第19話 一度目と二度目
商業都市において地下水路という言葉が差すのは、街の中央に位置する地下港と、そこから蜘蛛の巣のように伸びる航路のことだ。
だが、その港の更に下、地下空洞になみなみと満ちた水の底を抜けた先に、もう一つの地下水路がある。
街の住人達もそのことを知らず、知っている者はごく一握りの者だけだ。そのごく一握りにエルザ・ゴーシュすら含まれていないことから、どれだけ秘匿された場所なのかということが窺える。
その地下水路と港の距離はそう離れていないが、分厚い岩盤によって隔絶されていて通常の方法では立ち入れない。
空間の広さは直径二〇〇メートルほどだろうか。締麗なドーム状になった空洞はそのほとんどが水で満たされており、船で行き来できる洞窟のようなスペースはなく、水路に乗って外に出るためには水中に潜らなければならない。
空洞の中央部には直径五〇メートルほどの島がある。一見洞窟の中にできた天然石の足場のように見えるが、 近寄って見るとよく磨かれた大理石のような質感を放っていて、人工的な物だということがわかるだろう。
島の外部には所々に松明代わりの魔石が置かれているが、空間全体を照らすには心許ない光量だ。中心には淡い輝きを放つ転移の魔法陣が設置されており、外縁部の北側には周りより一段高くなった祭壇のようなものが作られている。
祭壇とは言ったものの、飾りや宗教的な何かがあるわけではない。ただ人ひとりが寝そべることができるくらいの、こじんまりとした綺麗に磨かれたスペースがあるだけだ。
しかし、見た者はそれを祭壇だと直感する。何とも言い難い、どこかこの世の物ではない雰囲気がその場から溢れ出しているかのように。
そして、その祭壇の上に一人の少女がいた。
左半身が大きく裂けた服から見えるのは女の柔肌ではなく、どこか無機質さを覗かせる白銀の鱗。
肥大化していた腕や、尻尾と一体化した足は人の形に戻りつつあるが、それでも歪さを隠しきれてはいない。
以前より伸びた角と、鋭くなった牙を持つ少女……アークは祭壇の上に横たえられていた。
(……あれから、どれくらい経ったのかな)
そう思って天井を見上げるが、日の光が届かない地下水路では今が昼か夜かすら判然としない。あの襲撃からどれほどの時間が経過したのかを知る術はなかった。
あの後、襲撃からアキを逃がしたアークはそのままガランに連れ去られた。
身体中を貫き魂すら引き裂くような激痛から、ガランに担ぎ上げられると同時に気を失い、目を覚ませばこの場所にいた。
拘束はされていないが、変化した身体から発される痛みが未だ身体を苛んでいる。
襲撃を受けた時ほどの激痛ではないが、ろくに身体を働かすこともできない状態だ。
アークをこんな状態にしたあの能力はきっと、アークとこの土地とを繋ぐ魔力パスに影響を与える物だ。
あの時、アークが感じたのはいつも自分の中に流れ込んでくる魔力が毒物に変わったかのような感覚だった。
何らかの魔術を用いて魔力パスに直接介入することで、アークの身体に取り込まれる前の魔力に細工をし、体内で暴発に似た現象を起こしたのだろう。
そのせいで普段は魔力をコントロールして人に近い身体になっているのに、バランスが崩れ人外の魔力と人の身体が混ざった化物へとなってしまった。
ずっと昔、魔力のコントロールができるようになるまでは常にこの姿だったが、今では違和感がひどい。あまり人に見られたい姿でもないのだが、人型に戻りたくても影響が今でも抜けきれず、とても戻れそうにはなかった。
というより、その介入ががきっかけでいよいよ限界が来たらしい。
この空間が暗いから、という理由だけではなく、霞む目は僅かな距離しか見通せない。硬い床の感触もほとんどなく、自分の心音すらどこか遠く感じる。
元から喪失していた味覚に変化はないが、嗅覚も魔力を頼りにしていなければとっくに駄目になっていただろう。
自分の身体がもう永く保たないことは気付いていたが、ここまで早いとは思っていなかった。とはいえ熱湯を注いで決壊寸前だったガラスのコップに、更に強い衝撃を加えたようなものなのだ。こうなることは当然の結果だった。
そして、その結果を引き起こした人物が姿を現す。
