第14話 小さな花火で、大きな火花 決戦の時が来た!?
毎日のように図書館通いをした成果は凄いもので、驚くなかれ。この俺が、夏休みがまだ半分以上も残っているというのに、宿題をすっかり終わらせていた。自分でも本当に終わっているのかどうか信じられなくて、何度も宿題のプリントを確認したくらいだ。
悠介の教え方がうまいのか。それとも、図書館という、否応なしに静かで集中しなくちゃならない環境のおかげか。何にしても、夏休み中に宿題が終わるという今までかつてない奇跡を俺は手にしていた。
そんなこんなで、夏休みが中盤に差し掛かろうとしていた頃だった。
暑すぎる毎日の気候に、体はだるく。リビングのソファにごろりと横になり、速いスピードで溶けていくアイスが液状になる前にと、急いで口に運んでいた。
テレビでは、夏休みスペシャルとか言って、以前放送していたアニメが次から次へと流れている。その画面をぼんやりと眺めていたら、目の前のテーブルに放り投げていたスマホが鳴り出した。
流れてきたメロディは、真央が好きだと言っていたものだ。イコール、真央からの連絡を意味する。
俺は、あと二口ほどのアイスを急いで口の中に詰め込み、冷たさにキーンと頭をやられながら、喰らいつくようにスマホ手にして画面を見た。
真央から届いたのは、LINEのメッセージだった。タップすると、「おーい」と呼びかける可愛らしいアニメキャラのスタンプのあとにメッセージが続いていた。
【本日20時。東公園で花火大会決行! 各自、花火を持って集合のこと】
「花火大会?」
連絡事項だけを表示したメッセージを見て、俺は顔を顰める。どうせなら、二人だけで出かける約束のメッセージが欲しかった。なんて思ったからだ。
けど、真央が悠介を誘わないわけはない。今までずっとそうだったんだし。俺か悠介が動き出さない限り、きっとこの三人の関係は、ずっと続くだろう。
俺の気持ちや悠介の気持ちに、真央は気付いているのだろうか?
ディスプレイを眺めたまま、天然な真央の屈託ない笑顔を思い出し、気付くわけないかと苦笑いがもれる。その辺りも真央の魅力のひとつなのだから、仕方ないのだ。
スマホに視線をやり、もう一度連絡事項の文章に目を移す。
「各自って、どうせ俺と悠介だけだろ?」
まさか、他にも誰か来るのか? 例えば、シロとか。
思って、笑いが零れてしまった。
二十時。じいちゃんから貰った小遣いを使い、駅前にあるディスカウントショップで大量の花火を買い込んだ。手に持つタイプの物や、打ち上げ系の物。しっとりとした線香花火だってある。ショップの一面と平台に置かれたカラフルなパッケージの花火たちは、見て選ぶだけで心をワクワクさせた。
たくさんの花火を抱え、履いているビーサンをペタペタと鳴らし、東公園にたどり着いた。広くも狭くもない、ごく普通のありふれた公園だ。
ベンチが二つと、滑り台やブランコなどの遊具がいくつか。唯一、他の公園と違うのは、人口の小さな川が流れている事だった。
どういう仕組みでこんな川を公園に造ることができたのか、脳みそが薄っぺらい俺には少しもわかんねぇけど、とにかく澄んだ水がいつも流れていて涼しげだ。
時折、小さな子がそこに素足を浸し、遊んでいる事もある。真夏の暑い時なら、子供じゃなくても冷たそうな水に足をつけたくなるだろう。
ベンチがある奥のほうへ目を向けると、既に二人の姿があった。
「おーい」
花火を上に持ってワサワサ振ると、純太、遅いよぉ。と真央の膨れた声が飛んできた。
「わりぃ、わりぃ」
少しだけ小走りに急ぎ、二人の傍へ行く。ジャリジャリと、ビーサンの中に小さな砂粒が入り込んで少し気持ちが悪かった。
「もう、十分も過ぎてる」
