1-① 人間ダーツ
『レディィィィス&ジェントルメンッ!! 今宵もやってきましたこの時が!』
黒いハットを被った司会者がマイクパフォーマンスをしている中、一人の少年が幕の閉じているステージの上でセットである木の板を背にスタンバイしていた。
「き、緊張してきたぁ~!」
少年の名前は“ツミキ・クライム”。黒髪の十四歳男子。青いYシャツを着崩し、黒の学生ズボンを履いている。これは彼の衣装だ、どこにでもいそうな地味な男子学生。それこそ彼のステージ上のキャラである。
「落ち着けよツミキ。お前なら大丈夫」
声を掛けてきたのはセッティング係の少女“カミラ”。茶髪のポニーテールをした少女(十四歳)だ。白のキャミソールと青い短パンというラフな格好をしており、女の色気が感じられない。だが容姿は整っており磨けば簡単に光るのがわかる。
二人はサーカス団“モーニング・フェイス”に所属しており、現在開演中である。
「か、カミラァ~。変わってくれない…?」
「嫌だよ。俺はお前と違って死にたくねぇ」
「僕だって死にたくないよ!」
ツミキとカミラが会話していると、ステージの幕の隙間から光が差し込んできた。
カミラは「頑張れよ」と言い残してステージ上から去っていく。ツミキは一抹の不安を持ちながら光を全身に浴びた。
『お待たせいたしましたッ! 今宵のメインステージ――【人間ダーツ】ですッ!!』
「ど、どうも~」
さぁ始まる。狂気的なショーが。
『さて、初めてご覧になるお客様のためにルールをご説明しましょう! まずはこちらをご覧ください!』
司会者の“ピーター”が指をパチンッと鳴らすと、ステージの横からスコープ付きの真四角の機械が運ばれてきた。機械の横には銀色のナイフが大量にセットしてあり、機械の正面にはナイフを射出するための穴が開いていた。
『これこそ我らが開発した
ピーターはツミキに近づき、肩にポンッと手を置く。
『お客様に使ってもらい、見事このツミキ君に当て、絶命させることができたなら賞金100万Gをお渡ししますッ‼』
ピーターは裏方から渡されたターゲットマーカーシールをツミキの頭と左胸に張り、ツミキを各辺3メートルの正方形に張られたガムテープの中に引っ張る。
『ツミキ君はこの正方形に区画されたガムテープの外に出ることはできません!』
ピーターはツミキから十二メートル離れた所にあるマーダー君を指さす。
『参加者には十二メートル離れた所からマーダー君を使っていただきます。参加料は1万G! チャンスは
一斉に手を上げだす観客。
ツミキはその光景をステージから眺めて心の内で呟く、
――狂っている。
ピーターは手を挙げた観客の中から宝石を身に着けた肥満体系の男を指名し、壇上に上げる。
『今宵最初の参加者は、“マリンボー・カートラス”氏です! 皆さん拍手ッ!』
「へへっ、どうもどうも」
見るからに金持ちの男マリンボーは観客に笑顔を振りまきながらマーダー君のスコープに視点を合わせ、機械についたコントロールパネルを操作する。
(なーにが人間ダーツだ。こんなの簡単じゃねぇか、人間が十二メートルの距離で時速300㎞/hの物体を避けられるかよ…! 所詮は余興、金に興味はねぇが…)
マリンボーは標準をツミキの額に合わせる。
(人殺しには興味あるぜぇッ!!)
マリンボーは射出ボタンに親指を押し込む。
ビュッ‼
洗練された無駄のない軌道。ナイフは綺麗にツミキの頭に突き刺さるコースだったが、
「……。」
ひょい、とツミキは首を曲げ、簡単にナイフを避けた。
マリンボーは「ま、マグレだな」と二投、三投とナイフを射出する。二射目と三射目の間隔は短く、常人から見れば影が重なってるようにも見える。だがツミキはその連投を最小限の動きで軽く躱しきった。
「なん…だと? 」
『ぶ――――』
ブラボ――ッ!!!!!! と歓声が鳴り響く。
ツミキが躱したナイフは後ろに用意していた木の板に根元まで突き刺さっていた。ツミキはなにごともなかったかのように態勢を立て直し、マーダー君を睨む。
マリンボーは歯を軋ませ、懐から札束を取り出す。
「もう一回! もう一回だ! 金はたんまり払うッ!!」
通常は連コインを認めていないが、マリンボーが出した札束は合計で100万Gはある。ピーターは支配人に目配せし、グットのサインを受けてショーを続行する。
『私も人間、金には逆らえません…。
さらに支配人から“二倍ベット”のサインを受け、ピーターは承諾する。
『今宵はマリンボー様のベット金額を上乗せして賞金200万Gだぁああああああああああああああああああああああああああッ!!』
騒ぐ観客。
熱狂した空気はツミキにも伝わり、ツミキは全身に冷や汗を滲(にじ)ませた。
(ひえええええええ!? 頭おかしいでしょ、この人達――!)
「へへっ、次こそ当ててやる…」
マリンボーは下衆な笑みを浮かべてマーダー君を触る。
マリンボーがセッティングしている刹那、ピーターはツミキに小声で話しかける。
「…ツミキ。色付けて盛り上げろ!」
色を付ける。このサーカス団でその言葉は通常の芸に加えて+αなにかしろという意味だ。綱渡り中にジャンプしたり、ジャグリング中に体を回転させたり、そういった行動を示す。
「…い、色付けろって…ただ避けるだけでどう色を付ければ…」
「…馬鹿! カッコつけりゃいいんだよ! バク転して避けたり、歯でキャッチしたり…」
「…無茶言わないでくださいよ!」
「…お前もサーカス団の一員だろ! やりゃ、できるって! ――さぁマリンボーさん! 準備はいいですか?」
「ああ。OKだ」
マリンボーは標準を的の小さい頭から胸に変える。
(っへ! 今度こそ必ず殺す…)
マリンボーは袖から小型のフラッシュライトをのぞかせていた。
(眼さえ見えなければ見切ることはできまい…反射神経も、動体視力も見えなきゃ働かねぇぞ…‼)
ピカッ! とマリンボーの裾からツミキの顔面目掛けて光が放出された。
(眩し…!?)
ツミキは反射的に両眼を閉じ、右腕で目を覆い隠す。
『「バカッ…!」』
ツミキが目を閉じたのを見て慌てるカミラとピーター。
観客もツミキが目を閉じていることに気づき、ざわっと
「目ぇ閉じてるぞアイツ!」
「うわっ! ホントだ!」
「死ぬ気か!?」
マリンボーはニヤァ…と口元を歪ませてナイフを射出する。
「はっははぁッ!! 死ねぇッ!」
ビュッ!! ビュッ!! ビュッ!! と放たれた三本のナイフ。
目を瞑っていたら反射神経も動体視力も意味をなさない…にも関わらず、
「……!!!」
…ツミキ・クライムは目を閉じたまま全てのナイフを躱した。一つの動きで、三本全ての軌道から体を遠ざけたのだ。
「なっ――!?」
『えっ――!?』
「ツミ、キ――お前…」
ツミキはゆっくりと瞼を開き、下手な作り笑いを浮かべる。
「…これで、色は付いたでしょうか?」
ワアアアアアアッ!!!!!!!!!! と今日一番の歓声が会場に木霊(こだま)した。
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