えないけど……ハルカは頑張るよ!」

「そ、そうか……」


 娘の恍惚とした笑顔を見て、ジルは顔を引き攣らせながらも言葉を返す。

 前世の記憶が戻ったハルカは、今や十八歳の精神年齢となっている。そのせいで、何処と無く昨日のハルカとは何かが違うと、両親は薄々感じ取っていた。言動こそハルカのものではあるが、雰囲気の違和感を拭うことは出来なかった。

 カナタも前世の記憶が戻った事により、精神年齢的にはハルカと同い年になったが、そこには気付いてないようだった……。


「貴女……本当にハルカなの?」

「え、なんでお母さん? ハルカはハルカだよぉ?」

「う〜ん……そう、よね? なんだか急に大人っぽくなって……」

「そうかなぁ? でも、もう十歳だからね! いつまでも子供じゃないよ!」


 ハルカ自身は演技が完璧だと思っているが、両親から見れば違和感ばかりが募ってしょうがない。カナタも昨日までのハルカを知っているため、下手くそだなぁ〜という感想を抱いていた。

 もっと言えば、無理な演技はしなくて良いだろうとも思った。もちろん心配されるくらい変わるのはマズイだろうが、今のハルカは別の意味で心配される状態だ。

 何せ笑いがあまりにも不気味で、一体何を考えているのか分からないのだ。そう、まるで良からぬことを企んでいるようで心配になるのである。

 というか純粋に怖い……。


「ご馳走さま。後はハルカがやるね。お父さんとお母さんはお客さんの朝食作り頑張ってね!」

「え、ええ。ありがとうハルカ。それじゃあ食器洗いはお願いね。あなた、行きましょう」

「そうだな。カナタ、お前はテーブルを拭いてきてくれ」

「分かった」


 こうしてハルカの謎の笑いに関しては触れないまま、本日のお仕事を開始した。

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