1-② 下っ端卒業!

…その昔、小さな戦争が起こった。


 きっかけは誰も知らない、それほど小さな火種から始まった戦争だった。だが、戦争の火は次々と燃え移り、やがて世界中を業火に巻き込んだ。“理由なき戦争”、そう誰かが名付けた。


 戦いは剣や槍で競う所から始まり、銃や大砲、戦車や軍艦を用いる所まで発展していく。そして果てには“チェイス”と呼ばれる機兵ロボットを作り出すまでに至った。兵器の進化に応じ、電子機器や交通機関も出来て行った。戦争無くしてこれほど文明が開化することはなかっただろう、皮肉にも、戦争は人類を育てたのだ。


 この“理由なき戦争”に意味を求めるのならば、人類の進化に他ならない。競争無くしてここまで技術が進化することはなかったのは明白である。


 だが技術の進化は人類全てに平等にもたらされるものではない。一人の天才が、もしくは一つの奇跡が、飛躍的に一点において英知をもたらす。千年十三期に渡る“理由なき戦争”は、たった一機の“チェイス”によって終焉を迎えた。そのチェイスの名は――



「“アンドロマリウス”――」

「かーっ! まぁた難しい本読んでんのな。お前」



 古びた歴史書を手に持つツミキに対し、サーカス団の司会者ピーターは梅干しを口に入れたようなリアクションをする。


「ピーターさんも読みます?」


「あー、ダメダメ。俺、そういう難しそうな本には拒絶反応が出る」


 ピーターは腕をまくり、逆立った肌をツミキに見せる。


「ほら鳥肌」


「…どういう体の構造してるんですか?」


「そんなことよりほれ、団長が呼んでるぜ。外の団長のテントで待ってるとさ」


「団長が?」


「なにキョトンとしてんだよ? お前、あれだけ客を沸かせたんだぜ、胸張って行ってこい!」


 ツミキの背中をバンッ! と叩くピーター。

 ツミキは嬉しそうに笑顔を浮かべながら背中をさすり、「わかりましたよ」と控室から外に出た。


 外はすっかりと暗くなり、冷たい風が肌を撫でる。

 現在サーカス団がいるのは砂漠の真ん中にある街“ホトトギス”。朝は暑いが夜は寒い、暖房器具が充実していたメインテントから出ると余計に寒さを強く感じる。


 ツミキがせっせと団長のテントへ向かっているとツミキより薄着の少女が「よっ」とツミキを呼び止める。


「遅かったな、ツミキ」


「カミラ。君も団長に呼ばれたの?」


「まぁな。早く行こうぜ」


 ツミキとカミラは足を揃えて団長のテントへ入る。

 テントの中では紙の資料が散らばっており、家具は暖房器具以外にほとんどない。そのテントの扉の逆サイドに団長は地べたに座っていた。


「…来たか」


 団長は白髭を蓄えた男性だ。名前は“グエン・センフル”歳はすでに七十を越えている。


「今日の活躍は聞いている。ツミキはナイフ避け、カミラは“マーダー君”製造。共に素晴らしい働きだ」


『ありがとうございます!』


 団長は「さて」と老眼鏡を外し、裸眼でまっすぐと二人を見つめる。


「そろそろ、お前ら二人の昇級を考えてもいいだろう」


 ツミキとカミラは団長の言葉を聞いて『じゃ、じゃあ!?』と目を輝かせる。


「“下っ端”は卒業だ。おめでとう、ツミキには“曲芸師”の称号を、カミラには“技術監督”の称号をくれてやる」


「お、お~~~~~~っしゃあッ!!」


「ちょ、ちょっとカミラ…団長の前だよ…」


「よいよい。嬉しい時は素直に喜べ、悲しい時は素直に泣け、そういう素直さこそ若者きみらの強さだ。要件はそれだけだ、もう行っていいぞ」


『失礼します!』


 ツミキとカミラは頭を下げ、テントから外へ出る。

 カミラはテントから出て少し歩くと背筋をぐぐっと伸ばして満面の笑みを浮かべる。


「よし! これで俺らの目的に一歩近づいたな!」


「え~、あれ本気だったの?」


「当然だ! 俺らはここで金を溜めて、その金を使って士官学校に入るッ! そんでいつか英雄になるんだッ! 約束しただろ?」


 ツミキとカミラ。彼らはストリートチルドレン(捨てられた子供たち)である。


 親に捨てられたか、それとも親が戦死したかどうかはわからない。だが、二人が物心ついた時にはすでに家は無かった。しかし、これは珍しいことではない。現状ツミキ達の国“ミソロジア”では七区に及ぶ“廃棄指定地区”と呼ばれる場所があり、そこにいる人間は全て人権を失った亡者だ。ツミキやカミラの周りには同じく廃れた連中が集まっていた。二人に自分らが特別という感覚はなく、むしろ衣食住すべてを充実されている人間が特別に思っていた。


