1-⑬ 武器は隠すモノ

 発展型ナイト級人型チェイス“ヴァイオレット”。


 バジル・シーザーが義竜軍より盗んだチェイス。紫色のボディ、アズゥの1.5倍はある体躯と厚い装甲。水色のモノアイ一つ目が冷たく戦場を眺める。


 その大きな特徴は……


――目に見える武器が一切いっさいないことである。


(武器が無い? 格闘戦しかやる気がないのか?)


 対してツミキが展開したアズゥはプールより預かったライフルと振動剣を持っている(ちなみにこれらの武装はプールが義竜軍のアズゥを撃破した際に持ち帰ってきたもの)。


 この武装の差を見てツミキが選択するのは当然、遠距離からの射撃。遠距離と言っても足場にしている山の頂上の面積は五十メートルがいいところ。だからツミキはアズゥを動かし隣の山へ飛び跳ね移動する。この辺りの山岳地帯は背の近い山が乱立しており、頂上の部分が平地なものが多い(三割ほど)。


 垣根を越えての射撃、シーザーはただツミキの行動を見守るだけだ。


「――あなどっているんですか? 容赦はしませ――」


 その時、アズゥのコックピットに黄色の危険信号×印)が現れた。


「なに!?」


 ツミキは再び飛び跳ねて×印を避ける。すると、×印を通るように弾丸が放たれた。


『侮ってんのはお前だろ?』


 ツミキは突然の攻撃に対し無鉄砲に飛び跳ねてしまい山と山の隙間に落下する。同時に手に持っていたライフルを滑り落とした。


(やばい……! このまま落ちるわけには――)


 ツミキはなんとかアズゥの右手を山の斜面に突き刺しへばりつく。機体の足から吸着用のオイルを染み出し、斜面に両足をくっ付けて態勢を整える。


 ツミキは上からアズゥを見下ろすヴァイオレットの右腕を見て、今の攻撃の理解を得る。


(仕込み銃!?)


 ヴァイオレット。その右手、手の甲から二筒の銃口が見える。そう、ヴァイオレットの得意とする戦法は“暗器による奇襲”である。目に見える武器が無いだけで、装甲を剥いだら武器の倉庫だ。武器すらも装甲の厚みと化す、それが発展型チェイス“ヴァイオレット”の特徴だ。


 武器本性を隠し、義竜軍やサーカス団に居たシーザーの在り方をあらわしたようなチェイスである。


 壁にへばりつくアズゥは隙だらけだ。そこを逃すシーザーではない。


『下手くそが! 戦いの基本は足場の管理だぜ?』


(まずい……!)


 山の側面を蹴り、仕込み銃から放たれた弾丸をアズゥは避ける。だが、回避した先には空中でヴァイオレットが待ち構えていた。右手の裏、手首から刃が伸びている。


「刀も隠していたのか!?」


『あらよっと!』


 アズゥは身を翻すが間に合わない。致命傷は何とか避けるが左腕を切り取られた。そしてすれ違うようにヴァイオレットの背後の山の側面に激突する。ヴァイオレットは左肘から鎖の付いたいかりを取り出し山にくっ付け地面に張り付く。


「視えているのに――狙う場所はわかってるのにッ!」


『見苦しいぜツミキ、この場所を選んだ時点でお前の負けだ。複雑な足場でこそ基本となる技術の差が明らかになる。どれだけ手繰たぐい稀なる才能を持っていても、お前がパイロットとして初心者である事実は変わらねぇ!』


 だが。とシーザーは心の内で付け加える。


(普通、チェイスなんてモンは訓練なしに乗れるモンじゃねぇ。機械に触れる機会に富んだカミラならまだしもツミキは整備ロボット程度しか運転したことがないはずだ。似ているようで勝手は全然違う。なのに……ありえねぇだろコイツ。今、山の地形データを計算して斜面にアズゥをくっ付けやがった。それだけじゃねぇ、普通に後進もしたし銃を手に取って引き金に指をかける細かい動作まで――)


 シーザーは舌打ちしてアズゥを見下ろす。


『やっぱり、お前は面白いな。つくづくぶっ殺したくなる』


 一方、壁に埋まっているアズゥ。ツミキは何とかならないのか、と周りを見渡していた。その途中、不意に山の下を見て息を呑む。


(山の中では低い方だけど、ここから落ちたらアズゥは間違いなく大破する……!)


 標高八十メートル。


 戦場は乱立する小さな山達の間。


 ルールは簡単だ。いかにして、相手をここから落とすか――


(武器は剣だけ。攻撃の手段としては頼りない……ここは回避に専念だ。ずっと攻撃を避け続ければいずれボロはでる。そこを突いて叩き落とす! その隙をひたすらに待つんだ!!)


