1-⑳ “Andromalius”
『なんだ? なにが起こっていやがる!?』
シーザーは目の前で起きていることに理解が追い付かなった。
(“アンドロマリウスの右腕”から噴き出た霧がアズゥを包み込んでいる? しかも、あの…あの形は――)
ツミキの乗るアズゥは銀色の“アンドロマリウスの右腕”を除いて黒く染まった。その色は一切の隙間が無く、まるで影のような印象だ。――いや、印象ではなく、これは影なのだ。シーザーはその
『アンドロマリウス――!? いや、そんなはずが……しかし』
“
アズゥはすでに原型を保っていなかった。全く別の形のチェイスとなっていた。
アズゥのボディに比べて太かった銀腕は一新された漆黒のフォルムにピッタリとかみ合っている。これはもはやアズゥではない。別の“何か”だ。
ズシ。影を帯びたアズゥが一歩前に踏み込む。同時にアズゥの全身から禍々しいオーラが放たれた。黒く歪で狂ったオーラが戦場を支配する。
――“近づくとやばい”。
シーザーは直感する。否応でもわかる。このチェイスは異常だと。
(この現象はあの右腕が原因か? いいねぇ、これぐらいやってくんねぇと奪い甲斐がねぇ!)
シーザーの愛機、ヴァイオレットの右手の甲に銃口が現れる。
『これでもくら――』
スッと
『速い?』
そして黒影は左手でヴァイオレットの頭を掴みにかかる。だがその動きはあまりにスローだった。
(いや、トロイッ! 動きが変則的なだけだ!!)
シーザーは突然の出来事に思考を止めかかるが、ヴァイオレットを下がらせることに成功した。
『空振りだな!』
影の左手は空を切る軌道、しかし、
ぐるん。
『なっ――!?』
左腕は関節を消し、信じがたいことに伸びた。
『(腕が伸び――) ぐがぁ!?』
影を纏ったアズゥの左腕は機械としての常識を遥かに逸脱した風貌になっている。関節のない人間の腕のようだ。
ヴァイオレットの頭が影の手に鷲掴みにされる。シーザーは影の指の隙間から銀色の右腕を見て背筋を凍らせた。
銀色の右腕、その掌底には赤黒く、歪んだエネルギーが溜められていたのだ。
――“当たったらただじゃすまない”。
シーザーは確信し、ヴァイオレットの頭を取り
『当たらなきゃどうってことな――』
音は無かった。
シーザーは背後を見て不意に涙を瞳に浮かべた。
『お、おい……? 冗談だろ?』
……背景が変わっていた。
先ほどまでヴァイオレットの後ろにあったビルが大穴を開けて、その穴を中心に物理法則を無視してねじ曲がっていた。穴を覗いてもなにもない。全て消え去っていた。
(なんだ……あの破壊の跡は? まるで空間ごと捻じ曲げたような……)
――もし、今の攻撃を受けたらどうなっていた?
その答えを想像した時、シーザーはひたすら後退していた。
(きょきょきょキョ距離ッ! 距離距離距離距離距離距離距離距離ッ!!!!!! 距離を取れ!!! あんなもん受けられる機体は、いや、受けられる物質はねぇ!)
距離を取るヴァイオレット。アズゥを支配した“何か”はヴァイオレットを追ってこなかった。
シーザーは立ち止まっている
『どうした? なんで止まって――』
ぬるん。
黒い曲線の跡を引き連れて黒影はヴァイオレットとの距離を詰めた。
その動きはもう機械の動きではない。
(不気味の谷を越えているッ! コイツはもうロボットじゃない、ただの
腕は伸び、指は尖る。関節は自在に曲がり、顔には口のようなものが見える。
「――もう、戸惑いはない」
黒い血を右目から流しながらツミキは呟く。
「アナタは僕から全てを奪った。だから僕もアナタから全て奪う。――ぶち殺してやるよ。バジル・シーザー」
――ツミキの右目には真っ黒な×印が浮かんでいた。
変幻自在の影の左腕がヴァイオレットを襲う。ヴァイオレットの左手を影に
『好き勝手するんじゃねぇ! 奪っていいのは俺だけなんだよッ!!』
ヴァイオレットの左手の裏から仕込み刀が現れ、影に向けられる。
ツミキはその攻撃を……
――見切れなかった。
((なに?))
同様の戸惑いがツミキとシーザーに生まれる。
仕込み刀による攻撃はあっさりと通り、黒影の左目部分を突き刺した。
(今、俺は間違いなく殺意を込めた)
(――なのに、危険信号が反応しなかった? そんなことは今までで一度もなかったのに……?)