不気味な魔力の匂いを感じると同時、転移の魔法陣から男が出現した。 幽鬼のごときその男こそ、今回の事件の黒幕であるガラン・アーク・ラカ本人だ。
彼から感じる匂いに、アークは思わず顔をしかめた。
アークをこんな身体にした一族の末裔であるし、今こうしてアークを拉致している人物ではあるのだが、実のところアーク個人としてはガランに対して特段強い感情を抱いてはいなかった。
もちろん実験の主導者だった八〇年前の当主を恨む気持ちはあるが、今までほとんど面識がなく、憎い相手の血を引く者と言えど血の繋がりで相手を憎むことがアークにはできなかったからだ。
ただ、彼の血に染み付いた魔力の香りが漂うたび、どうしても昔の記憶、苦痛に塗れた実験を思い出させるのだ。
そんな匂いを漂わせながら、幽鬼はゆっくりと祭壇に近付くとアークの顔を覗きこんだ。不気味に光る落ち窪んだ眼から感情は読み取れないが、彼はどこか興奮した口ぶりで言う。
「予定が変わった。想定した時間より少しばかり早いが、 今から最後の儀式を行う」
にたりと、今まで一切変わらなかった表情が動き歪んだ笑みを形作った。
もうその顔もうまく認識できないが、アークは悟る。自分はここで終わるのだと。
ガランがこれから何をするつもりなのかは知らないが、自分一人だけを拐ったということは周りが被害を受けるような事態にはならないかもしれない。そうであったらいいなと、心の底から願う。
逃げようという気は起きなかった。身体が動かないこともあるが、終わりとは常にこんなものだろうという気持ちがある。突然で、あっけない。今までの別離もそうだった。
幸い場所も悪くない。ここは八〇年前、彼と最後に別れた場所だから。悲しい思い出ではあるが、同時に幸福を知った思い出でもある。最期にそれを思いながら逝けるなら本望だった
長いようで、短い人生だった。彼に助けられた時から始まった日々で、彼を待ち続けていた時間だった。
彼のことを忘れないように口調を真似て、同じように人助けをして。格好もお揃いにして必死に記憶を繋ぎ止めようとした。
唯一残されたコートは魔術で保存をかけて大事に着ていたのに、とうとう彼れてしまったけれど、長い時の中でずっと彼を身近に感じることができて、それが彼女の救いだった。
もちろん彼の記憶ばかりではなくて、ギルド長が面倒を見てくれて、大人達は優しく接してくれて、子どもたちはお姉ちゃんと呼んで慕ってくれた。時が経つことで変化した関係もあったけれど、そんな街の人達が大好きだった。
時々昔の悪夢を見て一人泣く夜や、街の外から来た人に追われるようなつらいこともあった。
それでもあの日助けられたことと、地獄のような日々から助け出してくれた人がいること。それが今でもアークの胸を満たしていて、それだけで素晴らしい人生だったと言える。
思っていなかった形での再会も果たせた。彼女は十分に満足している。
そんなことを思う少女に、ガランの手が伸ばされる。その手の上にあるのは黒い小箱、彼女の身体に極限の苦痛を与える物。
もはやそれすらも受け入れて、眠るように目を閉じて……ーつの心残りが頭を満たす。
最後に彼に怒られたことが、唯一の心残りだ。
今、無事でいるのだろうか、まだ怒っているだろうか。
ごめんなさいと言いたかった。
八〇年前に言えなかったことを言いたかった。
最後の最後にそんなことを考えてしまったが、もはや箱は肌に触れそうな位置まで近付いている。
あんな別れをした上に謝罪もできなかった以上、もう許してくれはしないだろう。
そして彼女は、どこか寂しそうな笑みを浮かべて呟く。
「さようなら」
そして箱が彼女の類に触れる──
「さ、せるかあああああああああああああああ!!」
その直前。
弱っている耳を貫く大声、それは聞き覚えのある声で。
まさかと思って目を開けると、そこには思い描いた通りの姿があった。
その人物へと背中を向けていたガランも気付いて振り返るが、飛び掛かりながら大きく振りかぶった棒が今まさにガランへと振り下ろされようとしている。
「なっ!?」
ここまで侵入して来るものがいること自体予想外だったのだろう。ガランは初めて大きく表情を動かし即座に障壁を張る。
