第9話 地球に優しく 真央にも優しく スーパーヒーロー

 放課後、三人で賑やかな街に繰り出していた。ここのところ悠介の家に入り浸りすぎて、悠介のおばちゃんにおやつを毎回用意させてしまうのも気が引けると、真央がこっそりと俺に耳打ちしてきたからだ。

 悠介の家に行くと、真央は出されたおやつやジュースに飛びつき、無邪気な子供みたいに喜んでいるけれど、意外とそんなことに気を遣い考えていたりする。

 さっきまでゲームセンターで少しだけ遊んで、そのあとファーストフード店に入りポテトを頬張りながら最新のスマホ事情やテレビ番組のことを話しながら小腹を満たしていた。

 腹も満たされ、くだらないバカ話に時間を費やしていると、気がつけば時計の針は夕方を目指し進んでいた。

 ファーストフード店を出たあとは、三人でダラダラと駅を目指していたのだけれど――――。

「うわっ。ケホッ、ケホッ」

「真央、大丈夫?」

 突然むせ込んだ真央の肩に、悠介が手を置いた。

「うん……。ケホッコホッ」

 真央は、まだ小さく咳をしながら、ほんのり目じりに涙を浮かべていた。

 クレープ屋・ゲーセン・変わったスイーツショップ・服屋に靴屋に飲食店。小さな娯楽が溢れる通りには、たくさんの人が行き交っている。

 同じ高校生なのか、それとも中学生なのか。大学生やОLに会社員。一見して年齢がいくつなのかもわからない人たちだって、たくさん歩いていた。そんな娯楽溢れる通りは歩きたばこが禁止になっていて、箒や塵取りを持った見回りのおじさんやおばさんが、ゴミを拾い歩いているのも見受けられた。

 そんな通りで堂々と煙草をふかし、忙し気に足を運んでいたサラリーマンがいた。スマホで話をしながら俺たちの横を通り過ぎて行った、四十歳くらいのおっさんだ。歩きたばこ禁止の通りだと知っているだろうに、周囲の目も気にせず、でかい声で話しながらタバコをふかし、すれ違いざまに煙を真央の居るほうに向かって、おもいっきり吐き出しやがった。

「おいっ、ちょっとあんた。道路は、灰皿じゃねぇんだよ」

 ダイレクトに浴びた真央は立ち止まり、吸い込んでしまった煙に咽て(むせて)いる。

 おっさんは、一瞬そんな真央に視線をやったけどすぐに無視。しかも、吸い終わったタバコを地面に投げ捨て歩き去ろうとした。

「おいっ。あんただよっ!」

 俺は、歩き去るおっさんの背中に叫んだ。

「あぁっ?」

 おっさんは、立ち止まって振り返ると、ギロリと俺たち三人を睨みつけた。真央は、おっさんのその表情に、怖いと小さく漏らす。

 スーツ姿のおっさんは、オフィス街で見かけたなら、何の変哲もないごくごく普通のサラリーマンに見えた。左手には結婚指輪があるから、既婚者なのだろう。もしかしたら、俺らくらいの子供だっているような感じだ。

「いいってば、純太」

 おっさんの威嚇に怯むことなく睨み返す俺の服を、真央が怯えた表情で引っ張る。

「よくねぇよっ。こんなの、人として間違ってんだろっ」

 不安そうな顔を向ける真央にそう言って、もう一度おっさんを睨みつけた。

「ガキが。さっさと家に帰れっ」

 つまらない因縁でもつけられたとばかりに、おっさんは面倒くさそうな顔を向けてきた。その顔に向かって、言ってやった。

「言われなくても帰るよっ。けどその前に、おっさん。真央に謝れよ。あんたの吐き出した煙で、真央が咳き込んでんじゃねぇか。しかも、吸殻捨てやがって。拾えよ。灰皿なら駅かコンビニに行けばあるだろ。道路は、ゴミ捨て場じゃねぇんだよ」

