第2話 断固阻止。ダメッたら、ダメなんだ!
ひたすら眠くて長い午前中の授業を終え、一番楽しみな弁当をがっついて食べた後の休み時間は、とにかく眠くてたまらない。
前日の夜、ケーブルテレビでやっていたお笑い番組を、いつまでも観て笑っていたのが響いているのはわかっている。母さんに煩く何度も早く寝ろと言われたが、結局晩酌をしながらの親父と一緒に、深夜を過ぎてもテレビの前にへばりついていた。親父とテレビの趣味が合うせいか、遅くまで起きてテレビを観ていても、父親に怒られることは滅多にない。
そんなんだから、腹がいっぱいになった後の昼休みは、二人の会話も耳に届かないほどに眠くてぼうっとしていた。
何やら二人が楽しげに会話している声を子守歌のようにうつらうつらして聞いていたら、俺の額に突然痛恨の一撃が飛んできた。
「いでっ!!」
痛む額を押さえながら顔を上げると、勝ち誇った顔の真央がニタニタとしてこっちを見ていた。
「なにすんだよっ」
「この前の仕返しだよっ」
「はっ?! この前っていつだよ、ったく」
真央は、俺にデコピンをヒットさせて満足げだ。まだ眠っている脳ミソは、何でデコピンされたのかまだ解らない。悠介は、傍で呆れ顔をしている。きっと、あーあ、また始まった。くらいに思っているのだろう。
「だって、純太。人の話、全然聞いてないんだもーん」
真央は、してやったり顔で腕を組んでいる。
その態度は、ムカつく。ムカつくけど、悔しいことに可愛くてしょうがないんだ。
少し薄めの唇の端を、きゅっと上げて笑う顔も。サラサラの綺麗な髪をふわりとなびかせて、得意気にしている姿も。コーラを飲んで炭酸にジタバタしながら、毎回涙をためてる表情も。甘え上手な、末っ子気質の態度も。全部が可愛くてしょうがない。
くっそー。惚れた弱みかっ。
真央は俺の気持ちなんて、全くと言っていいほどわかっちゃいない。鈍感すぎるぜ、このヤロー。俺の方が、真央の好きな曲を着信音にしたりして、乙女みたいじゃないかよっ。
そこまで考えて、デコピンの理由に思い当たった。
そうか、あの時か。
数日前、悠介の部屋でのスマホ紛失騒動を思い出した。散々探した挙句、どうしてか悠介のカバンの中から出てきたんだよな。あれは、どうしてなんだ?
そもそも、真央の好きな曲が流れてきた時点で、俺の気持ちに気がつかないってどういうことだよ。マジ天然。先が思いやられる。
一人であれこれ考え項垂れていると、悠介が話し出した。
「で、放課後なんだけど。ゲーセンでいい?」
どうやら、俺が睡魔に侵されている間に、放課後はゲームをしに行くことになったらしい。
学校帰り、三人でたまに寄るゲームセンターがあった。渋谷の繁華街からほんのわずかに外れた場所にあるのだけれど、すぐそばにはマックもカラオケもボーリングもあって、暇つぶしをするにはいい場所だった。
「さんせー、さんせーい」
真央の奴が、わざわざ席を立ってガキみたいにぴょんぴょん跳ねている。きっと、UFOーキャッチャーが得意な悠介に、欲しいものを取らせようって魂胆なのだろう。悠介のやつは、頭もいいが、こういったことも得意で。なんというか、非の打ち所がない。こいつの弱点は、どこにあるのだろう。昔から知っているというのに、弱い部分がどこなのか、俺はいまだにわからないでいた。それくらい悠介という人物は、俺にしてみたら完璧な男だった。もしかして、アンドロイドだったりしてな。
くだらないことを考えている間も、真央のやつははしゃぎ続けているからつい意地悪したくなってしまう。だって、真央のはしゃぐ姿は可愛すぎるんだ。こんな姿、他の男子に長く見せるわけにはいかない。
「床、抜けるぞ」
わざと皮肉を言うと、ひっどぉーいって拗ね始めた。その言い方も可愛いじゃないかよ、ちっ。
へいへい、すんませんねぇ。でも、まぁ。そんな風に膨れている顔も可愛いのだから、やってらんなねぇ。
俺たち二人のやり取りを見ていた悠介は、相変わらずの苦笑いだ。小学生レベルの小競り合いに、言葉も見つからないのだろう。
レベルの低い言い合いをしているとは思っても、真央を相手にするとついつい苛めたくなるんだ。 もう少し高校生らしい付き合い方をしたいと思っても、小さなガキみたいにクルクルと表情を変えてはしゃぐ真央を見ていると、どうしてもそうなってしまうから不思議だ。
真央マジック? いや、天然マジックか?