振り下ろされた棒は障壁に阻まれガランの身体に届かなかったが、少年の行動はそこで止まらなかった。
棒を振り下ろした姿勢のまま、片手を使って器用に懐から琥珀色の小さな石を取り出すと、ガラン目掛けて投げつけたのだ。
ガランはそれを見るなり目を見張り、障壁を張ったまま全力で回避行動に移る。
その隙に少年はアークに飛びつき、その身体を抱え込むと転がるようにして祭壇の裏に身を隠した。
次の瞬間、魔石に込められた爆発の魔術が起動して、衝撃を世界に撒き散らす。
ガランは障壁でその爆発を防いだが、あまりの威力に障壁にヒビが入った上、爆発の勢いは殺し切れずに島の反対側へと吹き飛ばされる。
アーク達は祭壇の陰でうまく爆発をやり過ごしたが、それでも熱波は伝わった。彼女を庇うように覆い被さる少年がいなければ火傷をしていたかもしれない。
そして、熱波が過ぎ去ったあとに目を開けると彼女を守る影と目線が噛み合った。
二人は、空気が灼ける空間で丸一日ぶりの再会を果たしたのだ。
ただし、それをお互いが望んでいたとは限らないが。
「……何で」
自然と、言葉が零れた。
「何で、来たの?」
助けに来てくれたという感情や、どうやってここにたどり着いたのかという疑問はなく、まず最初に考えたのはこれが幻なのではないかということ。
だけど触れあう肌の感触はあやふやなのに確かにそこにあって、これが現実だということを思い知らされる。
あの時、離れ離れになる前に本気でアキが怒っていたことは今でもはっきり覚えている。
それにあの時も、今も、アークの身体は人間とはかけ離れた化物の姿になっていて、少年はそれを見ているのだ。
なのに、なぜそんな化物がいる危険な所にまで来たのか。
「な、何で来たの! 逃げて! これは僕の問題なんだよ、君が来る理由なんて一つも……!」
気付いた時には感情のままに声を張り上げていた。
それを聞いた少年がゆっくりと身を起こして、身体に薄く伝わっていた体温が離れる。
すぐ目の前にいるアキの表情はぼんやりとした視界のせいでよく読み取れない。それでも何とかその表情を読み取ろうとして。
ガチンッ! と額で鈍い音がした。
「あたっ……!?」
額にぶつかったのは少年の指で、彼は勢いよくデコピンをしたのだ。
思わず声を出したアークだが、痛みはない。今の彼女が弱っているとは言っても、元の身体の頑丈さは人間を遥かに超えていて、その上鱗までついているのだから少年のデコピン程度なんともないし、むしろ彼の指の方がダメージを受けているはずだ。
けれど彼はそんなことは気にも留めず、ただアークをじっと見ている。
「何で来たか、か……」
そう言って深呼吸した少年は次の瞬間──。
「……てめえに文句言いに来たに決まってんだろうが!!」
アークが思わず身を竦めるほどの大音声でもって、場に似つかわしくない言葉を口にした。
「え、え?」
一切予想していなかった言葉に混乱し、目を白黒させるアークには構わず少年が言葉を続ける。
「気に食わねえ! 何で来たの? 早く逃げろ? 何言ってんだ目の前で拐われたやつがいて心配しないわけねえだろ! ここまで来るのにもめちゃくちゃ苦労したのに第一声がそれか!」
そう文句を垂れる少年は、とてもアークを助けに来たようには見えなかった。異形と化した少女など気にも留めず、いつも通りの舌鋒を繰り出している。
だがそれもそのはず、本当にこの少年は文句を言うためだけにここまで来たのだから。
なぜなら。
「……手紙、読んだよ」
その言葉に、思わずアークは顔を上げる。
もしちゃんとお別れができなかった時のためにと、宿の女将さんに預けておいた手紙。
だけど、それを読んだのならよりいっそうここに来る理由がなくなるはずなのだ。だって、
「おまえ、最初からわかってたんだな。俺と爺さんが別人だって」
『親愛なる人へ』
『この手紙を君が読んでいるということは、もう街を出たのだと思います』
『本当は直接会って言わないといけないことだけど、 どうしても言う勇気が湧いてきませんでした』
『だから手紙に書かせてもらいました。これなら、ちゃんと言葉を伝えられると思ったから』
