1-④ “■■”が視える少年

『レディィィィス&ジェントルメンッ!! 今宵もやってきましたこの時が!』


 午後八時。サーカス団“モーニング・フェイス”のショーが始まった。


 ステージから見て最奥の席、そこで金髪の少年はポップコーンを食べながらショーを眺めていた。

 金髪の少年がポップコーンを一つかみ口に入れると同時に、隣の席に青髪の少女が足を組んで座ってきた。


「遅かったのう。プール」


「ちょっと雑兵ぞうひょうどもがしつこくてね」


「成果はあったんじゃろうな?」


量産型ポーン級十機ぶっ壊して一機鹵獲。ついでに補給地点も潰して来たわ。これで文句ある?」


「上出来じゃ。ワシらの存在を認識されてもあまりある働きじゃよ」


 プールは無断で金髪の少年の手元からポップコーンを攫いつつ、光り輝くステージを覗く。

 ショーのプログラムは全部で二時間半。プールはショーが始まってから二時間で苛立ちを爆発させた。


「つっまんな! こんなんで金取るの?」


 ギロッとプールを睨む周囲の観客。金髪の少年は溜息をつき、空になったポップコーンの容器を地面に置いた。


「もう帰っていい?」


「もう少し待たんか。そろそろ最終プログラムじゃ」


。アンタと私は協力関係にある、だけど勘違いしないで。私はアンタの部下になったわけじゃないから。命令すんな」


「…小娘が」


 サンタと呼ばれた少年とプールは睨み合う。しかし二人は一秒間睨み合っただけで同時に肩の力を抜いた。不毛な争いだとわかったのだろう。


「とりあえず座れ。これが終わったら次はぬしの方針で動こう」


「はいはい」


「ところで、これまでのショーで誰かめぼしい者はいたか?」


 プールは「そーねぇ…」と真剣な顔つきで答える。


「一人だけ」


「誰じゃ? 始めの玉乗りの女か、それとも調教師の青年か?」


「いーや…」


 プールはある男に目線を定める。

 しかし、その男は芸の演者ではなかった。


「間違いなく同業者なのよねぇ…うん、やっぱりいないわ。どいつもこいつも平凡、こんな砂漠地帯のサーカス団なんてたかが知れてるわ」


「そうだのう…ワシもピンとくる奴はおらんわ」


 ガッカリするプールとサンタ。

 二人の淀んだ空気を裂くように司会者ピーターの声が響き渡る。


「それでは大詰め! 昨晩大いに我々を盛り上げてくれた英雄の登場です! ストリートチルドレンの少年、ツミキ・クライムによる【人間ダーツ】の開演だああああああああああああああああああああああああああッ‼」


 ワアアアアアアッ!!!!!!!!!! という観客の歓声。プールとサンタは突然の観客の歓声に驚き椅子から滑り落ちた。


「な、なんじゃ一体?」


「…どうやら大トリみたいね。でも」


 プールはステージに出てきた青いワイシャツを着た少年を見て肩を落とす。


「あんなヒョロっちい奴の演芸なんか期待できないわね」


『さて、初めてご覧になるお客様のためにルールをご説明しましょう! まずは――』


 ピーターが人間ダーツの説明をする。

 プールとサンタは説明を聞き、プールは退屈そうに欠伸(あくび)をして、サンタは「ふむ。面白い」とステージに釘付けになっていた。


「アホくさ。私でもあれぐらい避けられるわ」


「ほう。見てから反応して間に合うか?」


「余裕。射出機の銃口を見て弾道を予測、あとはボタンを押す指の動きを見てタイミングを合わせる。ナイフを見て避けようとしなければ余裕よ」


 プールが言っているやり方も常人離れしている。が、彼女は知らない。彼がもっと異端なスキルを持ってナイフを避けているという事実を。


「さぁ決まりました! 今宵最初の参加者は“ネイト・ミクリヤ”様です!」


 派手な衣装を着た富豪が壇上に上がる。

 富豪の女性ネイト・ミクリヤは観客に手を振った後、すぐさま射出機に近づき標準を演者の少年ツミキ・クライムの頭に合わせた。


 プールは眠たげな瞳で壇上を見つめ。

 サンタはワキワキと手を動かしながら少年の瞳を見ていた。


『それではどうぞ!』


 ネイト・ミクリヤが射出ボタンを押そうとした瞬間、少年は動き出す。プールは演者の少年の動きを見てハテナを浮かべた。


(なんだ…?)


