ゆらゆら
花岡 柊
第1話 探し物はなんですか? 気づいてもらえない想いです
学校帰りに私たち三人が
悠介の部屋は、いつもきれいに片付いている。机の上もきっちりしていて、ペンが転がってることも、雑誌や漫画が広がっていることもない。備え付けの棚には、私なんかが絶対に読まないし、手に取ることもないような難しいタイトルの本がたくさん並んでいる。ベッドだっていつもきれいに整えられていて、床にゴミくずが落ちていることも、ゴミ箱が溢れ返っているなんてこともない。
とにかく、悠介はきっちりとしていて、清潔感に溢れた頭のいい高校二年の男子だ。
「
悠介の部屋にやってくるそうそう、
「えぇー。また失くしたの? 純太って物に無頓着だよね」
呆れ顔で純太を見るけど、彼はその視線に気づかない。
どっかいっちゃうんだから、しょうがないだろう? ってあっちこっちを探してる。
人の顔も見ずに探し物に熱中しているこの男子は、一年からずっと同じクラスの
こんなにきっちり綺麗に整えられた部屋の中で、物を失くすということ自体おかしな話だと思うんだけど。
「なになに、どうかした?」
キッチンから飲み物を持って戻って来た悠介は、二年になってから同じクラスになった。元々、純太と悠介は同じ中学だったらしい。一年から同じクラスだった純太と私が仲良くなると、仲が良かった悠介も自然と加わり、三人でいることが当たり前になっていった。
悠介は、普段能天気に見せているけれど、とても頭がよくて、周囲のこともよく見ていて気遣うこともできるのに、それをひけらかすことなく、とても愛想よく振る舞う気配りさんだ。
両手に飲み物やグラスを抱えた悠介は、塞がった手の代わりに足でドアを閉めながら純太の背中に訊いている。
「スマホ。さっきまであったんだけど……」
悠介の問いかけにも振り向かず、ベッドの布団をひっくり返したり、鞄の中身を全部出してみたり。
探し物をしているというより、どう見ても悠介の部屋を散らかしているようにしか見えない。
「てかさー、純太。そんなん探してて、実はポッケの中とかだったりするんじゃないの?」
純太のスマホの行方などそれほど気にも留めない私は、悠介が持ってきたジュースの方に気を取られながら助言した。
「あー、それあり得る」
ベッドの下を覗き見てる純太を跨いだ悠介が、私に同意しながらその先のテーブルにグラスと1.5リットルのペットボトルを置いた。
「んなわけねぇじゃん」
私の言葉を否定しながらも、純太はしっかりと制服のポケットを確認している。素直じゃないんだから。
ポケットというポケットに手を入れて探してみたようだけれど、やっぱりないみたいでちょっとイライラし始めている。
スマホに依存し過ぎじゃないの?
「諦めたら?」
いつもの物探しに付き合っていられなくて、関心のないこと言ったらキッて睨まれた。
怖い、怖い。
「悠介~、純太が怖いぃ」
怯えた顔をして悠介に救いを求めると、よしよしって頭を撫でて、グラスにコーラを注いでくれる。悠介は、頼りになるお兄ちゃんみたいにとっても優しい。
「純太、取り敢えずコーラ飲んで落ち着いたら? んで、今までの行動を振り返ってみなよ」
悠介の提案にうん。なんて素直に頷いちゃって、純太がテーブルの傍に来た。
なぁんで悠介には素直なんだか……。実は二人、付き合ってるんでしょっ。
純太は、悠介には素直で優しい。私が色々親切に言ったところで聞く耳を持たないし、取り付く島もない時も、悠介の言うことならすぐに受け入れる。
どんだけ悠介ラブなのよ。ちょいキモイぞ。
私に冷たい純太を横目でちらりと見ると、バチッと目があった。
うわっ! 考え読まれた? うそです。うそです。ちっともキモくないですっ。
少し焦ってコーラへ視線をやる。そのままグラスを手にして一口ごくりと喉に流し込んだら、炭酸がきつくてキューって喉が苦しくなった。
「痛い、いたい、イタイッ!!」
炭酸のピリピリに負けて、ジタバタしながら目じりにたまる涙を指先でぬぐう。
「真央って学習能力ないよな。毎回、コーラ飲んでおんなじこと言ってるし」
純太が、まるで炭酸なんて入ってないみたいにコーラをゴクゴクと飲んだあと私に毒を吐いた。
てか、毎回物を失くす人に学習能力がないとか言われたくないんですけど。
今度は、私がふんって顔で純太を睨む。
「まぁ、まぁ」
間に入った悠介は、苦笑い。
これが私たちのいつものパターンだ。
「思ったんだけど。純太のスマホに電話したらいいんじゃね?」
悠介が、私に続く第二の提案をした。
「そうだよねー。うん。それ一番手っ取り早いじゃん。かけてあげるよ」
私は、自分のスマホを手にして、純太の番号を画面に呼び出した。
すると―――――。
「ばかっ、いいって。鳴らさなくていいからっ!」
やたらと焦った純太が、今まさにコールしようとしたスマホを私の手から無理やり奪い取った。
「ちょっと、返してよー」
純太に取られたスマホに手を伸ばすけど、うっせー、なんて暴言を吐いて返してくれない。
「どろぼー。どろぼー。みなさーん、ここにコソどろがいますよー」
ふざけて、口元に両手を当てて叫ぶと、悠介がそれを見てケタケタと笑ってる。
「うるせっ。鳴らすなら、悠介が鳴らせよ」
「なんで?」
ケタケタ笑っていた悠介が、今度はニタニタしながら純太に訊いた。そんな悠介に、純太が何故か押し黙る。
悠介はよくて私がダメって、やっぱりラブ?
