1-⑯ プールvsアーノルド

「ツミキッ! 一キロ先の鉄塔で降ろすッ! 準備をしておけ!」


「了解です!」


 ツミキは追ってくるチェイス、シーザーの乗る“ヴァイオレット”を静かに睨む。


(あなただけは……)


 ツミキの中でどす黒い感情が蠢く。


――その時、布の下でアンドロマリウスの右腕がピクリと動いた。




 * * *




 赤い剣閃が砂色の影を追う。影は小さな動きで剣閃を避け、すれ違う形で距離を取る。


 腐りはてたマンションやファミレスに囲まれて二機のチェイスは向かい合っていた。


「コイツ、高機動タイプか。なら早期決着が吉だな。をやるか……」


『下民にしてはできるパイロットだな。ふん、さすがは噂の“トリゴ使い”と言った所か』


 片方は旧式の量産型ポーン級。見るからに重量級で多数の武器を積んでいる。


 それに対してもう片方のチェイスはスマートな発展型ナイト級。武器はバズーカと紅蓮の剣のみ。


 まるで正反対のチェイス。そのパイロットの性格も正反対だった。


『“トリゴ”か。懐かしい……養成所の実技試験で一度だけ乗ったことがある。私が唯一A評価を取れなかった試験だ。――チェイスの名を騙るだけでも腹立たしい』


(見るからに高慢な奴が乗ってそうなチェイスね。色々と試したいところだけど、まずは――)


 数ある武装の内、プールが選んだのはライフルだ。トリゴはライフルを両手で構える。


 互いの間は五十メートル、弾を撃つゆとりはある。そうプールが判断した瞬間だった。



――アーノルドが操る発展型“ウィリディス”はあっという間に距離を詰めて来た。



「思ったより速いな……!」


欠伸あくびが出るぞ下民ッ!』


「――しゃあない」


 ゴンッ! とアーノルドはメインカメラの方で鈍い音を聞いた。


『な、にが――?』


 アーノルドは胸部の予備カメラで見た。銃を振り切っている量産型トリゴの姿を。


――トリゴは構えていた銃でウィリディスの頭を殴ったのだ。


(銃だと!?)


 アーノルドは反応できなかった。弾丸を避ける態勢は取っていた。しかし、まさか銃で殴られるとは思っていなかったのだ。しかもウィリディスの加速に合わせて距離を詰めて――高速で動く発展型に量産型で突っ込むなど常人の考えることではない。


 そのままトリゴは壊れた銃を捨て姿勢を低くし、ウィリディスの重心をずらして左肘でコックピットを押し込める。


「そら、どうする騎士様!」


『ぬぅ――!』


 アーノルドはすぐさま頭を切り替え、紅蓮の剣で上からトリゴを貫こうとするが、呼吸を合わせてトリゴは後退し、腰に据えた斧を手に持った。


 斧による一閃。――をウィリディスは後退して避けた。……つもりだったが、


 ガゴォンッ!!


 ウィリディスの首部分に強い衝撃が走る。その衝撃の元はトリゴが持っていた斧だった。トリゴは切り払うと見せかけて、斧をぶん投げたのだ。


『おのれ……!』


「あらごめんなさい。すっぽ抜けちゃった」


 すぐさま背中のバズーカを抜き、追撃を仕掛けるトリゴ。息つく間もない連撃にアーノルドは苛立ちを隠せない。


『侮るなよ下水チェイスがッ!』


 放たれた砲弾を何とか手の甲に仕込んだバルカンで迎撃するウィリディス。


 ゴォンッ! と起爆する砲弾。黒煙が両者の視界を塞いだのと同時にウィリディスは動きを止め、アーノルドは思考をまとめる。


(銃で殴り、斧を投げるだと!? なんて野蛮な戦い方か! これだから下民は――)


 ひゅっ。と黒煙より影が飛び出す。


 アーノルドは冷や汗を掻く。『追撃か!』と。だが奇襲にしては甘い、反射的にウィリディスは紅蓮の剣で影を斬ることができた。しかし……


――その影の正体は先ほどトリゴが持っていたバズーカだった。


『なに!?』


 バズーカに充填されていた砲弾が引火し、暴発する。


 ゴオォンッ!!


 爆発音と共に反対サイドからトリゴが現れた。


 爆風で吹き飛ばされたウィリディスを待ち受ける。


――しかし、ここで発動する。


『調子に乗ってんじゃねぇぞ下民ッ!!!!』


 開花型心能“一貴一賎”。


 心能によってブーストされた思考力でアーノルドは爆風の勢いを利用し、トリゴを叩き斬ることに決めた。だが、アーノルドはトリゴの姿を見て一瞬だけ驚く。


(無手!?)


 武器を何も手に持っていない。


 あまりにも無謀。愚策。


 アーノルドは笑い、紅蓮の剣でトリゴのコックピットを貫いた。


『――所詮下民何てこんなもんだぜぇッ! ハハハハハ――あぁ?』


 アーノルドは気づく。手ごたえの無さに。


 そしてトリゴの背中を見て目をギョッとさせる。


背面バックハッチが開いている!?)


 そう、トリゴには誰も乗っていなかった。――プールはトリゴをのだ。


量産型トリゴは空。自動操縦で突撃させた……なにが目的だ?)