 捲し立てるようにして言葉をぶつけると、おっさんの顔はみるみる激昂していくように険しくなった。

「なんだとぉっ!」

 俺が目もそらさず、真っ向から立ち向かうと、イラッとした顔で詰め寄ってきた。

「純太……」

 うしろでは、真央が不安そうな声を漏らす。

「なに、ほざいてんだ、ガキが。なめた口きいてんじゃねぇぞ」

 おっさんは、まるでヤクザみたいな口調で俺をビビらせようとするけど、俺は絶対に目を逸らさなかった。ここで引き下がるなんて、男じゃねぇ。

「ガキでも何でもいいよ。とにかく、真央に謝って、捨てた吸殻拾えよ」

 俺は、一歩も下がらず言い返す。すると、おっさんの手が俺の胸倉を掴んできた。制服のシャツとネクタイをグシャリと握り、少しばかり上へと持ち上げる。身長は、おっさんと俺ではあまり変わらない。互いに視線はまっすぐ並行で、アニメだったら火花が見えるはずだ。

「生意気な口きいてんなっ! 俺がタバコを捨てようが、何しようがお前らには関係ないだろっ!」

 おっさんは、タバコ臭い息を俺に向かって吐きつけながら、自分のしたことがまるで正当なことでもあるかのように言い返してきた。

 俺は、胸倉を掴まれたまま、「いいから拾えよっ」とおっさんを睨み続けた。

 どんなにおっさんが叫んだとしても、もしここで手を上げたとしても、俺は一切手を出さない。出した方の負けだからだ。これは、祖父ちゃんによく言われていることだった。

 男なら大事な女を絶対に護ること。ただし、手を出すことだけはしちゃいかん。自分が盾になってでも命をはれと。

 おっさんの気迫に煽られて、俺の拳に力が入る。だけど、真央を護ると決めている俺は、その拳を絶対に上げない。キリキリと歯噛みをし、胸倉を掴まれたまま、おっさんを睨み続ける。

 緊迫した空気の中、さっきまで真央の傍に居て静かに成り行きを見守っていた悠介が動き出した。

「関係あるよ」

 ずっと黙っていた悠介が冷静に言い、俺の傍に来て胸倉を掴んだままのおっさんの手をどけようとやんわり触れた。

 おっさんは、意地でも離そうとせず、傍に来た悠介にも睨みをきかせた。

「知ってますか、おじさん。タバコの煙は、副流煙のほうがよっぽど害なんですよ。ニコチン・タール・一酸化炭素。タバコの先から上がる煙に含まれている有害物質は、わかっているだけでも二〇〇種類。しかも、副流煙には発がん物質が多く含まれている。そんな煙を、見ず知らずの女子高生に向かって、あなたは思い切り吐きかけた。それにとどまらず、当たり前のようなポイ捨て。彼の言い方は、少し乱暴だったかもしれませんが、あなたの行為は、それ以上に乱暴だ。違いますか?」

