1-⑭ 世界征服

――憎かった。僕は、ピーターさんが心底許せなかった。殺したいほどに。


――人殺しに特別な感情はない。やっちゃいけないことだというのはわかってる。悪意によるものや、無意味な殺しは嫌いだ。絶対に許せない。だけど、理由がある殺しに抵抗はない。裁かれるべき人間は裁かれるべきだし、僕自身悪人を殺せと言われたらリスクが無い限り殺すだろう。


――そう、ピーターさんは殺されるべき人だ。


――僕は殺しに抵抗はない。


――なのに、あの時どうして、ピーターさんに対して……×印が視えなかったのだろう。僕はピーターさんを殺したいと思うべき人間なのに。




 ツミキが目を覚ますと正面には布越しに昼空が広がっていた。太陽の日差しを顔にかけられた布が多少はシャットアウトしているもののツミキの顔面は火傷寸前だった。


「あっつ!」


「ん。ようやく起きたか」


 ツミキは体を起こし、辺りを見渡すことで自分がどこにいるのか理解した。


「これは――トラックの荷台?」


「そう、私の愛車。リュウセイ二号ピラミッドは今、サンタが利用してるから使えないの」


 軽トラックが砂漠のど真ん中に停まっていた。上は透き通っているが、左右はほとんどなにも見えない。背の高い砂山が視界を塞いでいる。つまり、周りからも見えない位置に軽トラックは停まっていた。


「――あなたが助けてくれたんですか?」


「“あなた”じゃない。“プールさん”ね。そうよ、礼は言わなくていいわ」


「言いませんよ」


「おい」


 プールはローブのフードを深く被り、ペットボトルに入った水を飲んでいる。そして唐突に切り出す。



「――アンタ。シーザーに対して加減しただろう」



 プールの問いにツミキは首を傾げる。


「そ、そんなわけないじゃないですか……」


「引き金を引くのが遅すぎる。行動一つ一つに妙なタメが入る。私の目は誤魔化せないわよ」


「初めから見てたんですか?」


「もち」


「……薄情な人だ」


「あらら、私が情に厚いような奴に見えたかしら? 助けてもらっただけありがたいと思いなさい」


 ツミキは思い出す。アーノルドとの戦い、そしてシーザーとの戦いを。


 ツミキはどちらも殺す気でやっていた――はずだった。なのに、相手を殺す、殺す可能性のある攻撃を繰り出せなかった。もっと言えば……


――ツミキは自分自身の危険信号殺意を視たことがなかった。


「心能には能力に応じたデメリットがある」


「デメリット、ですか?」


「例えばそうね……他人の嘘を見抜く“心能”を持つ奴は自分は嘘を付けなかったり、憎しみを引き金にする“心能”を持つ奴は常に誰かを憎まなくちゃ自分を保てなかったりね」


 例えば己の高貴さを必要とする心能“一貴一賎”を持つアーノルドは、その高貴さ……貴族としてのプライドを捨てられず、相手が格下の身分を持つ人間ならば心能が機能するまで慢心し見下し油断するデメリットを持つ。ツミキが彼を撃退できたのはそのデメリットと危険信号が上手くかみ合ったからだ。始めから本気を出されていたらアンドロマリウスの右腕にたどり着く前にツミキは命を落としていただろう。


「アンタの場合はわかりやすい」


 ならばツミキならばどうだ? 


 ツミキの能力は“他者が発する殺意を感じる”というもの。それに応じたツミキの弱点……


「――アンタは他人の殺意が視える代わりに、自分自身は殺意を抱くことができない」


 それは、戦場において重くのしかかるデメリットである。人によっては“危険信号”の利点を捨ててでも取りたくないデメリットだ。


 相手は自分を殺しに来るのに、自分は相手を殺しにいけない。それが攻撃の瞬間の躊躇いに繋がるのだ。


「そんな……そんなはずはない。僕は、ピーターさんを殺――」


「殺したいって、本当に思ってる?」


 憎い。 


 ツミキはあの男が憎い。


――だが、殺したいとは……


(思えない……!)


 プールはこのデメリットを“非情”だと思った。


 相手にどれだけ憎しみを持っていても殺すことも、殺したいと思うこともできない。残酷で、虚しい能力だ。他人の殺意は視えるのに、自分の殺意は視えない。


 プールは思い詰めるツミキを見てため息をつく。


「そんじゃ、これでアンドロマリウスをくれた恩は返したよ。逃げるなり何なり勝手にしなさい」


 ツミキは顔を上げ、プールを睨む


「なによ? 人を殺せないんじゃもう仇を取れない。戦う理由はないでしょう?」


「……あなた達は、どうして戦うんですか?」


 プールはツミキの問いに満面の笑みで答える。


「私らの目的は簡単――世界征服よ」


「え……」


 ツミキはプールの言葉の処理に時間がかかった。


(世界征服? 正気かこの人は、たった二人で世界征服なんて――)


 できない? 否、可能性はある。


 その可能性の欠片を彼らはもっている。


「そ、そのためのアンドロマリウス……!」


「そういうこと。私らはアンドロマリウスのパーツを全て集めアンドロマリウスを起動させて、世界を取る。戦争を終わらせた兵器で戦争を起こすのさ。どう? 心躍らない?」


「ふざけないでください! そんなことして何の意味があるんですか!? 創作ならアナタたちは間違いなく悪役ですよ!」


「勝てば主役さ」


「そんなこと……」


「アンタは満足? 義竜軍が好き勝手に支配する世の中で。痛いほど見て来たでしょう、アイツらのクソッタレぶりを」


 ツミキは言葉に詰まる。


 確かにプールの言う通り今のミソロジアは狂っている。だが、だからといってそう簡単に頷くことはできない。


「――戦いは不毛です」


「戦争から生まれた物は多くある」


「結果論です!」


「でも事実だ。アンタがどう動こうが知ったことじゃないけど、私らを止めるなら容赦はしない。――殺すよ」


 ツミキはプールの暗く闇に溶けた瞳を見て息を呑んだ。


 プールはツミキから視線を逸らして砂山の上を見る。そこには金髪の少年がニタリ顔で腕を組み、立っていた。


「仕掛けは終わったぞ。作戦結構は今夜十時じゃ」


 プールは最後にツミキに問う。


「私たちは今からハングゥコルンと義竜軍を叩く。アンタはどうする?」


 ツミキは迷う。人を殺せない自分が行ったところでなにができるのか、と。


 しかし、殺意を抱けないにしても、親友や恩人、仲間を殺したシーザーだけは――


(許せない……!)


 その感情は嘘ではなかった。


 覚悟を決め、少年は答える。


「ついて行きます」


「よぉし。なら私が夜までにアンタを半人前程度には仕上げてやる。さっきも言ったけど私は甘くないからね」



 そこから夜までプールによるチェイス操作の指南が続いた。





 * * *




 “ハングゥコルン”リーダーであるバジル・シーザーは言う。



「砦だ。砦を監視しろ。奴らは必ずそこを通る」



 義竜軍アンドロマリウス捜索隊臨時リーダーであるアーノルド・ミラージは言う。



「砦を守る。あそこを通らなければ補給の無い道をひたすら進むか、湖や海を渡るしかない。砦さえ抑えれば奴らは現れる!」



 そして謎の新星“トリゴ使い”とその仲間たち。軍師であるサンタ・クラ・スーデンは言う。



「砦を破壊する。でな」



 義竜軍。ハングゥコルン。ツミキ達。


 三勢力の争いは今夜、終わることとなる。――そして、この戦いの結末は新たな伝説の幕開けとなる。

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