第11話 仕掛け人と詰問


 ばたばたと、あちこちで小走りする音が商業ギルドの中に響いていた。

 いよいよ明日に迫った感謝祭。その準備に翻弄される職員達の足音だ。

 この忙しさは毎年のことだが、新人などはあまりの作業量に目を回している有様だった。


 他の街であれば、祭と言っても一つの組織がここまで様々な業務を負担することはない。貴族や他のギルドと協力し、分担するのが普通だろう。いかに大きな組織だったとしても、いくつも存在するギルドの内の一つでしかないのだから。


 しかし、ここは商業都市。商人達の聖地であり、商店の数も他の街の比にならない。

 そんな大勢の商人達を取り仕切るギルドの立場というのは、他と比べてかなり異なる。それこそ、組合でありながら都市運営にも大きく関わるほどに。


 もちろん貴族はいるし他のギルドも存在するが、この街の顔と言えば商業ギルド、というのがおおよその共通認識である。

 そして祭などという人が多く集まるイベントを商人達が見逃すはずもなく、ただでさえ多い仕事がこの時期は更に増加する。

 そのため店の許可やらイベントやらの手続きに始まり、スケジュールの調整や物資の運搬、警備など、多すぎる仕事が商業ギルドに殺到している状態だった。


 その忙しさはギルド長とて例外でなく、むしろ誰より忙しい。

 午前中の各組織代表者との最後の打ち合わせを終えた彼女は、自らの執務室で軽食をつまみつつ仕事をこなしていた。

 紅茶で口を湿らせながら、花火の配置を確認する。

 忙しくはあるが、流石に前日ともなれば粗方の仕事は終わっている。むしろ数日前が一番忙しい時期だった。


 アキとアークに会っている時はそんな素振りなど見せなかったが、彼女の忙しさは尋常ではない。あの二人に会った時間も、かなり無茶をして時間を空けた結果である。

 伝言を頼んでも問題なかった話の内容ではあるが、ギルド長にはそうできない……そうしたくない理由があったのだ。


 そうして二人の存在に思考を巡らせていた折、 執務室に控え目なノックの音が響いた。

 入るように促すと、ギルド職員の女性が顔を出す。優秀だが、ある少女のことになると時折暴走するのが玉に瑕な職員だ。


「失礼します。面会を求められている方が来ています」

「誰だ? もう面会の予定はなかったはずだが」

「先日ギルド長と話しておられた、アキという方です」


 たった今頭に浮かんでいたその名前に眉をひそめる。

 アキは自分を苦手としている。こちらから話を持っていくのならともかく、自分からやって来るというのはどういうことか。

 だが、その疑問は困惑した表情を浮かべた受付嬢の言葉によって氷解する。


「なんでも、『祖父についての話がしたい』と」


 その言葉を聞いた瞬間、エルザ・ゴーシュは全てを察した。

 これ以上誤魔化すのは無理だということも。


「……わかった。通せ」

「えっ。は、はい。わかりました」


 驚いた様子で駆けて行く受付嬢の背を見送ってから、背もたれに寄り掛かり深く息を吐く。


 いよいよ、自らの罪と向き合う時が来たと。




 ◆




 アキが案内されたのは、何度か入った応接室ではなくギルド長の教務室だった。

 案内してくれた受付嬢に礼を告げると、彼女は戸惑った表情ながらも業務へと戻って行く。


 港付近で蜥蜴人と出くわしてから、アキは急いで商業ギルドに向かった。

 到着するなり、出て行ったと思ったら息せき切って駆けこんできたアキに驚く受付嬢にお願いし、ギルド長への面会を求めた。

 今も執務中なので遅くなるかもしれないとは言われたが、伝言を頼めば応じるだろうという確信があった。


 そして現在。その予想は違わず、普通ならばありえない早さで面会が叶っている。

 我知らず、唾を飲み込んで扉に手をかけた。

 僅かな恐れを振り払って、一気に扉を開ける。


「よお、話したいことがあるんだってな」


 ギルド長はいつもの様子で椅子に腰かけていた。机の上には多くの書類が見られるが、今それに手をつける様子はない。


 アキもまたいつもの調子を崩さないように意識しながら部屋へと踏み込む。


「はい。どうしても開きたいことがあって」

「ふん……聞きたいことね」

「貴女なら、わかっていると思いますが」


 一歩、二歩と歩みを進め、部屋の中央、机を挟んでギルド長の正面に立つ。

 相変わらず、見る者を威圧するかのような鋭い視線に身が竦みそうになるが、今日ばかりはそれを堪えた。


「……爺さん、ここに住んでたんだって?」


 ここまでくれば認魔化しは不要とばかりに、取って付けたような敬語を捨て単刀直入に切り込む。

 ギルド長はその言葉に一度目を瞑り、それから開く。


「……誰に聞いた?」

「ベンっていう蜥蜴人から」

「あいつ……このタイミングで戻って来るなんざ、狙ってやってんじゃないだろうな」


 言われてみれば、気付くのは簡単だった。

 アークの性格は、アキの祖父、 レイス・フィードにそっくりなのだ。むしろ、今まで何故気付かずにいられたかというのが疑問なほどに似通っている。


 一人称、喋り方 人懐っこさ、どこか豪快なところ。何より、困っている人を放っておけないところ。

 忘れていた夢の内容も、今になってはっきりと思い出していた。無意識のうちにアークに懐かしさを覚え、 古い記憶、祖父との思い出を夢に見たのだ。


「聞かせろよ。ここまで来たら、お使いなんていうふざけた誤魔化しもいらないだろ」

「……ここで引き返した方がいいと言ったら」

「そんなことしねえよ。いい加減、こっちも頭に来てんだ」


 言葉の通り、アキは随分と苛立っていた。

 アークの異常なほどの人懐っこさと強情っぷりは、単なる思い込みによる人違いだと思っていた。だからこそこちらも誤解を解けずにいたのだが、それが仕組まれたものであるとしたら?


