1-⑧ “世界を変える力”

『……。』


 アズゥがウィリディスを殴り倒すと、ウィリディスは地面に背を預けたまま微動だにしなくなった。

 さすがに機体状態はまだ全然無事なはず。もしや……とツミキは一つの推測を立てる。


「コックピットの中で頭をぶつけて気絶したとか……? ――なら、」


 ツミキの脳裏に親友の少女が浮かぶ。


(カミラの仇をッ!)


『クソッタレがあああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!!!!』


 拡声器で膨れ上がった怒声がキャンプ地に響き渡る。


 ウィリディスのパイロット“アーノルド”は、その瞳の色を青から赤に変色させていた。


『下民風情が……! 舐めやがってよおおおおおおおおッ!!!!』


 ウィリディスは顔を押さえながらゆっくりと立ち上がる。


「な、なんだ? さっきと雰囲気が――」


 当然のことだが心能を持つのはツミキ一人じゃない。アーノルドもツミキと同様、心能を持つ者だったのだ。



――心能“一貴一賎”いっきいっせん



 心能には“発芽型はつががた”と呼ばれるものと“開花型かいかがた”と呼ばれるものの二つの種類がある。


 発芽型はツミキの持つ“危険信号”のように本来見えないはずのものが見えたり、ありえない感覚が芽生える心能を指す。つまりは第六感を芽生えさす能力だ。


 それに対して開花型は感覚が増えるわけではない。開花型は全て“一定の条件をクリアすることで潜在能力を開花させる”ものである。


 アーノルドが持つ“一貴一賎いっきいっせん”は開花型の心能。その能力は“貴族としてのプライドが傷つけられればられるほど強くなる”というものだ。そして、心能が機能した時、彼の性格は高貴なものから下賤なものへと変貌する。


『てめぇクソガキッ! 首輪つけてスラムのババアに売りさばいてやるッ! ……この俺が、テメェなんぞに――てめぇなんぞにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 ウィリディスは地面を蹴り、ツミキの乗るアズゥに距離を詰めてきた。瞬間、アズゥの体に五つの危険信号×印が浮かび上がる。


(一気に五つも!?)


 それはつまり、アーノルドが一瞬の内に五手まで頭に浮かべているということだ。一振り目、右肩への薙ぎ払い…


「――! 躱せるッ!!」


 “危険信号”vs“一貴一賎”。


 ツミキが斬撃を避けるとアズゥの体から残り四つの危険信号が消え去った。――同時に、コックピットに赤色の×印が浮かぶ。


(切り替えた……!?)


 つまりアーノルドは一振り目が避けられたのを見て攻撃する箇所を全て変更したのだ。危険信号は未来予知ではなく読心の劣化能力だ。相手が自分の動きを見て考えを改めたら危険信号の位置は変更する。


『おらよ!』


 ウィリディスはさらに距離を詰め、紅蓮の剣の柄頭でアズゥのコックピットを攻撃する。


「つ、潰される!!」


 柄頭はアズゥのコックピットにめり込んでいく。ツミキは何とかアズゥの左手で柄を押しのけ、距離を取る。


 ウィリディスは腰に手を当て、アズゥを挑発する。


『ハハハハハッ! わかってきたぜ! テメェの倒し方がなぁ! どれだけ勘が良かろうと、避けきれない攻撃ってのはあるよなぁッ!!』


 ツミキは額の汗をぬぐい、状況を見極める。


(どどどどうしよう……!? ただでさえギリギリだったのに、まだあの人は強くなるのか!)


 機体性能で負け、パイロットの能力も負け、意外性心能も迫られた。


 敗色濃厚、確固たる死の気配を目前に据えてツミキが歯をガクガクと震わせていると、見知らぬ番号からアズゥに連絡が入った。


『座標に行け』


「……え?」


 聞いたことのない少年の声。恐らく自分より若い声にツミキは困惑した。


『グエン・センフルからレーダーを受け取っておるじゃろう?』


「だ、団長の……」


 ツミキは胸ポケットから団長より預かったレーダーを手に取る。そのレーダーに示された座標は現在進行形で移動しており、このキャンプ地に近いところまで来ていた。


『そこに行けば勝ち目はある。まずは左手側に見える林を抜けろ』


「君は一体?」


『ワシのことはいい。早く行け! 勝ちたいのならばな』


『なーにボーっとしてやがるッ!』


 ツミキは迫るウィリディスを見て声に従うことを決めた。


(どっちみちこのままじゃ確実に負ける! だったら――)