 ゆえに普通に憧れた。二人は肥溜めから脱出し、人生をやり直す決意を固めた。


――その足掛かりが、このサーカス団である。


「俺が最強のチェイスを作って、お前が最強のパイロットになる。最強が二つ合わされば必ず英雄になれるぜ!」


「あっはは…って、僕がパイロットやるの!?」


「当然だろ。お前にはがあるじゃないか。俺にも言えない特別が…」


「……。」


 ツミキは気まずそうに視線を逸らす。カミラは溜息をつき、ツミキの肩をパンッと叩いた。


「気にしてないよ。言えない理由があるんだろ?」


「…いや、言っても良いけど。説明がしにくいっていうか…」


「でもお前、ピーターには言ったんだよな?」


 ぷくー、と頬を膨らませるカミラ。

 ツミキは「あ、あれは見世物のために仕方なく…」と慌てて弁明する。


「まぁいいよ。――ところでさ、もし俺がお前の乗るチェイスを作ることになったらさ、チェイスの色なにがいい? やっぱ金色か! 金色だよな?」


 ツミキは「うーん…」と首を傾げ、空で銀色に輝く星を見つめて言う。


「…金(きん)はちょっと眩しすぎるから、僕は――“銀”ぐらいがちょうどいいかな」





* * *



 ツミキとカミラがメインテントに戻ったころ、入れ違いになるようにある二人が“ホトトギス”に足を運んでいた。


「かーっ、なんもない街ね! つまんな」

「おぬしは何でもかんでも文句を言いよるな…」


 少年と少女の二人組だ。茶色のローブを着ており、フードで顔を隠している。


 二人の内、少年の足に一つのチラシが引っかかった。少年はそのチラシを拾い、内容を見て笑みを浮かべた。


「これを見よ


 プールと呼ばれた少女は差し出されたチラシを口に出して読む。


「えっと、なになに…『世紀の娯楽ここにあり! 一度見たら失禁間違いなし! 狂気の曲芸ここに極まれり…』。サーカス? これがなによ?」


「明日の夜、開かれるらしい。見に行こうではないか!」


「ふざけんな! サーカスなんぞ興味ないっての!」


「待て待て。これも人材確保の一環じゃ。サーカスといえば度胸を必要とし、手先の器用さも必要、仲間との連携も必須じゃ。…おっと? これはパイロットに必要な条件を満たしているとは思わんか?」


 プールは不機嫌そうに固唾を飲み、肩の力を抜いた。


「…勝手にしろ」


「決まりじゃな! いやぁ、楽しみだのう!」


「アンタねぇ…! ん?」


 プールは遠くの方で独特の地鳴りを聞き、近くにあったボロ臭い一軒家を登り、屋根の上へ移動した。


「どうしたんじゃ突然…」


 金髪の少年もプールの後を追い、屋根の上へと行く。すると、視界の先には青色の巨大なロボット“チェイス”がホトトギスの街を揺らしながら滑走していた。


「…私らを追ってきた?」


「いいや、それはない。奴らはダミーを追っていったはずじゃ、それにワシら程度の賊に対するチェイスの数じゃないのう…」


 チェイスは量産型ポーン級だけでも十数機いる。


 サンタは「もしや…」と口元を歪ませた。


「…これはこれは、もう一つの探し物が近くにあるやもしれんのう…」


「なるほど。だったらアイツら、削っておいた方がいいわよねぇ…」


 プールは女性にも関わらず下衆な笑みを浮かべる。


「お主、まさか…」


「じゃ。また明日、サーカスのショーで会いましょう~」


「待て! なにをしに行くつもりじゃ!?」


 プールは決まってんじゃん。とローブの下に着たタイツのようなパイロットスーツのポケットから高さ10センチ、幅4センチのチェスのポーンの形をした駒を取り出した。


 この駒こそチェイスの元、起動ツール…プールは駒を握りしめ、金髪の少年に言い放つ。


「ほんの挨拶だって♪」

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