真央マジックにやられたまま、放課後になった。ホームルームが終わると同時に、帰る準備を整えれば、気持ちは既にゲームセンターへ向かっていた。
「よっし。行くか」
カバンを持って立ち上がると、二人も満面の笑みを浮かべている。ところが、三人で教室を出ようとしたところで、呼び止められてしまった。
「
真央のことを呼び止めたのは、二つとなりのクラスの
「なに? 岩崎君」
「うん……」
岩崎は教室のドアの前で、俺と悠介の顔を交互に見て言葉を濁している。
なんだよ、その顔。俺らが邪魔だってか? けっ。
俺は、あからさまに不満顔を浮かべて岩崎を見てやった。けれど、岩崎は怯むことなく背筋をピッとしたまま、こっちを見返してくる。
その自信はどこから来るんだ。
「俺ら、今からゲーセン行くから忙しいんだけどっ」
諦めることもなくいる岩崎に、釘を刺した。
だって、ちょっといい? なんていうのは、告白の定番だろ? しかも、俺らを邪魔者のような目で見てるんだから間違いない。
「藤川さんに、訊いてるんだけど」
岩崎の奴は、負けじと言い返してくる。
ムカッとして、一歩前に出たら悠介に右手で止められた。
何で止めるんだよ。そういう目で悠介を見たら、まぁまぁ。って顔。
まぁまぁ。じゃねぇしっ。真央が岩崎にくっついて行っちまったら、告白タイムスタートじゃねぇかよっ。そんでもって、仮に間違いでもおきて、二人が付き合うことにでもなったら、しゃれになんねぇだろっ。真央みたいに天然女子は、なんだかわけもわからないうちに付き合うことになっていてもおかしくないんだ。そんでもって、解らないうちに、あんなことやこんなことになってしまったら、取り返しがつかないじゃないか。
一瞬、真央の色っぽい姿を想像してしまったら、シャレにならなくて鳥肌が立ってしまった。急に大人っぽい真央の姿を想像できてしまう俺も俺だ。
とにかくっ。そんなことにでもなってしまったらどうすんだよっと、悠介に向かって必死に訴えかけている間に、真央のやつが返事をしてしまった。
「少しならいいよ」
岩崎に対して焦りつつもムカムカしている俺の気持ちにも気がつかず、真央の奴はあっさり誘いを承諾してしまった。
おいっ、真央!
慌てて真央の顔を窺い見たけれど、なーんにも理解していないみたいにのほほんとした態度だ。何も考えていそうにない真央の表情を見てしまうと、寧ろ、本人が行くって言うのにこれ以上止めるのも可笑しいか? なんて、変なところで律義な思考が働いて、ススッと引き下がってしまう俺って軟弱者だ。
「純太、悠介。ちょっと行ってくるから、玄関で待っててね」
真央の奴は、岩崎が何を思っているのかを知ってか知らずか、ぴょこぴょこと奴のあとについていく。
「はやくしろよっ」
真央に怒っても仕方ないんだけど、つい当り散らした言い方をしてしまった。
「はーい」
なのに、真央のやつは、のんきに返事をして行ってしまった。少しくらいは、こっちの気持ちを気にしろよな。つか。
「悠介。何で止めたんだよ」
不満タラタラで、今度はイライラを悠介に向けた。
「人の恋路の邪魔は、しちゃいけないっしょ」
ふんふんと鼻歌を歌い、頭の後ろで腕を組むと、弾むように階段を下りていく。そんな悠介のあとを、俺はドスドスと階段を下りついて行った。
玄関には下校する生徒が幾人もいて、少しばかり混みあっていた。グラウンドに視線を向ければ、多分一年生だろう野球部員が、早くも部活の準備に勤しんでいた。
俺は靴を履き替えることもなく、何度も真央を置いてきた階段の上を覗き見た。首を伸ばして見ても姿など見えないし、耳を澄ましてみても真央の気配などこれっぽちも感じられない。
授業中はサイレントモードにしているスマホを取り出し、何度も時刻を確認してしまう。
たった一分過ぎるのに、時間が止まっているんじゃないかと思うほど、体感時間は長く思えた。世界一つまらない現代社会の授業よりも長く感じるほどだ。
そうやって、玄関で真央を待つこと数分。
「まだかよっ」
チッと舌打ちをし、再びスマホの時刻を睨む。
「まだ、五分しか経ってないよ」
悠介が暢気に言いながら、グラウンドで部活を始めたサッカー部の練習を眺めている。野球部とグラウンドを半分に分けてやっているせいか、とても窮屈に見える。交代制で、のびのびと練習するっていう方法はとらないのだろうか。僅かにそんなことを考えたけれど、思考は直ぐに真央へと戻る。
しかし、真央も真央だけれど、悠介も悠介だ。二人とも、事の重大さを解っていないんじゃないのか?