(まさかコイツ……)
シーザーは確証を得るために胸部に搭載されたライフルで奇襲をかける。
――放たれた弾丸は簡単に黒影の脇腹を貫いた。
『間違いねぇ……! 危険信号が消えているッ! だったら――』
「なんだと言うんです?」
シーザーの希望を消し去るように銀腕から波動が放たれた。ヴァイオレットの左腕、その肘から下は存在を消した。
「確かにアナタの殺意は視えない。だけど――今の僕は凄く調子がいい……」
ツミキの視線の先には大きな×印が一つ浮かんでいる。
――(この大きくて真っ黒な
その×印はヴァイオレットのコックピット……正確にはシーザーに張り付いていた。
――(
シーザーを追い詰めながらツミキは笑う。
「そうか、そういうことか。――これが、僕の
真っ黒で禍々しい。醜く、墨汁の付いた筆を叩きつけたかのような×印だ。その×印が大きく、黒く、暗くなっていくとともにツミキの操縦スキルは上がっていく。なんとも言い難い高揚感にツミキは体を委ねた。
伸びた腕がヴァイオレットの近接を封殺する。自在に動く体とツミキの操縦スキルが放たれた弾丸を簡単に封じ込める。シーザーはジワジワと遊びながら近づいてくる黒影に恐怖を募らせ、奥の手を使うことを決心した。
『があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!
ヴァイオレットの体中の砲門が開く。
ヴァイオレットの禁呪解放。それは体中の暗器の発射である。つま先から指の先、頭まで武器は搭載されている。その全てを一斉に発射すれば避けることも防御することもできない。
『死に晒せッ!!』
砲門から攻撃が来る直前、黒影の口がパカッと開いた。
『ハハハハハッ! 避けようがな――【〔『〖「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア ア ア ア ア ア ア ア アアッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」〗』〕】
放たれた弾丸、矢、刃、砲弾、その全てが――
咆哮一つに
『なんなんだよ。なんなんだそりゃッ! えぇ!?』
音の壁がバリアのように黒影の周りを囲む。一射目の後を追う武器は全て空中で一瞬静止したあと、無残に後退した。
「見せてあげますよ。あなたにも、僕の景色を――」
シーザーは体に違和感を感じて視線を落とし己の体を見る。
『――いッ!?』
そこには強大な×印が描かれていた。
全身に悪寒が走る。体中から汗が染み出る。
――危険信号……?
『気持ち悪い! 消えろ、消えやがれッ!』
シーザーは自身の体を叩き、×印を消そうとするが意味はない。それは現実にあるわけではないのだから。
『はぁ……! あぁ!?』
頭と左腕を失ったヴァイオレットはシーザーの動揺に引っ張られ尻もちをつく。
そのすぐ目前には
『待てツミキ! 話があるッ!!』
『俺は反省したぜ……! 悪かったッ!』
「信じられません」
『この通りだ!!』
シーザーはハッチの上で土下座を始めた。ツミキはその様子を冷たい瞳で見守っている。
「……もう、悪いことはしませんか?」
『しない! 絶対にしないッ!! 約束する! これからは自分の罪を償うために一生人のため、世のために動くことを約束するッ!!』
涙と鼻水を同時に流しシーザーは上目遣いでツミキに懇願する。
ツミキはその姿を見て銀腕を引いた。
「わかりました。ただし、また何か悪事を働いたら、――許しませんからね」
『当然だ! ありがとよぉ……ツミキ』
黒影がシーザーから視線を外した。その時――
(馬鹿が!)
シーザーはすぐにコックピットに戻り、ヴァイオレットの右拳の仕込みメリケンでアズゥのコックピットを狙う。メリケンの先には高周波の空気振動が起きており、並大抵のチェイスの装甲は削ることができる。
(危険信号は無し。装甲はそこまで堅くないのもわかっているッ! いくら機体が化物でも、パイロットさえ殺せばこっちのモンだッ!! ――貰ったッ!)
コックピットに迫るヴァイオレットの拳。微動だにしない黒影。
シーザーが勝ちを確信した……その時、ツミキはノールックで拳を躱し、黒影の左腕がヴァイオレットの右肩を掴んだ。
『へ? ――うがッ!?』
黒淡の左手はヴァイオレットの右肩をギギギギッ! と握りつぶし、そのまま五指を伸ばして機体全体を捕縛する。
『馬鹿なッ!? 危険信号は機能してなかったはずだッ!!!』
「
銀腕に溜められる波動。
シーザーは操縦桿を振り切るが、影に支配されたヴァイオレットはピクリとも動かない。
『動け! 動けよクソッタレッ!!』
「救いようのない人だな」
『ま、待てツミキ! 話せばわかる! 話せば――』
「話さなくてもわかる。――アナタを生かす意味はない」
『待て待てッ! 知らねぇのか!? 人殺しはいけないことなんだぞッ!!!!』
ツミキは「アナタがそれを言うか」とシーザーをあざ笑う。
「安心してください。これは“殺し”じゃありません、“駆除”です。僕は世界を蝕む害虫を駆除するだけだ。悪いことなんて何一つない、世界を正すための正義の行いなんだ。そう、僕は正義だ。だからこれは罪じゃない――だろ? 【ツミキ】」
銀腕が今まで見たことのないほどのエネルギーを溜め込んだ。赤黒い光が夜空を照らす。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!!!!!』
――“死ね”。
ツミキが呟くと銀腕は動き、ヴァイオレットのコックピットごとシーザーを消滅させた。
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