 悠介は、冷静に言うとおっさんの手を少しずつ俺から引き剥がす。おっさんは、のどの奥をググッと鳴らすようにして、俺たちをまだ睨みつけている。

 こんな大人が居るから、世の中おかしくなっていくんだ。何で、ほんのちょっとの気遣いができないんだ。街は、自分の家じゃない。好き勝手やっていいわけじゃない。

 自分だけと思ってやっている奴が、ここにはいくらでも溢れかえっている。そんな一人ひとりが気をつけるだけで、地球は変わっていくはずなのに。

 どうして、目先のことしか見えていないんだろう。

 どうして、自分中心なんだろう。

 俺たちが住む未来のことなんか、関係ないみたいにしやがって。

 俺は、悔しさにキリキリと歯軋りする。

 掴んでいた手をはずされたおっさんは、今度は悠介に向かって、殴りかかりでもしそうな勢いだ。

 すると悠介がスッとしゃがみ込み、おっさんが捨てた吸殻を拾い上げた。

「はい」

 徐にとびっきりの笑顔をつくると、拾った吸殻をおじさんへと差し出した。

「灰皿に捨ててください」

 怒りにプルプルと震えるおっさんの手をとると、悠介が吸殻を握らせる。

 悠介の行動が予測できなかったおっさんは、気がつけば手にさっき捨てた吸殻を掴まされていた。 その行動に、一気に顔が高潮していった。

「クソガキがーっ!!」

 握らされた吸殻を、ぎゅっと手の中で潰すと、悠介に向かって殴りかかろうと、その拳を振り上げた。

 その瞬間―――――。

「ゆうすけっ!」

 危険を察知して俺が叫んだのと同時に、さっきまでうしろで怯えていた真央が叫んだ。

「おまわりさんっ! こっちですっ!!」

 振り向くと、警察の手を引っ張り真央が走ってくる。その姿を見た途端、おっさんが怯み後退った。

「ガキども……」

 ケッと汚い言葉を吐き出し、おっさんが逃げ出した。

「こらっ! 待ちなさいっ!!」

 真央に手を引かれた警官は、無抵抗の悠介に丁度殴りかかろうとした瞬間を目撃したため、逃げるおっさんを追いかけていってしまった。

「二人とも、大丈夫?!」

 息を切らして駆け寄ると、真央が俺たちを不安そうに見る。

「なんともねぇよ」

「大丈夫だよ」

「よかったぁ~」

 ふぅ~、と小さく息を吐き出し、真央がほっと息をついた。


「もぅ、純太ってば。無茶だよ、あんなの」

 夕方の帰り道、三人で並び歩いていると真央が呆れながら零す。

「無茶でも何でも、あんなの間違ってんじゃん」

「そうだけど。いきなり刺されたりしたらどうする気?」

「そうだね。最近は、物騒だからね」

 悠介も少しだけ心配そうにしているけれど、あのおっさんの行為を許している風ではない。

 確かに、真央が言うように、相手が凶器的な何かを取り出し襲い掛かってくる危険はあったかもしれない。

「けど、俺は許せなかったんだ」

 あんな勝手な大人、許せるわけがない。

 ぎゅっと拳に力が入り、さっきの怒りがまたこみ上げてくる。

「そっかぁ。純太ってば、地球に優しいんだね」

 さっきまで呆れていたというのに、真央がニコニコとスッキプしながら笑う。その姿は本当に愛らしくて、傷つけたくないって心から思うんだ。

「俺は、大切なものを護りたかっただけだよ」

 普段から、ポイ捨てする奴にはムカついていたけど、許せなかったのは真央に煙を吐きつけたことだ。何より大事な真央に、あんなおっさんの汚い煙なんて吸わせられっか。

「やっぱり、地球に優しいんだ。なんか、スーパーヒーローみたいだね」

 真央が楽しそうに笑みを浮かべている。

「う、う~ん」

 スーパーヒーローか。悪くはないかな。

 俺は、ちょっとだけ得意な顔になる。

「昔さ、カラーがわけられてる特撮の戦隊ものがあったの知ってる? リーダー的な中心の人がレッドで、あとはブルー・グリーン・イエロー・ピンク。昔の懐かし番組シリーズで見たことあるんだけど、意外にかっこよかったよ」

 色を言いながら指折り数える真央は、テレビ番組で見た映像を思い出しているみたいだ。

「ああ、知ってる、知ってる。親父の世代の頃に、流行ったやつじゃないか? 前に見たことあるよ」

 俺が思い出して話を合わせると、悠介もどうやら知っているみたいで、うんうん頷いている。

「今日の純太は、その中のレッドみたいだったよ。正義感が溢れている、カッコイイレッド。で、悠介は、冷静沈着なブルー」

 真央がふざけて言うと、悠介までもふざけてくる。

「じゃあ、真央は、マスコットガール的なピンクだ」

「うっそぉ。私、ピンク? ちょっとかっこいい!」

 悠介の言葉に真央がはしゃぐ。

 警察官を連れてきてくれて大活躍だったんだからマスコットガールというのはどうかと思うけれど、真央はそのあたりに頓着していない。

 そんな風に思いながらも、ピョンピョンと笑顔で跳ねる真央を見ていると、つい目じりが下がってしまう。

 子供かよ。

 真央の笑顔。大切な笑顔。絶対に護りたい女の子。

 どんなことがあったって、護っていきたい。失われるようなことがあるなら、俺はいつだってそれに立ち向かう。それがどんな相手でもだ。

 だって俺は、スーパーヒーローのレッドらしいから。

「決めのポーズでも考えるか」

 一緒になってふざけると、真央がダッセーポーズを決めるからゲラゲラ笑ってしまった。

 気がつけば、綺麗な夕焼けが三人を優しく照らし始めていた―――――。

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