セカンド・オブ・ファーストレコード

櫂梨 鈴音

行商人と異形の少女/邂逅、 或いは初めての再会

プロローグ


 古い夢を見た。


 暖かい日差しが降り注ぐ中、風が唸りを上げている。


 街で一番高いこの建物の上は、役所に管理されている上に立ち入ることも難しい程に風が強く、時折見回りを行う者が訪れるくらいで滅多に人はやって来ない。


 ただ一人、毎日やって来る変わり者を除いての話だが。


 件の変わり者はと言うと、そんな環境にも関わらず屋上の端に腰掛けて空を見上げていた。


 常人ならば支えがなければ立つことすら難しい強風の中、そんなことは関係無いとばかりに虚空に足を泳がせ、鼻唄まで歌っている。


 見る者がいれば悲鳴を上げるような光景ではあったが、身に纏った黒いコートを風にはためかせるそれにとってはこれが日常であり、恐らく危ないという感覚すらないだろう。無論、仮に落ちた所で問題はないという事実があるからこその行動ではあるが。


 パタパタと足を振りながら、今朝見た夢に思いを馳せる。

 古い思い出ではあったが、片時も忘れたことのない記憶であるからか、不思議と懐かしいといった感情は浮かばなかった。


 ただ、今日見た夢はいつもに比べて鮮明で、細かいことも全て当時のままを感じさせてくれた。そのことに我が夢ながら満足感を覚え、自分自身を褒め讃えたくなる

 思い返す程に機嫌は良くなり、鼻唄に合わせた足の動きも弾む様になっていく。


 くう、 とお腹が鳴った。太陽も中天へ昇っている。

 もう昼時である、一旦ここを降りていつもの食堂に行こうか。気分がいいし少しばかり良い食事を取ろうかと考えていた時。



 夢の香りがした。



 間違いようのない、待ち焦がれ続けた匂いだ。


 慌てふためいて立ち上がると、そのままの勢いで屋上の反対側へと駆けた。

 その拍子にコートで隠されていた身体が現れ、しなやかな肢体と長く伸びた白銀の髪が晒け出される。


 慌ただしい足取りで反対側にたどり着き、下に転げ落ちそうな勢いで建物の縁から下を見渡す。

 落ち着かない様子で眼下に見える光景をくまなく見つめ、 ある一点で視線を留めた。


 衝撃に混乱していた頭は冴え、心を一つの思いが埋め尽くしていく。

 その顔には隠し様もない喜色が浮かび、目尻には涙さえ浮かんでいた。


「やっと……やっと見つけた」


 人影が呟いた。


 身に着けているのは明らかにサイズが合っていない、小柄な身体には大きすぎるコート。

 あまりにも古臭くボロ切れの様になったそれを、愛おしそう指先で撫でる。まるで、そのコートがこの世に二つとない宝物であるかのように優しげに。


 今日という日を待ちわびたと、そう言わんばかりの笑顔でもって、


「それじゃ──」


 嬉しそうに言葉を紡ぎ、一歩、二歩とコートをはためかせながら足を踏み出し、


「──恩を返しにいきましょう」


 空に向かって身を投げた。




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