真央は、わざとらしく腕を組んで怒って見せる。
膨らんだほっぺが可愛くて、悪かったな。と言いながら、わざと両の手のひらでウリウリと挟んでやった。
「いーやぁ、あっ」
潰されたほっぺに首を振り、ギュッと目をつぶって真央はイヤイヤをする。
本当に、可愛いやつ。
「花火選んでたら、時間になっててさ。でも、これ凄いだろ?」
大量の花火を差し出すと、流石の真央も満面の笑みになった。
「僕も、結構買って来たよ」
悠介が、ベンチに置いてある花火を指差した。
「俺と悠介だけでも、結構な量だよな。これ、三人でやるって、ちょっと贅沢じゃね?」
「本当だねぇ」
真央が、キラキラと嬉しそうに目を輝かせている。
「で、真央の分の花火は?」
ベンチに置かれた以外の花火を見つけられず訊ねた。
「私は、買ってない」
「はっ!?」
自信満々な笑みで言う真央に、俺は呆気にとられる。悠介は、隣で苦笑い。
買って来いと自分で指示を出したくせに、本人は手ぶらって、どういうことだよ。
俺が、不満な顔で見ていると。
「私は、これ」
後ろ手に隠し持っていたコンビニ袋を見せた。
「なんだ。買ってあるんじゃん」
「うん。一応買ったけど、花火じゃなくて、お菓子とジュース」
気が利くでしょ、とばかりに真央は誇らしげに胸を張っている。
「食料部隊なんだって」
悠介が少しだけおかしそうな顔をしながら補足した。
部隊って、戦闘しに行くわけじゃねぇし。
それでも、嬉しそうにベンチにジュースや菓子を並べる姿は子供みたいで、結局俺は花火の事を許してしまう。なんだかんだ言っても、真央には甘くなってしまうんだ。
「じゃあ、始めるか」
「その前に、祝第一回、花火大会」
高らかに声を上げパチパチパチッと拍手をすると、ベンチに置いてあったミルクティーのペットボトルを持ち上げた真央がにんまりと笑う。
なんだかよく解らないけれど、とにかく花火大会を祝って乾杯なのだそうだ。
悠介と俺は真央がコンビニで買ってきたコーラを手にしてキャップを外し、ミルクティーにペットボトルを軽くぶつけて、「かんぱーい」とめでたい顔をする。
三人がのどを潤して、飲み物を一旦ベンチに置くと、今度こそ花火大会のスタートだ。
あらかじめ用意しておいたのか、悠介が空き缶をくり抜いた物にロウソクを立てて火を灯した。缶の中で、ロウソクの炎がゆらゆらと心許ない炎を燃やす。その間に、真央が鼻歌交じりに大量の花火を袋から出し、どれにするか楽しそうに選んでいる。
「まずはー、これでしょ」
床屋のクルクル回る看板みたいな柄の手持ち花火に、真央が火をつけた。バチバチと音を立て、火薬の匂いが辺りに広がる。
真央が持った手持ち花火は、赤、緑、青と次々に色を変えて光りだした。
「きれー」
真央が嬉しそうに、声を上げる。
色とりどりの光を受けた色白の顔が、俺には花火なんかよりもずっと綺麗に見えた。プルンとした唇も、どんな花火より可愛いらしい。
一瞬の間見惚れたあと、俺も花火を手にした。悠介も、花火を手に持ち火をつけた。
シューっとストレートに炎を上げるもの。バチバチと、線香花火のような稲光を大きく咲かせるもの。どれも、綺麗で心を惹きつける。
時々、真央が用意した缶ジュースで喉を潤し、チョコやスナック菓子を摘まんでははしゃいだ。俺は、花火を持って二人を追い掛け回し、楽しそうに逃げ回る真央をからかって遊んだ。俺たちは、三人だけの花火大会をここぞとばかりに楽しんだ。
「よし。次は、ドラゴンしようぜ」
「待って、待って。その前に、パラシュート」
俺がドラゴンを手に取ると、真央がパラシュートの筒を両手に持ち、満面の笑みを作った。その筒を地面に二つ並べて、俺と悠介を振り返った顔がニヤリとした。嫌な予感がするのは、気のせいか。
