1-⑱ 英雄の声
(なんだこの速度はッ!?)
シーザーは圧倒されていた、目の前の量産型に。
速度・強度が通常時と比べ物にならないほど上がっている。あまりの速度差に自身のチェイスの動きがスローモーションに感じるほどに。
「これで機動力の差はないですよ」
『野郎……!』
アズゥのコックピットに浮かんだ×印をツミキは見逃さない。
「危険信号――コックピット左側面……」
距離を詰められたシーザーはヴァイオレットの右手の裏から仕込み刀を出し、横に薙ぐが、その刃は白銀の右手によって掴まれた。
『ぬっ!?』
「握り潰してやるッ!!」
グギギッーーと悲鳴を上げ銀の右手によって仕込み刀は握りつぶされた。アズゥの黒淡な眼光がヴァイオレットを睨みつける。
『そりゃねぇだろ!』
強化されたアズゥの左手がヴァイオレットの顔面に迫る。シーザーはアズゥから軸をズラそうと機体を後退させながら横にスライドさせるがアズゥは簡単に追尾し、左拳を押し付ける。
(躱せねぇッ!)
ガッ!! という衝突音。
ヴァイオレットは十数メートル殴り飛ばされ廃れたコンビニに激突し尻もちをつく。すぐに体を起こすがアズゥは当然のように目前まで迫っていた。
『(追撃が激しすぎる!!) ――っざけんな!』
シーザーはヴァイオレットの右肘から錨を発射させる。しかし、相手は危険信号を持つツミキだ。
「こんなものッ!」
銀腕が錨をキャッチし、バキッ! と容易く握りつぶした。
しかし、一瞬ツミキが意識を錨に取られた隙にヴァイオレットは態勢を整え両脇の砲台から左右交互に六発の小型ミサイルを発射する。
『さすがにこれは避けきれねぇだろ?』
否、ツミキには見えている。ミサイルを全て避ける回避ルートが。
(危険信号――!!)
その後の回避行動は敵であるシーザーですら目が奪われるほどの鮮やかさだった。
強化されたアズゥは一発目のミサイルを右手で掴んで破壊、後続する二、三、四発目をハンドスプリングで回避、後の五、六発目を空中で右腕によってハエを振り払うように横に薙いで撃墜した。
『コイツ、ここまで――!?』
ヴァイオレットの目の前までアズゥは距離を詰めていた。
「だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!」
銀腕を突き刺すモーションを取る。
銀腕を凝視するシーザー。しかし、ツミキが繰り出した攻撃は銀腕からではなくアズゥの左足による飛び蹴りだった
『お前!?』
(プールさんに教えてもらったフェイントだッ!)
アズゥの左足がヴァイオレットのコックピットに突き刺さろうとした時、
(ぐっ――!?)
ツミキは感覚に引っ張られて攻撃をヴァイオレットのコックピットではなく首元に繰り出した。
轟音を上げズザァッ!! と地面を背中で削るヴァイオレット。 蹴り飛ばされたのにも関わらずパイロットであるシーザーは笑っていた。
『ハハハハハハハ……!』
彼は今の一撃で確信したのだ。“自分は負けない”と。
「なにを、笑っている?」
『なぁツミキ。――お前、今俺のこと殺せただろ? その強化された状態のアズゥなら、コックピットを潰せたんじゃねぇのか?』
ツミキの表情が曇る。
そう、ツミキは“危険信号(殺意を視る力)”の代償としてどれだけ相手が憎くても殺意を抱けない。つまり、相手を殺そうとする行為はできない。意にそぐわぬ不殺を強いられている。
『なら話は簡単だ。俺はただ、捨て身で当たればいい……!』
一転。ヴァイオレットはコックピットをがら空きにしてアズゥに接近する。
ツミキは銀腕を前に出そうとして、手を止めた。――今、手を出せばコックピットに直撃する可能性が高い。それは――
(できない……!)
捨て身で当たれば当たるほどツミキの攻撃は委縮し、隙が生まれる。
『隙だらけだぜッ!』
仕込み銃が頭を見せる。
コックピットに
(なんだ? なにをする気だ!?)
武器が現れたのはヴァイオレットの頭のこめかみ。――ヘッドバルカン。
(この態勢――貰ったッ!)
(バルカン!? ――まずいッ!)
攻撃を避けたばかりのアズゥの隙、そこに弾丸が突き刺さる。
強化された装甲は小さな弾丸で貫かれることはないが、外装は突破され、装甲に弾丸が食い込み不備を引き起こす。
コックピット内に鳴り響く警告音に対しツミキはどうすれば警告を消せるのかわかずに混乱する。
(どうする? どうする!?)