 動き出しのタイミングが自分の想像していた映像モノと合わない。もっと言うと、ワンテンポ遅い。だが――


「……!?」


 ジャスト回避。


 回避というものはある程度相手の動きを予測し、攻撃の前に避ける態勢をするものだ。射出してからツミキの立ち位置まで0.144秒(訳0.2秒)かかるとして、体を動かす時間も必要だから+0.5秒で0.7秒前、そこからさらに余裕を見て0.2秒合計で0.9秒前。これがプールの考える最短で最善の回避タイミング。 しかし――


(0.8、いや、0.7!?)


 演者の少年ツミキはプールの予想を超えるタイミングでナイフを避けた。思わず周囲の客と共に立ち上がったプール。彼女の驚きは他の客とは比べ物にならない、今の芸当がどれだけ異常かを彼女とサンタともう一人のみが理解していた。


「気づいたかプール。アレは動体視力や反射神経からなる芸当ではない。間違いなく――」


「…“心能しんのう”ね」


 心能。そう呟くとプールは席を立った勢いのまま、テントの外へ足を向ける。


「どこへ行く?」


「トイレよ」


「長くなりそうじゃな」


「うっさい!」


 サンタはプールの去っていくのを見て「やれやれ」と腕を組む。

 そしてステージ上で芸を続ける少年を見て呟く。


「ようやく見つけたぞ…“銀”の英雄、いや、まだ“銀”の卵といったところか」






* * *




 ショーが終わった後、ツミキはカミラと共に夜の打ち上げ用の買い出しに出かけていた。


「今日でこの砂漠ともお別れだな」


「だね。また王都近くまで戻るのかな?」


「さぁ? しばらくは田舎巡りを続けるんじゃないか?」


 このサーカス団は遠征中である。本部は王都近くにあり、現在は遠出して客を掴んでいる途中だ。現にこの砂漠地帯の富豪たちは遠出してでも彼らの後を追うものは増えただろう。


 今日はこの砂漠地帯でやった一週間の公演の打ち上げを派手に行(おこな)う予定だ。ツミキとカミラはその買い出しである。両手いっぱいに酒やつまみを抱えている。


「…よし。あとはピーターさんの言ってたお酒だけだ。この銘柄がある店は少し遠いね…カミラ、君は先に戻ってなよ」


「そうか? なんだか悪いな…」


「いいよ。先に始めてて。それだけあれば僕が戻るまではつなげるでしょ」


「わかった。じゃあ頼んだぜ、ツミキ」


 カミラはウキウキとメインテントに足を向け走っていく。

 ツミキは男のように跳ねる彼女の背中を見送って、再び歩み始める。


「もっと女の子らしくできないかなぁ…カミラは」


 人目の付かない砂漠道をツミキは行く、――その時だった。唐突にツミキはノーモーションで頭を下げた。


 バンッ!! と頭上で鼓膜が破れそうな銃声が響く。銃弾は先ほどツミキの頭があった位置を貫いていた。


「え…? え!? なんで、なにが!?」


 突然のことに驚くツミキ、状況が把握できず両手の荷物を手放し、背後に立っている拳銃を持っている人影を見る。


 そこに居たのは青髪の美少女。胸が大きく少しボーイッシュだが整った見た目をしている。


「あなた…誰で――ぶほっ!?」


 ツミキが問う前になぜか青髪の少女はツミキの頬を思い切り殴った。この時、重要なのはツミキが彼女の拳を避けられなかったことだ。


 無言で、背後からの射撃を避けれたツミキが、向かい合っての右ストレートを避けられなかった。少女はその事実に対してニカッと笑い、ツミキを見下ろす。


「やっぱりね。そういう心能のうりょくか」


 青髪の少女、プールはツミキの力を言い当てる。



「アンタ。人の殺意が視えるんだろう?」

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