何かたくらんだような真央の浮かべる満面の笑みに、俺も悠介も少なからず警戒する。
「ねぇ、競争しようよ」
「競争?」
俺と悠介が声を合わせて疑問を口にする。
「二つだけ火をつけるから、飛んでいったパラシュートを捉まえるの。手に入れられなかった一人の人に罰ゲーム」
「罰ゲームって」
俺は子供みたいな提案をしてくる真央を鼻で笑い、呆れた顔を向けた。
「罰ゲームの内容は?」
意外と面白そうだと悠介が訊き返す。
「内容はー」
うーんとぉ。と数秒の間、真央が夜空を仰いだ。
これは、あれだ。提案はしたものの、特に深くは考えていないという、真央お得意の楽しそうだから言ってみた、というやつだろう。
「考えてねぇのかよっ」
俺がすかさず突っ込みを入れると、思い付きで口にした真央がキャラキャラと楽しそうに声を上げて笑う。とっかかりさえ提案すれば、悠介か俺が続きを考えてくれると思っているのだろう。
可愛いからって、甘やかしすぎたか。
「じゃあ、こうしよう」
悠介が、何かを思いついたようだ。
「一番にパラシュートを捕まえた人が、捕まえられなかった人に好きな罰ゲームを言い渡す事ができる」
「王様ゲームみてぇだな」
「そんな感じ」
悠介が頷く。
「よーし。一番に取ったら、何でも言っちゃえるんだよねっ」
何故だか、真央が俄然やる気を出した。やる気満々の様子に、どんな難題を吹っ掛けられるのかと、俺は若干の恐怖を覚えた。
天然な真央のことだから、ありえない罰ゲームを考え付きそうだ。
例えば、近所迷惑も顧みず、商店街のど真ん中で大きな声で熱唱とか。
できもしない物真似を人前でやらされて、YouTubeにアップとか。
近所の中華屋で、月一でやっている大食い選手権に無理矢理出場とか。
これ、時間内に食べきれなかったら、五千円払わなきゃいけないという、更に恐ろしい仕打ちが待っている。
もしくは、シロとちゅーとか。
まぁ、最後のは、ギリだな。
勝手に罰ゲームを想像し、笑いが零れる。
「なに、ニヤニヤしてんだ?」
そんな俺の顔を見て、悠介が怪訝な表情をする。
「いや。真央のことだから、もしも一番になったら、とんでもない罰ゲームの内容を言い出しそうだと思ってさ」
「ありえる」
悠介も同じように罰ゲームを想像したのか、頬を引きつらせた。
「で、純太は。罰ゲーム、何か考えたか?」
「んー。一番になってから考えるさ」
俺は真央と一緒で、いつもの行き当たりバッタリだ。
「悠介は?」
「僕は、考えてるよ。僕が一番になって、もしも真央がパラシュートを取れなかった時は……」
そこまで言って、真央を見たまま悠介が口をつぐんだ。その瞳が真央のことを愛しそうに見ていて、俺の心臓がキュッと縮こまった。
悠介が一番で、真央が掴めなかったら、って……。
真央のことを見つめている隣の悠介の顔を、俺はまじまじと眺めた。
悠介は、今自分がどんな顔をしているのか気づいているのだろうか。真央のことを、どれほど愛しそうに見つめているのか解っているのだろうか。そんな悠介のことを、俺がどんな気持ちで見ているのかに気づいているのだろうか。
友情と愛情のはざまで、俺の心臓はわけのわからない音を繰り返す。
悠介の瞳の中にある、本気で。それでいて、愛しい想いを宿した目を見て、俺はゴクリとツバを飲み込んだ。
悠介が、動き出す。真央に向って、動き出す……。
焦る気持ちと、勝気な感情。真央を想う心と、悠介への友情。色んなものが心の中を渦巻いて、もう何がなんだかわけが解んねぇっ。
くっそぉ。
誰に悪態をついているのか。それさえ分からない。けど――――。
俺は……。
俺は。
俺、だって!