こいつは、俺が真央のことを好きなのを知ってるはずなのに、なんて悠長なんだ。おっ、だから悠介なのか? って、そんなことどうでもいいし。
ああっ、くそっ。おそすぎんだろっ。
「もう、六分だっ」
イライラに任せて叫ぶと、悠介の奴はクスクス笑ってやがる。その余裕は何なんだっ。
「そこまで真央のことが好きなら、純太も告っちゃえばいいじゃん」
相変わらず鼻歌を歌い続ける悠介が、なんでもないことのように言ってグラウンドから目をはなし下駄箱に寄りかかる。
「そんなに簡単にいくかよ」
「でも、この前勢いで言ってたじゃん。お前の好きな曲は、俺も好きなんだーーーって」
ニタニタと笑いながら俺の真似をする悠介のボディーに、軽くパンチを入れた。
「うげっ」
わざとらしく“く”の字になりながらも、悠介はまだ笑ってる。
こいつ、俺の恋路を楽しんでるな。
「あれだけ言っても通じねぇ相手だぞ。他になんて言えばいいんだよっ」
「真央が好き。でいいじゃん」
うぅん……、確かに。けど、その一言が一番難しいっての。それを簡単に言える俺だったら、今頃とっくに告ってる。
いつも素直になれなくて、なぜか喧嘩腰になってしまう俺だから、余計に真央には伝わらないのかもしれない。そうは思っても、告白というものの勇気というのは、ひっじょーにレベルが高く。今の俺には、まだまだ経験値不足だ。
天井に向かって大きなため息をついたところに、真央の奴がスキップするようにやってきた。
「おっまたせー」
弾んだ足取りは、何でだ? 告白されて、舞い上がってんのか? そんでもって、告白にオッケー出したのかっ?
気になる……。
ジーっと見てると、何? って真央が眉間にしわを寄せる。
「なにって……」
俺が訊き淀んでいると、悠介が口を開いた。
「岩崎君の用事、なんだった?」
俺が訊きたいことを、悠介はいとも簡単に口にする。想いがあるのとないのとじゃあ、物事の簡単さが変わってくるってことか。想いっていうやつは、なかなかに厄介だ。
「んー。告白?」
真央の奴は、天井を少しだけ仰ぐようにしながら、まるで遥か昔のことでも思い出すようにしている。
「なぜ、疑問系……?」
たったついさっきのことなのに、他人のことみたいに訊いてくる真央に、俺のこめかみがピクピクしてしまう。
「好きな人いる? って訊かれたから、いるよー。って言ったの」
えっ! 真央って、好きな奴いるのかよっ。
まさかの告白に、言葉を失い驚愕してしまう。
「へぇー。いるんだ、好きな人……」
流石の悠介も、大きな目を更に大きくして驚いている。驚きすぎた俺は、動揺を隠しきれず、おたおたとしてしまう。
「うん。でも、岩崎君は、それでもいいから付き合って欲しいんだって」
私ってモテモテ。と真央はニコニコしている。告られて、やけに嬉しいそうな顔だ。
つか、好きな人って誰だよ。高一からずっと一緒に居るのに、そんなの今初めて知ったし。
「で、真央は、何て返事したの?」
悠介が、核心に触れる質問をした。
「考えとく、って言っておいた」
「はっ! 考えるってなんだよっ。付き合うかも、ってことかよっ!」
ずっと声も出なかった俺だが、真央の言葉に血が昇る。好きな奴がいるのに、付き合うかも、なんて、中途半端な考えに納得ができなかったんだ。
だったら、俺が好きだって言っても真央は付き合うのかよっ。
そんな思いが胸にこみ上げる。
いきなり大声を出した俺に、真央が怯えた顔した。
「ゆうすけー。私、何で純太に怒られてんの?」
真央の奴は憎らしいくらいすっとぼけているが、可愛い表情で悠介に助けを求めている。
悠介は、困った顔をして眉を下げた。
「純太の気持ちの問題かな」
真央の頭に手を置き、悠介がそう言って宥めている。真央の奴は、多分解っていないのに、ふーん。なんて言ってるし。
「とにかく。岩崎なんかとは、付き合わなくっていいんだよっ」
「なんでよぉー」
ふくれっつらの真央が俺を睨む。
「とにかく、ダメッたら、ダメなんだっ!」
「ねぇー、純太が保護者みたいーーっ」
悠介に助けを求めるようにして、真央が泣きつくようにしている。そんな真央を、まるでペットにでもするように、悠介はよしよしって頭を撫でている。
なんなんだ、この二人は……。
そんな二人に、怒りを通り越し呆れてしまった。少しすると、開き直ったように真央が言った。
「わかったっ。純太に怒られるの怖いから、岩崎君の告白は断ってくるっ」
語尾に、ふんっ! てつけて真央がふくれた。
はっ?! 怒られるのがイヤだから断るのかよ。わけわかんねぇ。
わけわかんねぇ……けど、ついほっとしてしまった。岩崎なんかの彼女にならなくて、よかったなんて思ってしまうんだ。現金な感情だ。
いろんな矛盾は、とりあえず蚊帳の外だ。
「うん。そうだね、そうしな」
適当とも思えるような同意の返事をしている悠介が、真央に優しく笑いかけている。真央は、俺が保護者みたい。なんて怒ったけど、悠介の方がよっぽど父親か兄貴みたいだ。
その後、良かったじゃん。と悠介が俺に耳打ちしてきた。
そりゃ、そうだけど……。
納得できないことは多すぎるが、ひとまず岩崎問題は解決ってことで……。
それにしても、こんなに能天気な真央相手じゃ、俺の恋路は険しいばかりだ―――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます