1-⑤ 量産型vs量産型

 ツミキ・クライムが己の能力に気づいたのは十歳の時である。


 ツミキは空腹からパン屋で盗みを働いた。ツミキは必死に逃げたが、路地裏でパン屋の亭主に追い詰められ、銃を向けられた。


『クソガキッ! 死にやがれッ!!』


 その時だった。


 ツミキは己の額に黄色い×印を感じた。ツミキはその×印を避けるように動く、すると亭主が撃った銃弾はツミキに当たらず、×印を通って後ろの塀に激突した。その後、カミラの助けもあって逃げ切れたツミキは自分の体になにが起きたのか理解できていなかったが、同じような経験を重ねる内に理解する。


――自分は、人の殺意を×印で視認できる…と。


 厳密には視えるのではなく感じる。半径25メートル以内にある殺意を察知し、脳内にその殺意を中心とした映像が流れる。×印の色は赤、黄、青、紫の四色あり、紫→青→黄→赤と変色し、赤になって一秒未満に殺意を込めた攻撃は実行される。



――ツミキは自身のこの能力のことを“危険信号きけんしんごう”と名付けた。


「どうして…ピーターさんにしか言ってないのに…!」


「司会者の言葉。『必ずツミキを殺す気でやれ』、そう繰り返した時に漠然と思い浮かべてはいたのよ。殺意をトリガーにする“心能”だってね。そんで今の私の拳を避けられなかったので確信」


「心…能?」


「知らないの? 心の能力“心能しんのう”。後天的に身に付くことはない第六感、世界に千人ほどしか宿している人間はいないと言われている」


 心能。それは天より授かりし才能。


 努力で身に付くことは無く、科学的に解明できない力だ。ツミキの“危険信号”は間違いなく他の常人が持ちえない力、つまりは心能である。


「あ、あなた…もし僕がアナタの思うような能力ちからを持ってなかったらどうするつもりだったんですか?」


「はぁ? 死体が一つ増えるだけじゃない」


 平然とそう言い放つ目の前の少女に、ツミキは確固たる恐怖を抱いた。


(この人…ヤバい人だ…)


「なーに警戒してんのよ。結果的に生きてるんだからいいじゃない」


 本気で言ってるのか? とツミキはプールと目を合わせないようにして荷物を拾い集める。


「もう…僕には近づかないでください」


 ツミキがそう言って背を向けると、プールは「待ちな」とポケットからポーンの形をした青色の駒を取り出した。


「持っときな」


「え? ――ちょ」


 プールはひょいっと駒をツミキに投げる。ツミキは手の平でバウンドさせつつも何とか両手で駒を手中に収めた。


「それは人型量産型ポーン級チェイス“アズゥ”だ」


「アズ――」


「バカ! いま起動式を口にするなッ! 初期コードから変更させてないからチェイスが展開されるだろうが!」


「起動式…ま、まさかコレって!」


 ツミキは本で読んだだけだがプールの言っていることを理解していた。


 ――チェイス。その最大の利点はコンパクトさにある。


(チェイスの起動ツール…この駒を手に収め、“起動式”を口にすると発言者(パイロット)を中心として機兵が構築される。この駒の起動式は“アズゥ”というわけか…)


 駒から構築される機兵、チェイス。難点としては周囲にチェイスの構築を妨げる物がある場合は展開できない。一度圧縮(機兵状態から駒状態への移行)をすると三十分の休憩時間クールタイムが必要。下手に圧縮するとパイロットが高度二十メートル近くからはたき落とされること。しかし、そんな難点を補って余りある利点がある。


 まずは持ち運び、駒の大きさは高さ10センチ、幅4センチ(種類によって差はある)なのでポケットにロボットを入れておける。奇襲にはうってつけで移動式の格納庫も必要ない(整備する際は元の大きさでなければできない)。戦術を少しでも理解している者ならこの兵器がどれだけ恐ろしいかわかるはずだ。


 ツミキのような貧者では見ることすら奇跡に等しい逸品。そんな物を初対面の人間に渡されたのだからツミキが裏を勘ぐるのは当たり前のことである。


「…目的は何ですか?」


「なによ、ただの善意じゃない。――もうじき、必要になるかと思って」


「必要になるって…」


「アンタがいるサーカス団は近い内に侵略される。ってことよ」


 ゴォォォォォンッ!!


「な、なんだ!!?」


 プールの発言を裏付けるようにツミキの遥か後方で巨大な爆発音が鳴り響いた。

 ツミキは音の方を振り向く。――視線の先で煙が上がっている、その場所は…


「め、メインテントの方だ!? 一体なにが――」


「始まったか」


 プールは知ったような口ぶりで言う。


「どういうことですか!?」


「なんにも知らないみたいね。アンタらの団長は義竜軍からお宝を盗んで隠し持ってたのよ。当然、粛清されるわよねぇ?」


「だ、団長がそんなことするはずないでしょう!?」


「真実がどうであろうと、今、アンタの目の前で起きていることは現実だ。ジッとしてていいの? あっちにはお仲間がいるんだろう?」


 ツミキの脳裏に一人の少女の顔が過る。 


「…カミラ…」


 瞬間、ツミキは荷物を捨てて走り出していた。


 プールは「はぁ、やれやれ」とツミキの進行方向とは逆を向く。


 プールの視線の先には八機の青いチェイスが町を壊しながらプールの方向…正確にはサーカス団のメインテントの方へ向かってきていた。


「貧乏くじ引いたな…あっちの方が面白そうだけど、今のアイツにこの数は捌けないだろう」


 プールは「仕方ないわね…」と目の色を変える。


 プールは口元を歪ませ、ポーンの形をした起動ツールを親指で弾き、空中でキャッチしてその名を叫ぶ。


「まとめて私がぶっ飛ばしてやるよッ‼ ――起きろ、“トリゴ”ッ!!」


 瞬間、駒は弾き飛び轟音と共に白光が走った。プールを中心として重機兵が構築されていく。薄汚れた橙色のボディ、質よりも量を追求した多すぎる武装。スマートとはとても言えない重量感のあるチェイス。


――旧世代人型量産型ポーン級チェイス“トリゴ”がプールを内包し構築された。


 サーカス団のメインテントへ向かおうとしていた量産型の義竜軍チェイス八機はトリゴの姿を見て足を止める。


『隊長! あれを見てくださいッ!』


『重厚な装甲に頭に付いた四つのレンズ…トリゴ、“トリゴ使い”か!』


 義竜兵は憎しみを込めた眼差しでトリゴを見る。当然だ、彼らは先日“トリゴ使い”によって同胞を二十人近く殺されたのだから。


 プールはそんな殺意など鼻で笑い、トリゴに武器を持たせる。


 腰には二振りのナイフ、背中には三発撃てるバズーカランチャーが二丁、手に持つは右手にライフル一丁と左手に重そうな斧。さらに隠し武装として全身から噴き出る白煙、手榴弾、スタングレネード。


 それに対し、義竜軍のチェイス“アズゥ”が要する武装は振動剣ショックブレードとライフルとサブマシンガンが主だ。


 一見、武装が多い“トリゴ”の方が強く見えるだろうが、操作性の悪さから武装を存分に扱える者は少なく、剥き出しの手榴弾やスタングレネードが被弾し暴発したり、全身から煙を吹きだせば自身の視界もゼロになったりと欠陥が多かった。現代のチェイスはそれらのややこしい要素をすべて取り除き軽量化、無駄を取り除いた完璧なモデルなのだ。言うまでもなく、アズゥの方が量産型完成している。


『諦めて投降しろ。そうすれば死は免れるかもしれんぞ?』


 義竜兵と同じく、プールもトリゴの拡声機能をONにして辺りに己の声を響かせる。


「なにそのセリフ? アンタひょっとして自分が優勢だとでも思ってるの?」


『輸送機のクルーと同じにするなよ、昨日とは違う、我々は全員精鋭だッ! こちらこそ問おう。そんな骨董品こっとうひんで我々を倒せると思っているのか?』


 敵は精鋭、加えて八体一。どちらが優勢かと問われれば、百人中九十九人が義竜軍と答えるだろう。


――しかし、百人に一人の馬鹿はこう答える。


雑兵ぞうひょうがッ! 倒せるに決まってるじゃない!!」

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