last episode “序章”

 シーザーは倒した。アーノルドは撤退した。追ってきた義竜軍はプールが撃退した。


 完全勝利。アンドロマリウスの右腕争奪戦はツミキ、プール、サンタの三人の勝利で幕を閉じた。


「……終わったんだ、全部」


 ツミキは胸をなでおろす。するとアズゥの体から黒い影は去っていた。だが同時に――


「いぎっ……!?」


 ツミキの左目と脇腹に強い衝撃が走った。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!?」


 なにが起きたかわからず困惑する。当然、持病も無いし今の戦闘でなにか怪我したわけでもない。


(いだいいだいいだいいだいだいッ!!! 左目とわき腹がッ!!?)


 痛みの順位としては左目→脇腹→手→足の順番だ。


 左目にはまるで刀に貫かれたような痛みが、わき腹には銃弾で撃ち抜かれたような痛みが、足はマラソンを走った後のような疲労感・苦痛、両手は痺れて全ての指が突き指したように痛い。


「がっ――は……」


 ツミキは痛みのあまりに意識を失った。


 今ツミキを襲った痛みの正体は先ほどの“promotion”の反動である。あの状態のチェイスがダメージを受けたらそのままパイロットに返ってくるのだ。


 実際に外傷があるわけではない。この痛みは全て幻想、幻に過ぎない。――しかし、ツミキ・クライムはこの痛みが原因で左目の光を失う事となる。


 膝を崩し、地面に倒れこむアズゥ。その正面には二つの人影があった。


「フハハハハハ! 見たかプールよ、あれこそが“アンドロマリウス”。世界を制す力じゃ!」


「それはいいけど、私らもいずれあの化物を相手取るのよね。テンション上がっちゃうわ」


 倒れたアズゥをプールは外からハッキングし、圧縮させ駒の形にする。これにより中にいたツミキは外に投げ出された。


「ったく。最後まで世話の焼ける奴」


「だが、こやつのおかげワシらは勝てた。素晴らしい潜在能力を秘めているのう」


「ならやっぱり――」


「当然、逃しはしない」


 サンタとプールは顔を合わせて不気味な笑い声を出す。

 プールがツミキを担ぎ、トラックに運ぶ。ツミキはそのまま丸一日目を覚ますことはなかった。



……こうして“アンドロマリウスの右腕”は完全に反政府勢力の手へと渡った。ミソロジアを支配する義竜軍はその通達を受けて動き出す。


 そして同時に“アンドロマリウス”は選ばれし者達へと誘われていく。


――ある貴族出身の軍人は通達を受け、


「私が“アンドロマリウスの右腕”の追跡チームに……?」


――あるエースパイロットは水の都にて、


「私が“アンドロマリウスの左足”を?」


「アナタが適役だとアルタイル様が判断したのよ♡ 黙って受け取りなさい♡」


「わかりました。これも仕事ですからね」


――ある商人は王都にて、


「これが……“アンドロマリウスの頭部”――」


「半年後、貴殿の美術館にこれを展示してくれ」


「ほ、本当によろしいのですか? 私どもとしましてはこれほど客を集める品はありませんから喜んで引き受けますけど、無償でこれを……」


「うん、大丈夫だよ。義竜軍の要求はただ一つ、辺境の地まで届く宣伝だ。それさえ守ってくれれば何も言わない。……これは撒き餌だからね」


――ある英雄は監獄の一室にて、


「ツミキ君か。いずれは返してもらうけど、今は預けとくよ。僕の“アンドロマリウス”を」


――ある少女は未だ目覚めず、義竜軍の手術室、手術台の上で体に金属を埋め込んでいた。


『リウム合金結合完了。細胞は拒絶反応を起こしていません、成功です!』


「うむ。目が覚めたら早速我が軍のテストパイロットとして働いてもらおう。えっと……サーカス団の名簿によると、この者の名は――」


 歴史の歯車はゆっくりと回り始めた。


 “アンドロマリウス”のパーツは選ばれし者達の手に渡り、戦いが巻き起こる。その先に待つのは平和か戦争か、全てのパーツが揃うのはこれから一年も先のこととなる。












 :エピローグ:



