1-⑩ 黒幕はピエロ

 サンタ・クラ・スーデン。そう名乗った少年は不可視ピラミッドのコントロールパネルを操作している。


「こういうのはプールの専門なんだが――よし、これで動くかのう」


 ガゴンッ! という重い音と共にピラミッドは動き始めた。コントロール画面に映し出されたピラミッドの名は“移動透明要塞リュウセイ二号”。その名の通り小型の要塞である。サンタは名前のセンスの無さにため息を漏らし、パネルから視線を外した。


 ツミキは屈んでいるアズゥの足元に座っていた。少し砂の乗った石造りの地面がひんやりと体を冷やす。


「あの、僕は――」


 ツミキが何かを言う前にサンタは口出しする。


「まさかあのテントに戻ろうとは考えておらんな?」


「まだ生きている人がいるかもしれない!」


「――馬鹿を言うな。すでに義竜軍は“ホトトギス”を占拠している。今行ったら拷問の挙句死ぬのがオチじゃな」


 ツミキはムッと唇をとんがらせる。


(なんでこの男の子は偉そうなんだ? どう見ても僕より年下……)


「あ。ちなみにワシはお主より年上だぞ。二十歳は優に超えている」


「え……?」


「呼び方は“サンタさん”でよい」


 そんな。と言いかけたがツミキは飲み込んだ。自分でも不思議なことに彼が自分より年上というのは腑に落ちた。大人の雰囲気……もっと言えば歴戦の老兵のような雰囲気をサンタから感じ取っていた。


「サンタさん。サンタさんはさっき言いましたね。僕に真相を話すと」


「うむ」


「教えてください。一体なにが起こって僕らは……カミラは――」


 サンタは「ううむ…どこから話すべきか…」と腕を組む。


「まずは全員の目的について話そう」


「全員?」


「今、この砂漠地帯にいる勢力は三つ。ワシらと、盗賊団“ハングゥコルン”、そして義竜軍」


「ハングゥコルン……確か武器の売買を行う盗賊団」


「そうじゃ。そして、その三つの勢力が奪い合っていたのがお主のとこの団長殿が隠し持っていた――」


 サンタはアズゥに近づき、装着されている銀色の右腕を指さす。


「これじゃ」


「え? えっと、アズゥをですか?」


「違う違う。この銀色の右腕、“アンドロマリウスの右腕”を奪い合っていたのだ」


 ツミキは一瞬、思考が止まった。


 あんどろまりうす? その右腕?


「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!!?」


「やはり気づいておらんかったか。ま、誰も思いもしなかっただろう、まさかこんな小僧がアンドロマリウスを手に入れるとは」


「え? え!? 本当に、アンドロマリウスの?」


 ツミキは改めて銀色に輝く右腕を見つめる。先ほどアズゥが急激にパワーアップしたのもアンドロマリウスの右腕のおかげと言うなら理解できる。


「――こ、これが“理由なき戦争”の十三期に現れて世界を統一した英雄の右腕……」


 ツミキは歴史マニアだ。


 ミソロジアの長い歴史の中でも特に大きく名を残すこの銀腕を前にして、興奮を隠せずにいた。


 目を輝かせるツミキに対し、時速70キロで動くリュウセイ二号に追いつき乗り込んできた少女は言う。


「その右腕。アンタが使いなよ、ツミキ・クライム」


「あ、あなたは……」


「プール・サー・サルン。パイロットだ。めっちゃ強いわよ」


 プールはトリゴを機兵状態から駒状態へ圧縮し、ポーンの形をした駒を手に握る。


 ツミキ・クライム。

 プール・サー・サルン。

 サンタ・クラ・スーデン。


 のちに時代を動かす三人組がここに集結した。


「義竜軍は追い払ったか?」


「ああ。近くにいた奴は全員足止めしといた。――それにこの砂嵐。今日一日はこのトロイ要塞でも逃げ切れるんじゃない?」


「ふふふ。驚くなよプール。今は速度優先で有視化しておるが、この要塞“トランスペアレンシー”を搭載している」


「え!? 嘘、マジで!?」


「あ、あの! 話の途中ですみませんが、さっきの話の続きをお願いします!」


 サンタは「いかんいかん、忘れていた」と子供っぽい笑顔を見せて誤魔化す。


「義竜軍、ハングゥコルン、それにワシらを加えた三勢力はアンドロマリウスの右腕を手に入れるため戦力を削り合いながら、アンドロマリウスの右腕の隠し場所を探っていた。三勢力それぞれ砂漠地帯にアンドロマリウスの右腕があることは知っていたのだが、正確な場所まではわからなかった」


