第3話 商業都市と目的地
店を出る頃には太陽が少し傾き始めていた。
食事を終えて支払いをしようとしたが、さすがに初対面の少女相手に支払わせるわけにはいかないと今更ながらに及び腰になるアキと、再会の祝いと謝罪の意味を込めて僕が支払う、などと強情を張るアークによる一悶着があったため、また無駄に時間を消費している。
結局はアキが根負けしてアークが支払いを済ませる形となったのだが。
タダより恐いものはないという思考が染み付いているアキではあったが、今にも泣き出しそうな少女を前にしては折れるしかなかった。
再会はともかく謝罪ということならいいだろうと、自身に言い訳しながら通りに立つ。
店に入る前は街の様子を見る余裕がなかったが、今見ると門周辺とはかなり様相が変わっていた。
整えられた石畳は変わらないが、周囲に並ぶ建造物の雑多さは他の街では見られないものだろう。
今出てきた食堂の隣は菓子屋、その隣は異国の装飾が特徴的な珍しい武具店、更にその隣はごくありふれた日常雑貨店、有名な職人がオーナーを務める服飾店の支店、また食堂、鍛冶屋、剥製店、宝石店、青果店……と、一切の規則性なく多種多様な商店が並んでいる。
店構えも規模も、あるいは国や文化さえ何もかもがてんでばらばらな光景は見る者を混乱させるかもしれない。
「商業都市には全てがある」とは確かに誇張された広告ではあるものの、人間が考えうる限りの売り物の大半が揃うというのも事実だ。
他の街では中々お目にかかれない魔法道具店や迷宮産の物店も、ここではそれほど珍しくない。
というのも、この街はある特徴のおかげで様々な地域からの物資が集まりやすいのだ。
最初は小さな商店の集まりだったそうだが代を重ねるごとに規模は広がり、一〇〇年足らずで都市を埋め尽くす程に規模が拡大したのだとか。
一端の商人としては、あちこちにある物に目を惹かれる。
珍しい道具、新しい情報、そして商人同士や良客との繋がり。
商業都市は買い手だけでなく、売り手にとっても欲しい物を手に入れることができる場所なのだ。
それゆえ期待に胸を膨らませてやって来たのだが、初手でトラブルに巻き込まれたことは本当に運がなかった。
そのトラブル──アークはといえば、フードを被ったままぴったりとアキにくっついている。
アキは武具店に並べられた見たことのない槍の様な武器を目端に捉えつつ、アークへ声を掛ける。
「おい、もう用件は済んだんじゃないのか」
「まだこの街にいるんでしょう? 積もる話もあるし、案内なら任せてよ」
付いて来るつもりらしい。厄介事に巻き込まれたくない身としてはとっとと別れてしまいたいのだが。
「それにこのあたりは商店だらけで道がわかりにくいよ? お姉さんが案内してあげるから、行きたいところを言ってごらんよ」
「急に年上ぶるな、だいたいお前いくつだ」
「こら! レディに年を尋ねるのは失礼だよ! ぷんすかぷんだよ!」
異様な鬱陶しさだった。
しかしこの少女、本当に何歳なのだろうか。
パッと見は一六歳前後に見えるが背はそこそこ高い。それに長命種であるなら見た目で判断はできないだろう。
「地図ならある、案内状も。だから案内は必要ない。わかったらここでさよならだ。OK?」
「ところで地図って現在地がわからないと意味ないんだけど、今どこにいるかわかってるかい?」
「……」
無茶苦茶な移動方法でここまで来た為、 現在地などわかるはずがなかった。
それに地図といっても街の外に流出しても問題ない精度の大雑把な物だ。一度迷ってしまえば自分の居場所を把握することは難しい。
「……他の人に案内を頼んで」
「ここら辺は観光通りだし、お金取られるよ?」
「…………」
地図を持っていて、更に自ら案内を買って出ている者がいる状況でわざわざ金を払うのは流石に馬鹿馬鹿しい。
「………………お願いします」
「任せてよ!」
いそいそと地図を手に取ったアークは満足気だ。結局彼女のペースに乗せられ話が進んでしまった。
彼女を放っておけないという言葉に従っているような感覚は、正直に言って釈然としない。しかし、店で見せたあの表情と言葉が妙に気にかかっているのも事実だった。
彼女と会ったことなどない、それは確かだ。それにしたって彼女の言動は明確に親愛の情を伝えてくる。無下に扱うのが憚られる程に。
そんなこちらの思いを見透かしたかの様なあの言葉だ。気になるのも仕方がない。
今も昔も。いったい彼女は誰と自分を間違えているのか。
「それで、どこが目的地なんだい」
「あ、ああ。地図に印をつけてあるだろ?」
「ふむふむ……え?」
不意に動きが固まった。
そのままギ、ギ、ギ、と、錆び付いた蝶番の様な動きでこちらを見る。心なしか顔も青ざめていた。
「あの……ところで、何の用事があってここに行くのかなー、なんて……」
◆
「案内するんだ。案内するだけなんだ。恐いことなんて何もない……!」
「さっきまでの勢いはどうした」
「ななななななな何のことだい!? 全然、全然おかしくないよ! 僕はいつだって元気だぜ!」
幸い、目的地はそこまで離れた場所にあるわけではなかった。現在は徒歩で目的地まで向かっている。
建ち並ぶ商店を眺めながらの移動は予想以上に楽しいものではあるのだが、先程の会話以降アークの様子がおかしい。
おかしいのだが、なんとなく原因に予想がついたのであまり言及しない様にする。なぜなら自分も乗り気ではないからだ。
