1-⑰ お前さえいなければ

 バジル・シーザー、現在26歳。


 十二年前、14歳の時に彼は義竜軍の兵士として戦場に駆り出された。親の作ったレールに従った結果である。彼の家は裕福でも貧しくもない。家庭環境は悪くなく、褒める点も無ければ責める点もない、自分の裁量次第でいくらでも道を選べる環境だ。親の作ったレールだって簡単に抜けられたのに、彼はそうしなかった。自分のさがをまだ理解していなかったゆえにやりたいことが無かったのだ。


 彼は自分で自分のことを普通な人間だと思っていた。――上官を殺すまでは。


 バジル・シーザーは18の時に当時所属していた部隊の上官を銃殺した。上官の体には六つの銃創があり、頭は切り取られていたと言う。上官を殺した理由は上からの命令。当時、その上官が義竜軍のやり方に疑心を持ち、それを察知した上層部がシーザーに殺害を依頼した。報酬に莫大な金を用意して。


 それともう一つ理由がある、シーザーにとってはこっちが本命の理由である。――“気に入らなかった”。その上官が誰からも好かれる人望の厚い人間で、それが何となく気に入らなかったのだ。積まれた金よりもシーザーにとってはそっちの方が重大な問題だった。


 合理的理由と感情的理由から何の抵抗もなく自分を可愛がっていた上官をシーザーは殺した。そして戦場での殺しに飽きて支給された大金と義竜軍の上級隊士の首を手土産に盗賊団ハングゥコルンに入団した。


 昔から金が好きだった。正確には人から奪った金が好きだった。カツアゲや詐欺、強盗や万引き、スリルの代償に得る大金を彼は好んでいたのだ。


 そして20歳の時、上官を殺した時とほとんど同じ理由で当時のハングゥコルンのリーダーを殺害。彼はハングゥコルンのリーダーとなった。


 幸せだった。盗んだ金で豪遊するのは心が躍った。他には何もいらないとさえ思った。――あのロボットに出会うまでは。


「す、すげぇ……!」


 23歳の時、彼は偶然にもアンドロマリウスのいる戦場に居合わせた。近くで戦いが起きる、そう聞いて遊び半分で彼は戦場を訪れた。その結果、心の底から欲しいものを見つけた。


 腕を振るえば何十機というチェイスが沈み、地面を蹴れば時間が飛んだかのように移動した。その四肢は千種万別に変化し、戦場をたった一機で制圧した。


 圧倒的な武力。


 まるでロボットアニメを初めて見た子供のような瞳の輝きを彼は放っていた。


――欲しい。


 喉から手が出るほど欲しい。そんなバカみたいな言い回しを彼は初めて呟いた。



 * * *



 プールとアーノルドが対峙している時、彼らも向かい合っていた。サンタが乗った軽トラックは姿を消している。


 アンドロマリウスの右腕を装着しているアズゥ、しかし以前と違い体に黒い光は走っていない。


 対する相手は体中に暗器を仕込んだ発展型ナイト級チェイス“ヴァイオレット”。


 アズゥの右腕は銀色に輝いていた。“ヴァイオレット”のパイロット、バジル・シーザーはそれを見て汗を垂らした。


『あれは――アンドロマリウスの右腕じゃねぇかッ!! 量産型に結合できるのかよ……』


(落ち着け……怒りを鎮めよう。自分の感情こころは捨てる、相手の殺意こころを鮮明に覗くために……!!)


『そんじゃ、お手並み拝見だな』


 ガッ! と同時に動き出す。


 ヴァイオレットは両手に仕込んだ刀で斬りかかる。その剣閃けんせんをアズゥは銀腕で容易にさばき、がら空きのコックピットを蹴り飛ばした。


『ぐっ!? やるじゃねぇか、ツミキよ』


(近接戦闘は僕に分がある! だけど……)


『確かにその右腕はバカ堅いようだが、それだけじゃ俺とヴァイオレットには勝てねぇぞ』


 ヴァイオレットはアズゥから距離を取る。アズゥは後を追うが追いつけない。


「くそっ! やっぱり機動力で負けるか……」


 機動力がないヴァイオレットと言えど、それは同じ発展型と比べての話だ。量産型相手なら機動力でさえ負けない。


ツミキは呼吸を整えながらプールとの会話を思い出す。


(あのモードはまだ使わない。決め手に取っておくんだ)



――三時間前。ピラミッド型移動要塞“リュウセイ二号”の中でツミキはエネルギーパックを交換したアズゥに乗り込んでいた。右腕には銀色の右腕“アンドロマリウスの右腕”が装備されている。


 正面にはアズゥの整備を終え、油で肌を汚したプールが立っていた。


『いいかツミキ。あれは無闇に使うなよ』


『あれ?』


『機体性能を強化する“禁呪解放”だ。アンドロマリウスの本来の禁呪解放はあんなもんじゃないけど、右腕だけでも驚異的。あれは量産型ポーン級に耐えられる限界を超えている。エネルギーが三分と持たないわよ?』


 ツミキは思い出す、アーノルドとの戦いを。アーノルドとの戦いでアズゥの性能が上がった状態、アレがアンドロマリウスの右腕を装備したアズゥの禁呪解放である。本来アズゥは禁呪を持ち合わせない、そのためあのモードはアンドロマリウスの右腕の能力だとわかる。


 ちなみに部位ごとに“アンドロマリウス”は禁呪解放を宿しており、役割は違う。右腕の能力は純粋な機体装甲強化だが、他の部位は他の部位で独特な禁呪を宿している。つまり、アンドロマリウスは本来六種六つの禁呪解放が出来、同時に展開することも可能なのだ。


(そうか、だからあの時――)


 あの戦い、プールの言う通り確かにエネルギー残量五十%が一気に無くなっていた。敵がアーノルドだけだったからよかったものの、下手に使えば息切れし簡単にやられてしまう。アズゥのボディにアンドロマリウスの禁呪解放は耐えられず、エネルギーを多量に消費してしまうのだ。


『どれだけ機体強化無しで戦えるか、そこが肝だな。通常時は“アンドロマリウスの右腕”に付いているオプション、変形機構を使って戦え』


『え? この腕変形するんですか!?』


 プールは頷く。



 ――『この白銀の右腕には三つのギミックが隠されている。その三つのギミックはパイロットに設定された人間の声で起動する』



 ツミキは自分のやるべき立ち回りを思い出し、意識を戦場に戻す。


(三つの変形機構の内、現状僕に扱えるのは一つだけだ)


 シーザーはアズゥの異様な行動に対し足を止める。


『なにをしている?』


 アズゥは左手で自身の銀色の右腕を掴み――


 引っこ抜いたのだ。


『なんだと!?』


 ツミキはアンドロマリウスの右腕、その変形機構の内一つの起動式を叫ぶ。


「切り裂け! “アルセルト”ッ!!」


 白銀の右腕はツミキの声に応えるように変形を始める。腕の中から仕込み刃を取り出し、肩はグリップに、手は鍔に。


 シーザーはその変形後の姿を見て唾をのんだ。


『腕が…剣に―――』


 白銀の右腕は変形し、つるぎとなった。


 太さはないが、どこか清廉さ漂う美しい剣。全てを切り裂く銀剣、その名は“アルセルト”。


 アズゥは左腕でアルセルトを持ち、剣先をヴァイオレットに向ける。隻腕の剣士がそこにいた。


「ピーターさん……考え直す気はありませんか」


反吐へどが出るなぁツミキよ。剣を構えたからには迷うな、同情するな、戸惑うな。前々からお前とカミラのそういう甘ったるいところが大嫌いだったぜ』


「――ッ!」


『あ、片方はもういないんだっけか? ご愁傷様だなぁ♪』


 ツミキは無言で銀色の剣を上段に構える。


 瞬間、シーザーの頭に浮かぶ疑問。


(なんだ……? まだ間合いには入ってねぇぞ)


 現在、ヴァイオレットはアズゥが持つ銀色の剣、その間合いの二倍以上の距離を取っている。


 ツミキがまだ未熟ゆえのミスか。


――いいや、


(違う! ここがもう間合いに入っているからだッ!!)