「決めた!」
「ん?」
「俺も、決めたぞ。もし、俺が一番で、真央が一個も掴めなかったら」
俺は、隣に並ぶ悠介に挑むような目を向けた。その目に対し、悠介が一つ頷いた。
さあっ、決戦だ! 俺は、絶対に負けないっ。
「火、点けるよぉー」
何も知らない真央が、のんきな声を上げる。その辺に転がっていた石で、砂地にスタートラインを引く。
「どちらか一つが音を立ててパラシュートを打ち上げたら、スタートにしよう」
「うん」
「わかった」
悠介の指示に、俺と真央は頷く。
真央が、二つの花火に点火する。それから急いでスタート地点に戻った。
「負けないよー」
小学生の徒競走のように、真央は両手をグーにして走る体勢になった。そんな真央には、赤白の帽子を被せたいところだ。もちろん首のところには、ゴム紐のついたやつをだ。
ジリジリと音を立て、導火線が短くなっていく。
数秒後。パンッと少し軽めの音が二つほぼ同時に鳴り、パラシュートが夜空に飛び出した。三人いっせいに、ラインを飛び越える。
捕まえられる事を嫌がるかのように、パラシュートは空高く舞い上がり、ふらふらと右へ左へ軌道を描く。
あっちへ行ったり、こっちへ行ったりするパラシュートに、俺たち三人は翻弄される。
なかなか降りてこないパラシュートに、真央がキャアキャア声を上げて、届きもしないのに何度もジャンプしている。
俺と悠介は、真剣な顔でその軌道の着地地点を目指す。
ふらふら。
ゆらゆら。
覚束ない足取りのように、パラシュートが、あっちへこっちへ軌道を変える。ここだと思って追いかけても、ふらりと背を向けまた逆の方へ。まるで、つかみどころのない真央みたいだ。
真央みたいなパラシュートを、俺たちは一生懸命に追いかける。
どっちへ行こうとしているんだ。どこへ向かっているんだ。こっちだと思って追いかけてもスルリとかわされ、じゃああっちかと走り出せばふわりと軌道を変えてしまう。
掴みどころのない動きを続けるパラシュートに翻弄されている中、真央は相変わらずはしゃぎながらジャンプの連続だ。パラシュートが振ってくる軌道とは、全然違う方に向って手を伸ばし、声を上げてはしゃいでいる。
この分じゃ、やっぱり俺か悠介が一番だな。
もしも、一番に手にしたら。いや、絶対に一番に手にして、俺は真央に。
最初に降りてきそうな方に目をつけ、その下へと入り込む。悠介も同じ考えなのか、、我先にというように、降りてくるパラシュートへと手を伸ばした。
いけるっ。
ふわりと降りてきたパラシュートに向かって手を伸ばした時だった。突然強い風が吹き、足元の砂を舞い上げた。
「イテッ!」
声を上げ、悠介が手を引っ込めた。多分、コンタクトに砂が入ったのだろう。俺は、舞い上がった砂と、目を押さえて俯いてしまった悠介に気をとられる。
すると、キャアーッ! という歓喜の悲鳴が聞こえてきた。
風が落ち着いたあと、悲鳴の上がった方を見た。悠介も、目を瞬かせながら、そっちに首を巡らせた。
そこには、飛び跳ね喜びながら二つのパラシュートを手にしている真央がいた。
「マジで……」
「嘘だろう……」
俺と悠介は、ただ呆気に取られ呆然としてしまった。
決戦は、引き分けというよりも惨敗だった。一人勝利を獲得した真央が、罰ゲームの発表に心を躍らせている。
「では、罰ゲームの発表をしますっ」
嬉しそうに声を上げ、ニヤニヤと笑っている。
あぁ、嫌な予感。ありもしないドラムロールが、鳴り響いている気がする。
悠介も、同じような予感に顔を歪めている。
人通りの多い商店街で熱唱か。はたまた、一生笑いものにされるための物真似YouTubeか。
それとも、中華で五千円か。
なんにしても、間接キスになるからせめてシロがいい。などと、くだらないことを考えていた。
「二人への罰ゲームは。うなぎと梅干し、天ぷらとスイカ、そばとスイカのいずれかを同時に食べてもらうことです」
真央は腰に手をやり、誇らしげに笑みを作っているが、俺にしてみれば肩透かしな内容だった。
「はっ!? なんだよそれ。随分と簡単な罰ゲームじゃんか」
「そうかなぁ~」
真央がニタニタと笑う。その顔を見て、どうゆうことだ? と隣の悠介を見と。俺とは対照的に、悠介は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
「純太。今真央が言ったのって、全部食べ合わせが悪いものばかりだよ」
食べ合わせって、あれか……。トイレと友達になるってことか!?
「そーゆーことー」
がっくりと項垂れて応えた悠介に、真央が人差し指を立て誇らしげにしている。
「どれでもいいよ。どれか一つ選んで、本当にお腹壊しちゃったりするのか教えて欲しいの」
「あ、悪魔だ……」
悪気が一つもない真央の飄々とした顔を、俺は情けない表情で見る。
「楽しみだなぁ。自分じゃ恐くてできないし、けど、迷信みたいなのがあるかもしれないから、知りたかったんだよねぇ」
うんうん。なんて頷く真央に悠介もタジタジだ。
結局、決戦どころか真央の独壇場で、いつその罰ゲームが決行されるのかと、俺たちはしばらくの間ビクビクと暮らした――――。
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