1-⑫ 悪鬼
約束の時刻通り、ピーターはメレス山脈にあるテッペンが平の山、その頂上に来た。すでにツミキは待ち構えており、その表情は疑心に溢れている。
山と言うのは低く、螺旋状に自然の階段が出来ており自力で簡単に登れる場所だ。ただ面積は相当なもの。チェイスが暴れても問題ないほどに……
「ツミキ! 生きてたのか!? よかった。探してたんだぜ!」
だがツミキの予想に反してピーターは笑顔でツミキに手を振ってきた。
「ぴ、ピーターさん……」
ピーターは焼け焦げた服を着ている。まるで自分は昨日の戦いに巻き込まれたのだと主張するように。
ツミキは悩んでいた。どちらを信じるかを。
ツミキの信頼度はサンタやプールよりピーターの方が高い。当然だ、共に過ごした年月が違う。だがサンタとプールが嘘を付く理由もない。
第三者目線で言えば、信じるべきはサンタとプール。
個人の感情込みならピーター。
いくら考えても答えは出なかった。ならば、本人に聞くのが一番手っ取り早い。
「ピーターさん。アナタがハングゥコルンのリーダーで、“ホトトギス”を崩壊するように仕向けた主犯だというのは――本当ですか?」
なにも飾らずに聞く。お世辞にもツミキは心理戦が得意なわけじゃない。下手なカマかけはしない。カマをかけるのは一度、サンタに授けられた一つのトリックのみ。
ピーターは真っすぐな瞳でツミキの疑惑を否定する。
「――俺が盗賊団のリーダー!? 冗談だろ! 俺は今から奴らに復讐しに行くところだッ!」
ずっしりと熱い言葉が聞こえる。それはツミキがよく知るピーターの声だった。
ツミキは信じたくなる気持ちを抑え、疑う。
「し、信じられません!」
「なら逆に聞くが、俺がハングゥコルンのリーダーだという証拠はあるのか?」
「え?」
「ハングゥコルンのリーダーがホトトギスを戦場にしたのは事実だ、だが俺とそのリーダーは別の人間だ! ツミキ! お前は騙されているんだ! 奴らはお前を利用して俺から情報を引き出し、俺が団長から託された宝を奪おうとしているッ!」
「宝……?」
「知ってるだろ! 団長は二つの宝を持っていた。一つはアンドロマリウスの右腕、もう一つは俺が隠し持ってる特別なチェイスだッ!」
ツミキは戸惑う。
(も、もう一つの宝の話なんてサンタさんから聞いていないぞッ!)
「まさか、知らなかったのか?」
「あ、いや――」
「やっぱりな。ツミキ、俺を信じてくれ。俺に協力してくれれば万事うまく行く」
ピーターはツミキが欲しがりそうな言葉をひねり出す。
「仲間の仇を、カミラの仇を取ろう……! ツミキッ!!」
その言葉が決め手だった。
ツミキの心はすでに半分以上シーザーに傾いている。だが、残りの数%の疑心を捨てるためにツミキは感情を抑え、表情を暗くする。
(や、やっぱりピーターさんは裏切り者じゃない! サンタさんの勘違いだ。で、でも、一応サンタさんが言ってたことを試してみよう――)
ツミキは声を低くして、ピーターに言う。
「ピーターさん。僕と手を組みたいんですよね?」
「ああ。当然だ!」
「――だったら何で、僕の左胸に×印が視えるんですか?」
「なに?」
「ピーターさんには教えたはずです、僕は人の殺意が視えると。さっきからずっと見えるんです。紫色の×印が僕に……」
ツミキのこの言葉こそサンタより授けられたブラフ。ツミキは今、殺意を感じていない。
ツミキの危険信号は方法を考えていない殺意には反応しない。刺して殺す、撃って殺す、殴って殺す、そういった行動をイメージしている殺意以外は視えない、厳密には見えにくいのだ。漠然とした殺意……例えば『今は利用して、いつか殺そう』といった
だがそれをピーターは知らない。ピーターが知っているのは“ツミキは殺意が視える”という情報のみだ。
もしピーターがツミキに微塵も殺意を
だがもし少しでも殺意を抱いていれば――
「ぴ、ピーターさん?」
ピーターは静止する。
肩を震わせ、顔を伏せる。それはツミキにとって予想外の反応だった。
「フッ……駄目かぁ! いやぁ、ダメダメ。殺意を持たないよう気を付けてたのに漏れてたか。仕方ないな。危険信号、思ったより精度は高いようだ」
「え……?」
「さっきのもう一つの宝の話も嘘な。俺が狙うのはアンドロマリウスただ一つだけだ」
危険信号についてそこまで詳しい情報を知らないピーターは上手く殺意を抑え、
――ツミキを殺そうと考えていなけば、かかることないブラフに……
「まぁバレちまったもんが仕方ねぇ。悪いが死んでもらうぜ……俺の正体を知ってる奴は生かしておけねぇんだ。欲を言えばお前が握ってるであろう“アンドロマリウスの右腕”の情報を引き出したかったが、めんどくさくなってきた」
「う、嘘ですよね……ピーターさん?」
「――なぁツミキ。団長の腹には三つ穴が開いてただろ?」
ツミキは団長の死に際を思い出す。確かに団長の腹には銃で撃たれたであろう跡が三つあった。
ピーター……いや、シーザーは懐から血みどろの拳銃を取り出す。
「楽しかったなぁ。一年もの間、この俺を手下扱いしてやがったあの野郎を虐めるのは……楽しみすぎて逃がしちまったのは予想外だったが」
「まさか、団長を撃ったのは――!?」
「当然俺さ。え? 当たり前だろ? この俺に対してあの野郎、撃たれた後に何て言ったと思う? 『息子のように愛していた……!!』だってよ。舐め腐ってるよなぁ、ああいうナチュラルな上から目線には
ツミキは体を震わせる。
怯えからじゃない、明確な怒りからの震えだ。
「聞かせてくれツミキ。カミラの死に様はどうだった? エルドは? ユミーナは? シャリィは? 作戦上仕方ないとはいえ、アイツら全員俺を舐め腐ってたからなぁ、俺の手で殺したかった。残念、残念♪」
「全部……!」
「ん?」
「全部嘘だったんですか!? 僕らに優しくしてくれたピーターさんは、誰よりも義理堅いピーターさんは、あの時、サーカス団に入りたての僕達を導いてくれたピーターさんは――」
シーザーは小さくため息をつき、舌を出して言い放つ。
「偽りの日々に、
瞬間、ツミキはポーンの形をした起動ツールをポケットから取り出し、握る。瞳には確固たる覚悟の炎が燃えていた。
「――殺す」
同様にシーザーも懐からナイトの形をした起動ツールを取り出した。
「かかってこい。教育してやる」
二人は掌に駒を収め、起動式を叫ぶ。
「力を貸してくれッ! “アズゥ”ッ!!!!」
「奪え。“ヴァイオレット”ッ!」
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