『まず最初に、ごめんなさい』
『何のことかと思われるかもしれないけれど、君に会った時から今までの、全てに対する謝罪です』
『君が僕の待っていた人とは別人だと、僕は最初から気付いていました』
『最初から、と言うとちょっと違うかもしれません。 最初に会った時、君の前に飛び降りた瞬間までは本人だと思っていました』
『でも、近付いて匂いを嗅いで、別人だと気付きました。すごく近い匂いだけど、本人ではないって』
『見た目もとても似ていたけれど、長い時間が経ってるのに同じ見た目なわけがないのにね』
『だけど僕は、君をあの人として扱い続けました』
『嬉しかったんです。たとえ違う人だとしても、あの人と一緒にいるような気分になれて』
『でも、そんな気分も長くは続かなかった』
『君は確かにあの人にそっくりだったけど、 違うところがいっぱいあったからです』
『すぐに言葉が乱暴になるし、目つきは恐いし、悪ぶったふりをするし……あの人と違うところばかりで』
『でも、同じように優しかった』
『僕の見た目は、多くの人にとっては不吉なもので、いくら優しい人でもあまり触れないようにします』
『だけど君は、最初から僕のことを僕として扱ってくれた。魔族じゃなくてただのアークとして接してくれた』
『それが、本当に嬉しかったんだ』
『僕が人に優しくするのは、僕を助けてくれた人がしてくれたように誰かに優しくすることで、あの人は間違ってなかったんだと言うためのひどく偽善的なものです』
『でも君は、そんなことと関係なく誰かに優しくできるとても強い人です』
『最初は勘違いだったけれど、僕は君に会えて本当によかった』
『そんな君の優しさに甘えて、騙したまま一緒にいてごめんなさい』
『もう会う機会はないと思います。だから、どうかこんな変なやつのことは忘れて、これからの人生を楽しんでください』
『それが僕の望みです』
『本当に楽しかったよ。ありがとう』
『さようなら、アークより』
……手紙の内容は、これで全てだ。
つまりアークは、最初から全部知っていて少年と行動していたことになる。
彼がレイスの孫だということは知らなかったかもしれないし、レイスが今どうなっているのかも知らないだろう。
だけど、ギルド長が彼を招いたことから薄っすらと察しはついていたはずだ。レイス本人ではなく、明らかに血縁者だろう人間を招いたということは、レイスがここには来れないということなのだから。
それをアークがどう思ったのかはわからない。本当の再会が果たせなかったことを嘆いたのかもしれない、少年という血縁者が現れたことで、少なくともレイスが逃げ切れたことがわかって安心したのかもしれない。それは手紙からはわからなかったことだ。
そして彼は、この手紙を読んで文句を言うためにアークの元までやって来たのだ。
それは、アークが彼を騙していたことに対する怒り……ではない。
「忘れてほしいだと?」
そう、彼が怒っているのは。
「おまえみたいないいやつのことを、忘れられるわけねえだろうが!!」
自分の気持ちを、勝手に決めつけられていることだった。
その言葉に、今度こそアークの思考が空白に染まる。だけど少年にとっては知ったことではない。まさかこの女、楽しかったのが自分だけだったとでも思っているのだろうか。
「おまえみたいな変なやつが追われてるんなら普通関わりたくねえだろうが、なのにー緒にいたのは、おまえがすごくいいやつで、おまえといるのが楽しかったからだよ! それを何だ? 忘れてほしいだのごめんなさいだの、言うのが遅いわ! 俺がおまえを好きになる前に言っとけよ!」
わけのわからない言葉を口走るが、その目は一切ブレていない。一度叩き折られた心は今、新たな芯を得ていっそう頑丈になっている。
すなわち誰に何を言われたとしても、一緒に過ごした時の楽しさに変わりはないと。
「昨日のことはごめん! 俺が言いすぎた。いくら混乱してたって言っても言っちゃいけないことだった。謝罪もこれじゃ足りねえって思ってるから、もっと謝る機会をくれ」
灰色の瞳がアークを捉えて離さない。もうぼやけた景色しか映さないはずのアークの目が少年の顔を映し始めていた。