『奪わせてもらうぜ。お前の命』


 その時、アズゥの背後に大きな×印が現れた。


「――え?」


『ツミキ。悪いがゲームは終わりだ』


 ゴオォンッ!! とアズゥが捕まっている山から低音の爆発音が鳴った。


(爆発!? 山が崩れるッ!!」


『お前なぁ、俺が何の準備も無しにここで待ってたと思うか? 待ち合わせ場所の周囲の山全てに爆弾ぐらい仕掛けるって。バーカ』


(駄目だ! 飛ばないと……)


 しかし、足場は斜面。


 アズゥが足に力を込めた瞬間、足場の岩壁は崩れ、標高八十メートルから落下を始める。


「しまった……! 足が滑ったッ!! ま、待って――」


『残る手は一つ』


 元より山の斜面に機体を吸着させるのは無茶なのである。量産型のチェイスなら尚更だ。


 だがツミキは諦めない。アズゥの背中から振動剣を抜いて、近くの山に突き刺そうとするが――


 振動剣を取ろうとしたアズゥの右手を、ヴァイオレットの両手の指に仕掛けられた機銃の弾丸によって破壊された。


『当然防ぐ。――経験値が足んねぇぜ』


 シーザーはツミキの行動を読んでいた。


「うわああああああああああああああああああああッ!!!?」


 ツミキは岩壁から落ちる中、一度目の前の山の側面にアズゥの右手を突っ込み、衝撃を軽減した後で地面に落下した。


 ゴオォンッ! と音が鳴り響く。アズゥは両腕を下にして伏せている。


「……僕は、みんなの仇を――」


 機体状態は戦えるレベルでなく、パイロットのツミキ自身もコックピットの操縦桿に頭をぶつけ、頭から血を流し気を失った。


 あまりに呆気ない決着。しかし、戦いは劇的である方が珍しいのだ。


『ハハハハハハハッ! 間抜けだなぁツミキよ! ……これで――』


 山の壁に錨を掛け、しがみついているヴァイオレットの右手の甲の仕込み銃の銃口がアズゥのコックピットに向けられる。


『サーカス団の連中は全滅だ』


 だが、仕込み銃が銃弾を放つことはなかった。



――それより前にある機体からの狙撃がガゴォンッ! と壁に突き刺さっていたヴァイオレットの錨を撃ち抜いたからである。



『なんだと!?』


 シーザーは慌てて逆の腕から錨を発射しようとするが、その腕も的確に狙撃された。


『(狙撃!?) ――っち!! どこからだッ!?』


 完璧なタイミング。正確な射撃。しかもシーザーの視界に入らないほどの遠距離射撃である。


(やべぇ……態勢が悪い。まず上半身を起こして――)


 遠くで聞こえる三発目の発砲音。放たれた弾丸はヴァイオレットのコックピットに直撃したが、装甲を突破できるほどの攻撃力はない。しかし、衝撃でパイロットシーザーを怯ませ思考を止めさせることには成功していた。


『野郎ッ!!』


 視界外からの攻撃にシーザーは成す術がなく、受け身を取れずツミキ同様に地面に落ちた。だが量産型と違い、安全装置と堅い装甲を持つヴァイオレットは軽傷で済んでいた。シーザー自身は無傷である。ただその額には血筋が浮かび上がっていた。


『どこのどいつだ……いや』


 量産型の攻撃力に卓越した操縦技術。


 そしてこの場に居合わせる可能性の高い者。ならば、答えは絞られる。


『トリゴ使いかッ!』


 遠方の高い山でスナイパーは静かに笑う。


「この距離でこの高低差。――勝ったな」


 戦場において高低差は非常に勝敗に関わる。


 プールは安定した視野で上から一方的に攻撃することが出来るがシーザーは顔を上げながら応戦しなくてはならない。狙いを定めるのは難しく、機動力で捕うには距離が開きすぎている。


(やられたな。ツミキに警戒させないために一人で来たのが間違いだった。もう一機いれば陽動をかけて何とかできたかもしれねぇが)


 シーザーの戦術眼は確かなものだ。ハングゥコルンがここまで成長し、一団体として活動できているのは彼の引き際の良さに起因する。シーザーは相手が旧式の量産型でも全く油断していなかった。むしろ必要以上に警戒していた。


 プールは狙撃銃(義竜軍から奪った物)のスコープから相手のチェイスを観察し、その弱点を看破する。


(なるほどね。装甲は堅そうだが、あの体の大きさと素材から見るに機動力の無さが弱点か。モデルになってる量産型ポーン級は“トリゴ”系列だな……)


 プライドの高いパイロットや無知なパイロットがシーザーの立場に立ったならここで迷わず交戦を選択する。当然だ、シーザー側は古いとはいえ発展型、相手は旧式の量産型。比べるまでもなく発展型の方が有利――と考える。だがシーザーは別だ。シーザーは量産型トリゴを甘く見ていない。ゆえに結論は――


(勝てねぇな。この条件じゃ、十中八九俺が負ける)


 悪く言えば臆病、良く言えば勇敢。前に出ることばかりが勇気ではない。


 シーザーはトリゴ使いと交戦することを選ばず、正面に転がっているアズゥに銃口を向ける。


『交渉だトリゴ使い。お前の目的はコイツだろう? ――くれてやる。だから俺を見逃せ』


 トリゴ使い、青髪の少女プールはトリゴの拡声器モードをONにして答える。


『わかった。だが有効期限は三十分だ』


『了解。――ああ、それと、宣戦布告しとくぜ。アンドロマリウスは俺が頂く』


『ふぅん、頑張りな。じゃあ私も一応言っとくわ。――アンタはそこのガキに殺される。必ずな』


 シーザーはプールの言葉を笑い飛ばす。


『お前は知ってるんだろ? ツミキは俺を殺せない。


 やけに自信満々に言い切ってシーザーは姿を消した。


 プールは音探知のレーダーでチェイスの反応がなくなってから山を降り、アズゥを回収しに行く。その表情はどこか暗かった。


(やっぱり、そういうことか……ツミキ、アンタは殺意が視える代わりに――)

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