正直に言って行きたくない。行きたくはないが、行かないと後が恐い。
恐らく同じ顔を思い浮かべて同じ気持ちになっているのだろうなと考えると、少しばかり親近感が湧く。
その気持ちのまま、さっきから気になっていたことを聞いてみる。
「……なあ、結局何で追われてたんだ?」
理由。なんとなくではあるが、アークが悪さをするといった光景は頭に浮かばない。
ひょっとすると、最初に感じた通りこの少女も巻き込まれていただけなのではないか、そんな風に思ってしまうのだ。
「あ、ああ。何でだろうね?」
質問に対し疑問で返すアークは、本当に理由を理解していない様だった。
「まあ、今までもいっぱいあったことだからね。どこかの誰かがまたやって来たんじゃないかな」
「また、っていうのはどういう……」
「やっぱり僕みたいなやつが人の街にいるのは珍しいみたいでね。時々来るんだ。 誰かの仇だとか、研究したいだとかでやって来る人」
予想外の答えに少しばかり動揺した。
何でもないことのように言うが、それはただ魔族であるという、それだけの理由で狙われているということだ。
大戦時の遺恨は各地に残っているが、そこまで強い風当たりがあるというのは初めて見聞きした。
獣人や森精人は人間の街にもそれなりの数が暮らしているのに対し、魔族は数が少ないということで注目が集まっているのかもしれない。だが、それにしたって気持ちのいい話ではなかった。
そんな風に考えているこちらを見て、なぜか彼女は笑っている。
「まあ、あの程度なら問題ないさ。簡単に撒けるし、何よりこの街の人達は優しいからね。日々を楽しく過ごすにはちょっとした刺激があった方がいいものだよ」
「そう、か」
当事者がそう言うなら、そういうことにしておこう。
自分は部外者なのだ、混み入った話に触れて藪蛇を突くことになるなどごめんだ。
「そういうわけだから、気にすることもないよ……っていうのは難しい話かな。もう巻き込んでしまった後だしね」
「その通りだけど、ここまで付いて来てそれこそ今更だろ。いいよ、さっきの飯と案内でチャラってことで」
「あはは、そう言ってもらえると嬉しいよ。 まあ、この街にいる間は是非僕を頼ってくれ。色々と役に立つよ?」
「いや、それは遠慮したい」
なんでさ! と頬を膨らませるアークから目を反らし、道を行き交う人達を見る。
蜥蜴人の青年が、荷台に猫の獣人少女が乗った大きな荷車を引いて歩いて行く。その荷車に近付いた魚人の女性が獣人少女に声をかけて、楽しそうに何やら談笑を始めた。
その隣では小人の集団が武具店の前でどの装備を買うか相談をしている。
もう少し目を巡らせればもっとたくさんの種族を見つけられるだろう。だが、その中に魔族はいない。
だからどうということもないし、アキには関係のない話だった。
◆
「──さあ、 着いたよ」
あれから特にトラブルが起きることもなく、目的の場所へとたどり着いた。
目の前にあるのは街の雑多さとは違った落ち着いた外観の大きな建物で、入口からはそれなりの人数が常に出入りしている。
商店……というよりは役所の様な用途で使われている風な建物だった。
入口の上には大きな看板が掲げられており『商業ギルド支部』という文字が彫られている。
アキの目的地……彼自身も所属している商業ギルドの文字通り支部である。
「案内ありがとう」
「これくらいどうってことないさ。それより、これからどうするんだい?」
「人に呼ばれてるから入らないといけないんだけど……正直入りたくないな……」
「あ、あはははは……」
心底嫌ではあるのだが入らないわけにはいかないだろうと、重い足取りで歩を進める。
アークはまだ後を付いて来るが、それにツッコミを入れる気分でもない。
「ねえ、君を呼んだ人ってやっぱり……」
「思い描いてる人物で間違いないと思う。その反応で察せるのもらしいというか……」
入口の前に立ち、ため息を吐きながら扉に手を掛けようとする。
その瞬間、襟首を掴まれ後ろに引っ張られた。
首が絞まり、潰れた蛙の様な間抜けな声が口から飛び出す。
その直後、アキがいた場所を内側から勢いよく開けられた扉が通過した。
あのままでは扉で顔を強打していたと気付くが、このままでは後ろに倒れ込んでしまう。
訪れるだろ衝撃に身を竦めるがその心配は杞憂に終わり、身体が柔らかく受け止められた。
アークがアキを抱き寄せたのだ。扉が開くのを察してアキを引っ張ったのも彼女だったらしい。
「──へぇ。妙に遅いと思ったら女連れこむたぁ。随分と偉くなったみてぇじゃねぇか、なぁ坊主」
まだ衝撃から立ち直っていないアキの前、ギルドの中から声がした。
声の主はズカズカと乱暴な足取りで敷居を跨ぎ、こちらへと近付いて来る。
「おう、アタシが挨拶してやってるってぇのに何だ? お前達は挨拶もなしか?」
カチャカチャと、背中にからった大きな刃物──この国では珍しい刀という武器──が音を鳴らす。
服もまたこの辺りでは見ないゆったりとした作りの物だった。
アークはアキを抱きとめたまま、ひきつった笑みで「久しぶり」などと返事をしている。
アキもここまでくれば観念し、目の前にまでやって来た悩みの原因……白髪の老婆へと、これまた歪な笑みでなんとか言葉を返した。
「ご無沙汰してます……ギルド長」
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