「不毛な時間だったわね」


 つまり膠着こうちゃく状態にあったのだ。互いにけん制し合い、互いに監視し合い、情報を得ようと奔走していた。


 義竜軍は抑止力奪還のため。

 ハングゥコルンは売りさばくため。

 サンタとプールは義竜軍を打倒するため。


 それぞれがアンドロマリウスの右腕を追い求めた。そして、


「一番先に“アンドロマリウスの右腕”の場所を見つけたのは武装盗賊団“ハングゥコルン”、そのリーダーじゃ。それがつい先日のこと。そして、そのリーダーはワシらと義竜軍、他の上手い汁を吸おうとした盗賊一派にあるデマを流した。『アンドロマリウスの右腕は“ホトトギス”にある』とな。実際は“ホトトギス”の外、砂漠の真ん中にあるこのピラミッドだったわけじゃ」


「どうしてそんなデマを……! そんなことをしたから、カミラは、団長は、みんなは……!」


「恐らく目的は監視の目を逸らすこと。義竜軍は前々からサーカス団を怪しんでいた。ハングゥコルンのリーダーはサーカス団に潜入し、アンドロマリウスの右腕を盗む機会をうかがっていたから義竜兵の監視が邪魔だったのだろう。案の定、邪魔な義竜兵どもをプールとツミキに当てつけ、自分らは勝手に動けた。――誤算があったとしたら、このピラミッドの構造。奴は恐らく、これが移動要塞だとは見抜けなかった。だから座標移動を予見できず元々ピラミッドがあった場所を捜索したのじゃ」


 ツミキは耳を疑った。


 今、確かにサンタは言った。『サーカス団に潜入し』と。


「ま、待ってください。もしかして、今日の戦いを起こした人間はサーカス団の中にいるってことですか……?」


 サンタは無言で頷く。


「ツミキ。お主の大切な人間を直接殺したのは義竜兵じゃ。しかし、その原因は……お主が本当に倒すべき、復讐すべき仇敵の名は――」


 ツミキはその名を聞いて、呼吸を止めた。



 * * *



 “ホトトギス”から五キロほど距離を取った洞穴ほらあな。そこに彼らのアジトはあった。


 見た目は袖を切り落とした海賊のような恰好した者ばかり。眼帯を付けている者もいれば、片腕が欠損していたり、タトゥーを顔に彫っていたりと、とにかく柄の悪い人間ばかりだ。


 ここが、盗賊団“ハングゥコルン”のアジトである。洞穴は人工的に作ったもの。格納庫も作ってあり、チェイスが整備されている。


 そこに一人の男が現れた。その男を見ると、どんな屈強な盗賊たちも頭を下げた。


「ひっさびさだなぁ! いやぁ、懐かしい空気ッ!」


 異様な存在感を放つ男の元に一人の下っ端が訪れる。


「す、すいやせん兄貴……兄貴が言ってた座標に行っても、ピラミッドはありませんでした!」


 兄貴と呼ばれた男は「ふ~む」と頭を捻る。


「もしかしたらあのピラミッド移動できたのかもな。さっすがは団長! 敢えて隠してやがったなぁ~。まぁいい、これは俺のミスだ。……ミスク、近くにピラミッドを引きずった跡があるはずだ。砂嵐で消えない内に追跡しろ」


「了解ッ!」


「さてと。この堅苦しい衣装ともおさらばだな」


 そう言って男は芸者として授けられた派手な柄の衣服を脱ぎ棄て、代わりに丈の長いマントを裸の上から着た。


 そしてアジトの最奥にある横長の宝石のついたソファーに寝っ転がり、左肘を付いて正面で控える部下を睨む。


「ひと眠りしたらすぐに動くぜ。……アンドロマリスは必ず奪う」


『へい! 兄貴ッ!!』


 “ハングゥコルン”リーダー“バジル・シーザー”。


――又の名を、




「“ピーター・シルケット”」

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