 アーノルドはここでようやくプールの思考に追いついた。


『自爆か!? なら野郎は――!!』


 プールはトリゴの背後の空中にいる。


 量産型唯一の利点、駒形態から機兵形態への立ち上がりの早さ。それを利用した戦法。



➀プールはトリゴを全速力で突進させ、十秒後に自爆するようプログラムをセッティングし、自分は背面のハッチを開け、空中に投げ出される。


➁そのままポケットからもう一つのトリゴの駒を取り出す。


➂相手は一機目のトリゴを貫くが、そのまま接近を許す。トリゴが起爆。


➃至近距離の爆発によって装甲を剥ぎ、二機目のトリゴを展開。そのまま距離を詰め、爆発により損傷したウィリディス発展型をぶっ壊す。



 チェイスというロボットの利点。 


 ポーン級の特性。


 二つを活かしたプールオリジナルの戦法。その名を……



――“ルアーリング”。


(一人で“サクリファイス戦術”だと!?)


「これが下民ポーンの戦い方だ! ――起きろッ! “トリゴ”ッ!!」


 ゴオオオオンンッ!!!! という一機目のトリゴの自爆音を合図に空中展開される二機目のトリゴ。


『ちぃいいいいいいいいいいいッ!!!!』


 ウィリディスのコックピット内では警告音が鳴り響いていた。


『クソッタレ! この至近距離で自爆されちゃウィリディスでも……』


 トリゴ起動の白光が流れ、煙を晴らす。トリゴは手に斧を持って顔に付いたレンズを赤く光らせた。


『っち! 予備パーツは大丈夫かッ!』


 焼け焦げたウィリディス。


 アーノルドは機体データを開き、損傷個所を確認する。


(コアは無事か……下半身の損傷は少ない! だが、上半身の被害がデカすぎるッ! 左手は破損、右手も故障――コックピットの装甲も剥がれてきているッ!!)


 この事態は爆発のダメージもあるがウィリディスの整備不良も関係する。


 今、アーノルドが乗るウィリディスはバックアップパーツを使い弱体化している。原因は昨日の戦い、アンドロマリウスの右腕を使うアズゥに削られた部分だ。


『昨夜の戦いが響いたか!』


「落ちろ雑兵ぞうひょうッ!!」


『舐めんな下民ッ!!』


 斧を持っての追撃をウィリディスは軽いフットワークのみで躱す。そのさまにプールは相手パイロットの評価を改めた。


(この感じ――開花型か? 中々できるな! だが未熟。伸びしろはあるけど今は相手じゃないッ!)


(トリゴの機動力の無さに救われたか! クソッ! こんなポンコツに――)


 アーノルドはウィリディスを全速力で後退させる。


禁呪ゲッシュを解放しないのはトラックを追うため?」


 馬鹿にした笑みを浮かべながらプールは追撃する。


『ちっ――』


「そうやって見下すから足元を掬われる。――ほら、逃げるために使ったら?」


 アーノルドは血管を額に浮かべ、禁呪を解放することを決断する。


 震える左手で何とか赤の剣を紫色の変色させウィリディスのわき腹に差し込む。


『馬鹿がッ! 足だけでもテメェを倒すには十分なんだよッ!! ――“禁呪ゲッシュ解放”ッ!!』


 紫の光がウィリディスを走り、機体を強化する。その行動は同時にアンドロマリウスの右腕を乗せた軽トラを追うことを諦めたも同然だ。今からまっすぐ向かえば可能性はあるが、それを許す相手でもない。例え勝っても強化が切れて機体性能は下がる。そうなればあの速度で走るトラックを追うのは不可能で妨害してくる賊に対抗することもままならない。


 アーノルドは覚悟を決めたのだ、目の前の敵を全力で倒すと。


『認めてやるぜ。テメェは強いッ! だから全力を尽くしてやるよ!!』


 プールは見た目だけで相手の機体の能力を測り、笑みを浮かべる。


「ハッタリじゃないな……!」


『こっからが本番だぜッ!!』


 手数VS超スピード。


 一手一手に高度な心理戦が行われている。



――その攻防は五分と続いた。



 これはチェイス同士の一騎打ちなら異常な時間だ。しかも互いに一撃死のリスクを背負って。


 性能差から詰め切れないプール。


 対ツミキの時より心能を発揮させ、かつ後ろ足を置いて(回避重視で)行動するアーノルド。しかし、アーノルドには時間がない。画面に映し出されたメモリが赤く発光する。


(あと一分ともたねぇ、勝負をかける!)


「いい加減飽きてきた! もう終わりにするよ!」


 両者距離を取り、一瞬で加速。空気を吸い、吐く刹那の攻防。


 一瞬の油断が互いに致命傷となりえる状況で、不意に二機は動きを止めた。





 ズンッ。




「『――――!?』」


 遠い場所でなにかが大気を揺らした。


 反射的にアーノルドは撤退を始め、プールは柄にもなく息を呑んだ。


 アーノルドは自分でも不思議な行動に眉をひそめる。騎士を自称する彼がまだ敗北の決まっていない決闘から逃げるなどあり得ない……彼が恐怖したのは目の前のトリゴ使いではない。もっと遠くにいる“なにか”だ。


(な、なんだ? 俺はまだ戦い足りねぇってのに、俺の心が大音量で“逃げろ”って言ってきやがる。なんだ、なんだこの異常な気配は!?)


 黒く、歪な気配。目にも見えるほどの真っ暗なオーラが辺りを漂っている。


 そのオーラの中心にははち切れんばかりの殺意が満ちていた。


「ツミキ?」


 プールはおもむろにそう呟いた。

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