「おまえを助けたがってるのは俺だけじゃない。 地上じゃギルド長も街のみんなも、おまえを助けたくて戦ってくれてる。おまえは偽善だと思ってたのかもしれないけど、街の人達みんなおまえに感謝してんだよ。だからもっと胸を張れ!」
そして。
「爺さんも、おまえに言いたいことがあるって言ってた」
「……えっ?」
驚きの声を上げるアーク。ギルド長の話と手紙の内容からして、アークはレイスに助けられただけという認識で、むしろ彼を追い詰めてしまったと思っていたのだろう。
だけど、それは違うのだ。
「まだ小さかった頃、一度だけ爺さんが話してくれたことがある。ずっと昔、悪いやつらに追われてた時に助けてくれた女の子がいるって。その子が命がけで逃がしてくれたおかげで、自分はまだ生きてるんだって」
そんな話を聞いたのも一度きりだったし、その数ヶ月後にレイスは亡くなっている。
だけど彼は確かに聞いたのだ。少女に対する祖父の言葉を。
「ありがとう、って言ってたよ」
それはあの日、アークが言えなかった言葉。謝罪より何より、化物だったアークをただのアークとして扱ってくれた、恩人に対する感謝の言葉。
実験室から逃げ出した先で、傷だらけの怪物に知性があると気付くや否や治療を施し会話してくれた存在。そのせいで実験の存在を知る者として命を狙われ、この街にいられなくなった一人の青年。
アークはなんとか彼を逃がすことができたが、その時に負った傷は深く意識は混濁していて、別れの言葉を告げることもできなかった。
だから、レイスが何を思っていたのかアークにはわからなかった。ただ巻き込んで傷付けてしまって、恨まれているのかもしれないと。
それでももう一度会って、感謝の言葉を伝えたかったのだ。
だけどそれはいらない心配だった。アークがお人好しならレイスもお人好しで、ただアークに感謝していたのだから。
つう、と。アークの頬を透明な雫が流れ落ちる。
八〇年、長い時間がかかった。その上一人はいなくなった。
それでも、あの日告げられなかった思いはここで伝わり、一つの物語が幕を閉じる。
だから、ここから始めるのは二つ目の物語だ。
「俺はおまえが好きだよ。アーク」
それは告白だ。少女と過ごした時間、彼女が見せてくれた笑顔に向ける、嘘偽りない純枠な気持ち。
「ここで終わりなんて嫌だ。ちゃんと謝りたい。もっと一緒にいたい……おまえと、同じ明日を見たい」
そう言って手を差し伸ばすと、彼女は泣いたままその手を見つめる。
「だから諦めたような顔しないでくれ。俺がおまえを他の誰でもないアークとして扱ったみたいに、おまえがおまえ自身の気持ちを聞かせて……俺に、おまえを助けさせてくれよ」
その言葉で、少女の心の奥底。レイスと出会うまで胸の奥に押し込めていて、彼と別れた時に再び蓋をした感情が呼び覚まされる。
「……けて」
その声を、その本心を聞くのは、これが二人目だった。
「アキ。私を、助けて!!」
そう泣きながら叫ぶ彼女は、レイスの影に縋りつく少女ではなく、贖罪のために笑顔の仮面を張り付け続ける街の看板娘ではなく、まして魔族と呼ばれ疎まれる存在などではない。
ただ一人、暗闇で助けを求めることすらできなかった女の子が、ようやく助けを求めることができたのだ。
その事実と、初めてアキと呼んでくれたことに顔を綻ばせて彼女の手を握りしめた。
そして視線を向けるのは未だ燻る煙の奥。薄く見える影がこちらに近付いていた。
当然、あの程度で終わるはずがないことはわかっていた。
相対するのは一度は自身を殺しかけた敵。だけど不思議と恐怖はなく、あるのは一つの覚悟のみ。
助けてと、そう言われたからには必ずそれを成し遂げる。
「レイス・フィードの孫息子。代々続くフィード商店三代目にして今は旅の行商人、アキ・フィード」
そう言って棒を構える姿はいやに様になっているが、彼はけっして戦士などではない。ただ一介の商人として、注文には必ず応えてみせる。
「その
そして商人は牙を剥き、獰猛な笑みで黒幕へと立ち向かう。
ついに、最後の戦いが始まった。
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