 シーザーはすぐさまヴァイオレットに銀剣の間合いの四倍の距離を取らせる。


 ザンッ! と上から下へ振り下ろされる銀の剣。その斬撃は空気を振動させ、間合いの三倍まで衝撃波ショックウェーブを発生させた。


 ヴァイオレットの目の前の地面には鋭い切れ込みが深々と刻まれている。シーザーはそれを見て恐怖するのと同時に笑った。


『これでまだ性能の一部分……! 売るなんてとんでもねぇ。これを使えばいくらでも略奪できるッ!』


 シーザーはギラッとアズゥを睨む。


「――!? 危険信号ッ!」


『おせぇ!』


 ヴァイオレットの両手の甲から銃口が現れ、実弾を発射する。


 ツミキは危険信号で反応するも少し遅れ、直撃コースに入るが寸前で銀の刃で弾丸を弾いた。


(い、今、銃弾を弾けたのは偶然だ。落ち着け、落ち着け――)


(やはりな。ツミキの感情がたかぶれば昂るほど危険信号の感度は落ちる。利用しない手はねぇッ!)


 シーザーは口元を歪ませ、大声で言う。


『なぁツミキ。お前、カミラの奴が死んで本当はせいせいしているんじゃないか?』


「なにを――」


『俺は英雄になる、英雄に、英雄に。――なぁにが英雄になるだアホらしいッ!! お前もうんざりしてただろう!? 薄汚ねぇ小娘が、なに夢見てんだってなぁッ!!』


 ヴァイオレットの両肩から大筒が出現する。


「こ、の――!」


『笑い堪えるのに必死だったぜぇッ!』


 大筒から放たれるエネルギー弾。


 ツミキは右肩からのエネルギー弾は避けれたがもう一方は避けきれずアズゥの左肩に被弾した。


『そぅら! もういっちょ!!』


 同じ攻撃が飛んでくる、ツミキは苛立ちながらアズゥを動かす。


「調子に乗るな!!」


 銀剣アルセルトが上下左右斜めに乱雑に振るわれる。同時に銀剣から数えきれない斬撃が噴き出した。


『斬撃の弾幕だと!?』


 ブオォンッ!


 銀剣から放たれた衝撃波は一つの壁となり、エネルギー弾を切り払った。シーザーは息を呑み、乾いた笑い声を出す。


『はは……間合いに入ったら一巻の終わりだなぁ、おい』


 シーザーは“銀剣アルセルト”の間合いに入らないよう気を配り、遠くから銃弾をばら撒く。ツミキは攻撃をくぐりながら距離を詰めようとするが届かない。


「くそっ!!」


(ハハハハハハッ!! 所詮、機動力は量産型アズゥ。この発展型ヴァイオレットには追いつけねぇ! あの剣は確かにアホみたいな性能だが、間合いに入らなきゃただの棒きれ。距離を取りながら撃ちまくれば俺の勝ち、楽な仕事だ!)


 シーザーは執拗にツミキに罵詈雑言を言い放つ。


『そらそら、どうしたぁ!? そんなんじゃあのアホな小娘みたいに無残に死ぬことになるぞッ!!』


 ブチ。と何かが切れた。


 銃弾を躱しながらアズゥはそっと銀色の剣を腕に戻して左手で掴み、そのまま右肩部分に差し込んだ。ツミキは静かにヴァイオレットを睨む。




「バカにするな……!」



『あぁ?』


 銀腕ぎんわんから湧き出た黒い回路がアズゥを伝う。


「お前なんかがカミラを馬鹿にするな! 確かに無謀だったかもしれない、無茶だったかもしれない。それでもカミラは諦めなかった。――僕は信じていた。カミラなら本当に英雄になれるって、この世界を変えてくれるって……!」


 アズゥの全身に黒い血管が浮かび上がる。




――瞬間、アズゥの姿をシーザーは見失った。




『なんだと!? どこに行きやがった!!』


 そして気づいた時には目の前まで距離を詰められていた。


「お前さえいなければッ!!!!!!」


――禁呪ゲッシュ解放

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