一方、シーザーは冷静に今の攻撃を分析していた。当たった弾丸と当たらなかった弾丸、その差を考察していた。
『思い出したぜ。マーダー君を開発する時にお前はカミラに何度も言ってたな、“精度”だけは一ミリ単位でこだわれって。なるほど、見えて来たぞ、お前のもう一つの弱点――』
とりあえず一定の距離を取り、回避の態勢を取るツミキ。
シーザーはタッチパネルでヴァイオレットのシステムをいじっていた。
『今、ヴァイオレットの銃口補正を切った』
銃口補正とはチェイスに搭載されている弾道修正機能のことだ。チェイスを通す分、生身での射撃と違い感覚に大きな誤差が生じる、その誤差を修正するのが銃口補正機能である。
(銃口補正を?)
ツミキはシーザーの思惑を理解し、背筋を凍らせた。
ヴァイオレットは両手全ての指の先を開け、エネルギーを込める。
『――その様子、図星か。お前、正確な射撃じゃないと捌けないんだろ?』
危険信号は相手の殺意を読み取る心能であって未来を予知し攻撃を避けてるわけではない。
つまり、相手がコックピットを撃ちぬいて殺す。と思っていも、技量が足りず、別の場所に弾が飛んだならツミキは反応できない。上手い人間で×印の線の終わりの方だったり、線と線の間だったりとする。ゆえに大げさに避けなければ結局被弾してしまうのだ。
アーノルド戦においてツミキが有利に立てたのはアーノルドがイメージと実際の行動に差異が全くない技巧者だったからだ。逆にアーノルドが下手くそなパイロットだったら結果は違ったかもしれない。
『そら、答え合わせだ』
これが現実。
昨夜、凄まじい戦いを繰り広げたツミキは狙いの定まっていないヴァイオレットの指に搭載された機銃の射撃に成す術もなく撃ち抜かれた。
肩やわき腹や足は撃ち抜かれてもコックピットだけは銀腕で守っている。
ヴァイオレットは指を戻し、膝を付くアズゥに近づく。
『っち! コックピットだけは守ったか……』
「こんな――こんな簡単に……!?」
『いいや立派だぜツミキ。前回戦った時より遥かに成長している。天才、ってやつだったんだろうな。お前の敗因は一つ、俺がお前を超える超天才だったことさ』
死神の足音が聞こえる。
ツミキはアズゥを動かそうとするが、目の前の画面に浮かんだ文字を見て絶望する。
――エネルギー残量、3%。
禁呪解放の代償+全身の破損。エネルギーの元であるコアが傷つきエネルギーが漏れたのだ。
(これ以上危険信号で粘れても厄介だ。念を押しとくか)
シーザーは作戦半分、嗜虐心半分でツミキにある真実を教える。
『ツミキ。お前、自分の父親がどうやって死んだか知ってるか?』
「え?」
ツミキは思い出す。ツミキの父親は義竜兵となり理由なき戦争に参加して戦死した。詳しい死に方は知らない。
『お前の父親、“カトラ・クライム”は義竜軍のやり方に疑問を持ち、それを察知した上層部より命令を受けた部下に殺された』
「なんで、あなたがそんなことを知っている……?」
『まぁ聞けって……こっからが最っ高に面白いんだ』
下衆な笑い声がチェイス越しに聞こえる。
『その部下の名は“バジル・シーザー”。つまり、お・れ♪』
ツミキは硬直した。
思考を一瞬、失った。
『お前の父親を殺したのはこの俺さ! 面白かったぜぇ、情けなく部下の俺に縋る野郎は! 『妻と子供が待ってるんだ、命だけは!』ってなぁッ!! 俺の記憶に永久保存版だぜ!』
ツミキの瞳から光がなくなる。――黒い霧がコックピットに湧き出ていた。
『傑作だろツミキよ! お前は父親も、親友も、恩師も、そして! 自分自身の命すらも俺に奪われるのさ!! ハハハハハハハッ!!!! 見たい! 見たいなぁ、今のお前の顔ッ! フハハハハハハハハハハハハッ!!!!!!』
ゲラゲラという効果音が聞こえる。
ツミキは歯を軋ませ、アズゥを立たせる。
「貴様――――貴様はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!」
しかし、アズゥは膝に力を入れた瞬間、力を失った。
――エネルギー残量0%。
「そんな……動け! 動いてくれ……アズゥ――」
『あぁ? なんだ、もうエネルギーが切れたのか。なら、余計なこと言っちまったな』
仕込み銃の銃口がアズゥを捉える。
『無駄な人生お疲れ様』
その時、ツミキの世界が止まった。
怒りでアドレナリンが分泌させた結果か、それとも別の要因かはわからない。今わかっている事実はツミキの中でどす黒い感情が爆発しているという事だけだ。
(全部……)
父親は奴の手で殺され、母親は父親の役目を背負い死亡した。
(全部――)
団長は奴に撃たれて死に、カミラは奴の策略の犠牲となった。
(駄目だ。この人はここで駆除しないと、もっと多くの人間に迷惑をかける。倒さなくてはいけない。僕の手で、僕の意思で。だから、誰でもいい……僕に力を――)
ツミキの感情が憎しみを通り越した時、彼の頭に声が流れた。
“望むか? 少年”
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