 ツミキは唾を飲み込み、呼吸を整える。


「確か武器の中にスモークグレネードが……」


 ツミキはタッチパネルを操作し、発射式のスモークグレネードをアズゥの左手の掌から発射する。

 ウィリディスは放たれたスモークグレネードを紅蓮の剣で叩き斬るが切り口から煙が噴き出し、煙幕から逃れることはできなかった。


『っち! うざってぇッ!』


「今の内に……」


 アズゥは左手側の大木たちの間を抜けていく。


『待ちやがれッ!』 


 アズゥが林を抜けるのと同時にウィリディスは林に入った。――その瞬間、



 ドゴォンッ!! と大木の根元で爆発音が鳴った。



『なんだと!? クソッ!!』


 根元を的確に爆破され左右から倒れこむ大木。大木を避けるためウィリディスは一旦キャンプ地までバックする。この爆発のサンタ主犯はアーノルドを鼻で笑い、姿を消した。


『絶対に逃がさねぇ…』


 そうアーノルドは呟くと、赤い剣を紫色に変色させ、ウィリディス自身の右肩に突き刺した。


禁呪ゲッシュ解放かいほう――!』




 * * *




 “ホトトギス”を出たツミキは団長から受け取ったレーダーが示す座標へと来ていた。


「多分、ここのはずだけど…」


 砂漠の中、不自然に地面が凹んでいるが凹ませている“何か”が見えない。


(これは不可視フィールドかな? そうか! このフィールドの中に隠れればあのチェイスから身を隠せる……!)


 アズゥがその建物に触ろうとした時、見えない何かに躓いてバランスを崩した。


「うわぁッ!?」


 バランスを崩し、建物に倒れこむアズゥ。不可視の建物の壁面を壊し、アズゥは神秘的な空間へと侵入した。ツミキは頭を起こし、辺りを見渡す。


「この形は、もしかしてピラミッドか?」


 中から見た建物の形状でツミキは建物の正体がピラミッドだと看破した。


「ん? アレは…」


 ピラミッドの中に銀色に輝く物体を見つけ、ツミキはアズゥをその物体に近づけさせる。


 アズゥが左手で布をめくり、その物体の全貌をツミキは見る。


「これは、チェイスの右腕かな?」


 銀色でアズゥの腕より少し太い右腕。


 ツミキは「好都合だ!」と先ほど焼き切られたアズゥの右腕を取り外す(パージ)する。


「やった! ちょうど右腕が無いと不便だと思ってたんだ……えっと、結合――できるよね? 型(タイプ)が合ってないとだめなのかな。こういう時、カミラが居てくれれば……」


 カミラを思い出し、ふと涙を瞳に溜めるツミキ。


――その後方に、月光を浴びて光輝くチェイスが立っていた。


『おい。見つけたぜクソガキ』


 ツミキは声の方向へ振り向く。


 さきほどアズゥが開けた穴。そこに紫色の光のラインが入ったチェイスが立っていた。右肩に突き刺さった剣が中心となり、そこから光のラインが全身に走っている。


「な、なんだアレ……! パイロットだけじゃなくて、チェイスもまだ上があったのか……?」


 絶望がツミキを襲う。


 勝利を確信したアーノルドは下衆な笑い声をピラミッド内に木霊させた。


発展型ナイト級以上のチェイスのみ宿す“禁呪ゲッシュ”。それを解放したッ! 今の“ウィリディス”は機動力速さ火力強さ防御力堅さ、全てが二倍だああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!! ハハハハハハハッ! テメェに勝ち目は万に一つも――ん? お前……』


 アーノルドはアズゥが左手に持つ銀色の右腕を見て目を見開く。ひたいには汗が浮かび上がり、舐められたような悪寒が背筋を走る。


(馬鹿な!? アレは資料で見た“アンドロマリウスの右腕”ッ!!)


 国宝とも呼ぶべき兵器。それは、例え貴族でも無闇に触れば大罪とされる代物……


「は、はやくこの右腕を付けないと……!」


『馬鹿ッ!! よせッ!! それは――』


 アズゥがガチャ、と左腕で無理やり銀色の右腕を右肩部分に押し込む。すると、銀腕からくだのような触手が湧き出て接続部分の不備を一瞬で改造した。


 ぶわっ。と銀腕から黒い血管のようなエネルギー回路が走り、アズゥの全身を駆け回る。アーノルドは今、目の前で起きた出来事の異常さを全て理解し、確信する。


(ま、間違いねぇッ! コイツ、自分でなにをやったかわかってんのか!? 量産型ポーン級の体に最上位型クイーン級の腕をくっ付けたんだぞ……!!)


 ツミキは正面のパネルに映し出された真っ黒で禍々しい文字を読み上げる。



「“Andromalius”?」



――弱者ポーンの体に英雄クイーン宿やどった。

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