悠介はどうしてかニタニタとしたまま、イタズラな顔に変えて純太を見ている。二人にしかわからないアイコンタクトに、私は益々ラブラブ感を疑ってしまう。
ニタニタする悠介と、挙動不審に目が泳いでる純太。
二人を交互に見るけど、私にはアイコンタクトの真意がよくわからない。結局、しょうがないなぁっ。て悠介が言って、探すのを手伝い始めた。スマホを鳴らしたら早いというのに、純太もまた探し出す。
そんな二人に、しょうがないって感じで、私も渋々探すのを手伝った。テーブルの下や、クッションの下。ゴミ箱の影に書棚の中。来たばかりなのだから、書棚の中になどあるはずがないのは解るけれど、それでも目で見て確認しないと気が済まないようで、純太はあちこちグチャグチャに引っ掻き回しながら探している。
純太がまた自分のスマホを捜し始めたおかげで、ベッドの上にはいつの間にか私のスマホが放り出されていた。こんな風にして純太の物たちは、いつも行方不明になっていくんじゃないかと溜息交じりに回収した。
布団の波に攫われそうになった自分のスマホを手にして、さっき純太に止められた行動に出てみた。画面に名前を呼び出して、純太の番号に電話へかけると、聞き覚えるあるメロディーが流れてきた。
「あれ」
この音楽って、ついこの前私が大好きだって言った曲だよね。その曲が、どうしてか悠介のカバンの中から籠った音を鳴らしていた。
「え?」
「えっ!?」
私と純太は、ほぼ同時に何で? って顔を見合わせるのだけれど、純太の方はそれに加え、焦ったように顔が引き攣っていた。
「おっ、こんなところから」
悠介は、あまりにわざとらしく芝居がかった口調で、今も鳴り続ける純太のスマホをカバンの中から取り出した。
「なんで。悠介が持ってんだよっ」
「なんで私の好きな曲?」
二人がバラバラに問いかけた事に、悠介一人がニヤニヤとして楽しそうにしている。
くっきり二重の悠介の顔は可愛いけど、今はなんだかはらがたつ。小憎らしいってやつ?
純太は、悠介を睨みつけ。
私は、なんで? なんで? と純太に曲のことを訊いた。
「あぁーっ。もうっ!」
そのうち純太は、面倒臭いとでも言うように、悠介から鳴り続けるスマホを奪い取ると、通話ボタンを押した。
「あ。通じた」
鳴っている私のスマホが、当然純太と通話中になったので耳に当てた。
「もしもし」
スマホに出ながら、すぐ目の前の通話相手の純太を見ると、なぜか真っ赤な顔をしている。
「真央の好きな曲は、俺も好きなのっ!」
よくわかんないけど、もの凄い勢いで怒鳴られて耳がキーンッてする。
「もぉ、純太の声、大きいっ。鼓膜が破れちゃうじゃん」
スマホを離して耳を押さえながら、純太を恨めしい顔で見た。そもそも。
「何で私、怒鳴られてんの?」
不条理な状況に助けを求めたくて、キンキンする耳を押さえながら悠介に訊いてみると、肩を竦めながら頬を緩めている。
悠介が笑っている意味も、純太が急に大きな声を出した理由もわからないでいると、純太が大きく息を吐いた。
「でたよ。天然」
なぜか純太は、呆れている。そしたら悠介が、可笑しそうにまたケタケタと声を上げた。嘆息したように純太は不貞腐れ、やってらんねぇとぶつくさ零しながら呆れたようにそっぽを向いてしまった。
やっとスマホが出てきたのに、どうしてか私が目の敵にされている。もしかして、私、疑われてる?
「純太のスマホ、私が悠介のカバンに隠したわけじゃないからね」
疑われているのかと言い返したら、私のおでこめがけて純太がおもいっきりデコピンしてきた。
「イッタ!!」
おでこを押さえ、痛みに顔を歪めながら純太を睨んだ。
「なんでぇ~っ!」
「うるせぇっ!」
純太が、なんで怒るのよ。デコピンされた私が切れるのは解るけど、純太が怒る理由がちっとも解んない。
私は、ふくれてデコピンの仕返しをする準備に取り掛かる。どうやってやり返そうかと考えていたら、悠介がグラスにコーラを注ぎ足した。
「まぁ、純太君。これだけの天然ですから、ゆっくり行きましょう」
タンタンと悠介が純太の肩を叩いて、まだ笑っている。
はい?
悠介の行動の意味も解らなくて、私の頭の中は「?」マークでいっぱいだ。
私は、この二人のやり取りに時々ついていけない。解らないことが多すぎて首を傾げても、二人はいつも答えをくれない。
「悠介、意味わかんないんですけど」
だから私は、今日も首を傾げる。
「いいんじゃね?」
意味が解らないと言っているのに、それを肯定する悠介は、なおもニタニタとほくそ笑んでいる。純太は、顔を真っ赤にして怒ってるみたいにツンとしていて。私は、よく解らないままコーラを口に含み、また炭酸に顔をしかめてジタバタしていた―――――。
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