 いつの間にか何かの企てに巻き込まれ、遊戯盤の駒として使われていたかのような不快感。

 今日この日まで、曲がりなりにもこの生活を楽しんでいたことは確かであるが、それが誰かに踊らされていた結果であるとすれば話は別だ。

 何より、あの心優しく、人を恨むことなど知らないかのような少女がその思いを欺かれていたのだとしたら、それはあまりにも不憫ではないか。


 しかも、その企てを立てた相手は恐らく今目の前にいる女なのだ。

 アキの目から見て、ギルド長とアークは何だかんだと言いつつ気心の知れた仲に見えた。それが、何故こんな騙すような真似をするのか。


 この憤りとも落胆ともつかない気持ちと、兼ねてからの疑問に決着をつけるために、今引き下がる気は毛頭なかった。


「……アークが会いたがってた人っていうのは、俺の爺さんのことなんだろ?」


 そんなアキの言葉を受けて、ギルド長は今度は問い返すことをしなかった。


「ついて来い」


 そう言って部屋を出るギルド長の背中を、アキは無言で追いかけた。






「レイス・フィードはこの街の生まれだ。それは間違いない」


 関係者以外立入禁止、と書かれた通路を進みながら、ギルド長は言葉を紡ぐ。

 職員用の通路ということで若干尻込みしたアキだが、それでも止まることはしなかった。


「大戦が終わった頃に生まれた。この街が商業都市になる前、砦から街へと変わり始めた頃の話だ」

「俺の両親は、大陸の外出身のはずなんだが」

「それで合ってる。 こっちでも裏は取ったからな」

「なのに、爺さんはこの街で生まれたっていうのはどういうことだ? 確か、この大陸と外との交易が始まったのって」

「二〇年ほど前の話だ」


 そう、それ以前は大陸の外との交流はなく、アキの祖父と両親もその交易の始まりに合わせてこちらへと移り住んだらしい。

 それ以前の話となると、技術や航路、外交の間題で大陸間の行き来はほとんどなく、文字通り命懸けの航海を乗り越え、ようやく辿り着けるか否かといったところだったそうだ。


 なのに、 それよりずっと前に祖父は他の大陸へと渡っていたという。いったい何故、何の為に?

 その答えを知る女は、アキの疑問をわかっているだろうに自分のペースで話を続ける。


「おまえとレイスは、魔力の質がそっくりだ。血が濃いと言ってもいい。見た目も似てはいるが、何かしら魔力を感じ取ることができるやつなら、間違いなく人違いするくらいにな」

「……そうか」

「おまえと初めて会った時は、何十年も経ってるのに姿が変わってないのかと驚いた」


 そう言われて思い出すのは、ギルド長と初めて会った時のこと。アキを見て何故か驚いた顔をしていたことが印象に残っている。


 エルザ・ゴーシュはエルフの血を継ぐ者であり、エルフは目で魔力を捉えることができる種族だという。ならばあの時、 ギルド長はアキをレイスと見間違えたということか。

 それは驚くだろう、ただの人間が何十年も変わらない姿を保っていると思ったのだから。


「おまえが会ったベンは、それこそ大戦の頃この街にいた男だ。レイスの友人だった」

「ああ、やっぱりそうなのか」

「もっとも、レイスがこの街を出る前に旅に出たがな。このタイミングで戻って来るとは思わなかったが、 だからレイスがどうなったか知らないんだろう」

「どうなったか?」

「レイス・フィードはこの街にいられなくなった。命を狙われたせいで」

「……は?」


 予想だにしなかった言葉に、アキの喉からは空気が漏れるだけだった。

 何かしら大きな理由があったのではないかと思っていた。だが、命を狙われるなどといったことは思いつきもしなかったことだ。


「知っちゃいけないことを知った。下手な作り話に出てきそうな言葉だが、実際それが原因でここから逃げた」

「何だよ、それ。いったい何を知ったって言うんだ」

「なあ、人間と魔族が一対一で戦ったら、どっちが勝つと思う?」


 突然、話題がまったく関係ない方へと逸れた。

 ここまで来て誤魔化すつもりかと、ギルド長の顔を睨みつける。

 しかし、その顔は真剣そのもので、何かを誤魔化しているようには見えなかった。


「……そりゃ、普通なら魔族が勝つだろ」

「そうだ。それが道理だ。なら、魔族と魔族が戦ったら?」

「どういうことだ?」

「難しく考える必要はねえ。シンプルなことだ」

「……強い方が勝つ」

「そう。なら、相手の魔族より強い魔族がいれば戦いには勝てるよな」

「……さっきから、何が言いたいんだ?」

「前提の確認だ」


 通路が終わりに差し掛かり、目の前に大きな扉が現れた。

 金属製のその扉は見るからに堅牢さを物語っていて、 他の場所に比べ随分と物々しい雰囲気を漂わせている。


 ギルド長は鍵束を取り出し、その内の数本を鍵穴へと差し込んだ。


「魔族と戦ってる。相手はこちらより強い。 だけど負けたくない。そんな中で、ある馬鹿はこう考えた」


 がちゃがちゃと、音を鳴らして鍵が外れる。

 一際大きく金属音が響くタイミングで、ギルド長の口から無感情な言葉が漏れた。




「だったら、相手の魔族より強い魔族を




「……おい、まさか……」


 ここまで言われて何も察せないほど、アキは間抜けではなかった。


 扉がゆっくりと開く。その先は闇に包まれていて、 先を見通すことができなかった。






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