「よし。これで完成だ!」


 砂漠での戦いが終わってから三日が経った。


 ツミキは砦を越えた先にある街、第六廃棄指定地区“ドナー”の端、誰も使っていない墓地だった場所に多数の墓を作った。


 墓と言っても中学生が見様見真似で作った物。石の形はバラバラで線香を立てる場所を木造りであったりと欠陥だらけ。しかし、努力の跡がところどころに見えるそれは技術よりも大切なモノが詰め込められていた。


 ツミキは“カミラ・ユリハ”と書かれた墓の前で寂しそうな表情を浮かべる。


 そんなツミキの元に一人の少女と一人の少年が訪ねる。


「ここにいたのか」


「探したわよ、ツミキ・クライム」


「サンタさん、プールさん……」


 青髪の少女プールはツミキに近づくと唐突に右こぶしをツミキの左目側から寸止めする。そしてツミキの反応の鈍さを見て確信する。


「アンタ、やっぱり左目が見えてないのね」


「――はい。多分、これが罰なんでしょうね……ピーターさんを殺したことの」


「そんなんで罰受けるなら私は今頃爪一つ残ってないわよ」


「はははっ! ワシもじゃ」


「あはは……胸張って言う事じゃありませんよ!」


 まったく。とツミキは二人から視線を切る。


「ありがとうございました。お二人のおかげで僕は今生きています。本当に感謝しています。今度どこかで会ったらなにかお礼を――」


「はぁ? アンタなに言ってんの?」


「礼は今すぐかえしてもらわんとな」


 ツミキは「え?」と口を開ける。


 サンタとプールはニヤリと口元を歪ませ、ある請求書をツミキに見せる。


「アンタが壊したアズゥのパーツとこの三日間の治療費」


「全部合わせて1000万G。そっくり返して貰おうか」


「え……? えええええええええええええっ!?」


 ツミキは請求書に提示された額を見て目を丸くした。


「こ、こんなお金……一生かけても支払えるかわかりません」


「ならアンタもついてきなさい。私たちの旅に、アンドロマリウスのパーツを探す旅にさ」


「え?」


「そうすれば借金はチャラにしてあげる」


 ツミキは「しかし」と表情を暗くする。


「世界を変えたいのだろう? ならば、選ぶ道は一つじゃ」


 ツミキにとってこの誘いは心底嬉しかった。ツミキは世界を変えたいと願っている、英雄になりたいと願っている。なら、彼らについて行くのは最善とも言える。


 だがツミキはこみ上げてくる笑みを抑えて首を横に振る。


「で、でも、僕はトロいですし、不器用ですから、足を引っ張りますよ」


「ふん。そんなぬしにお似合いの駒がある」


 サンタはそう言うと懐からある駒を取り出し、ツミキに見せる。


「これって……将棋の“銀”、ですか?」


「うむ。一つずつしか動けず、横に動くことも後ろに下がることもままならん。――しかし、一歩一歩しっかりと歩いて経験を積み重ねる。積み重なった経験はいつしか盤上を支配し、勝利をもたらす。それがこの駒――“銀”じゃ。鈍くさいぬしにピッタリの駒じゃろう?」


 ツミキはサンタより銀の駒を受け取り見つめる。


「銀――か」


 プールはツミキの表情を見て左目を閉じて言う。


「ツミキ。アンタは“銀の英雄”になりなさい」


「銀の英雄?」


「世界一不器用な奴のことだよ」


 サンタとプールは表に停めてある軽トラの方へ歩いて行く。


 ツミキはサンタから受け取った“銀”の駒を握りしめ、二人の後を追う。





 この先、多くの試練が待っているかもしれない。耐えられない苦難が待っているかもしれない。それでも少年は逃げずに立ち向かう。一歩一歩積み重ねて――


「カミラ……僕でもなれるかな? “銀の英雄”に――」


 これは少年が“英雄”になるまでの道中を記した物語、そのほんの序章である。

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“銀”の英雄  空松蓮司 @karakarakara

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