新たな輝き編
第十五章
「おはよう。亜華音、美鳥」
「あ。おはよう小春」
教室に入った亜華音と美鳥に挨拶をしてきたのは、クラスメイトの
「おっはよー、亜華音!」
「きゃあ?!」
一際大きな声が亜華音の鼓膜を揺らしたかと思えば、背後から誰かが突進してきた。亜華音が悲鳴を上げると、美鳥と小春が顔を合わせて苦笑いを浮かべていた。亜華音は背後から肩をしっかりと掴まれて揺さぶられ、がくがくと頭を振った。
「ねえねえ、昨日は何があったの!!」
「はいはい、
美鳥が亜華音の肩をしっかりと掴むクラスメイト、
「放したから答えてもらうよ! ねえ、昨日は何があったの?!」
「き、昨日?」
「そう! 自治組織の透様に呼び出されて、一体何してたの?!」
手を組みながら羨ましがるように言う柚季に美鳥も亜華音も目を点にさせて瞬きしていた。
「何でそんな嬉しそうに聞くのよ? 自治組織に呼び出されるって普通、そんなにいいことじゃないでしょ?」
「ほら、柚季は真木田先輩のファンだから……」
美鳥の問いに答えたのは小春だった。眉を歪めて苦笑する小春は小さく息を吐きだし話を続けた。
「美鳥も三年の先輩と一緒にどこかに行っちゃったでしょ? その後ずーっと、柚季が真木田先輩のことばっかり言ってきて」
「もう、小春も亜華音も美鳥も透様の素敵さがわかってない! ああ、あたしも透様に連れて行かれたいわ」
くるりとターンをして、柚季は天を見上げて艶やかな吐息交じりに言う。あはは、と乾いた笑い声を上げる小春と、柚季を呆れたように見ている美鳥。その隣で、亜華音は小さく首を傾げた。
「柚季って、真木田先輩と同じ学校だったっけ?」
「ううん。でも、あの入学式の挨拶から一目見て、あたしは感じたのよ。あの人は最高の人だって!」
「なによそれ……」
話についていけない美鳥は眉を歪めて小さく漏らす。一方の亜華音は「おお!」と納得したように声を上げ、手をぱんと鳴らした。
「一目惚れか、柚季!」
「その通り! それで、亜華音は一体何事で呼ばれたの?! 教えてよ!」
柚季は逃がさない、と言うように亜華音の両肩をがっしりと掴んだ。にやり、と笑いながら問う柚季の視線から逃げるように亜華音は美鳥の方を見た。亜華音の助けを求める視線の先にいる美鳥は白けた目で首を振っていた。
「ひ、ひどい……」
「ほら、亜華音! 教えてよ!」
柚季がふたたび亜華音の肩を揺さぶった時だった。
「千条はいるかー?」
教室の入り口から顔を覗かせたのは、担任の晶子だった。
「はっ、はい!」
晶子に呼ばれたことに気付いて亜華音は何とか柚季から逃れて晶子の元に向かった。
「今すぐ職員室に来い」
「えっ」
ふっと微笑む晶子だったがその表情はあまり穏やかには見えなかった。亜華音はちらりと背後を見て、美鳥たちに助けを求める。が、今度は三人そろって首を振っていた。
「千条、これが昨日分の課題だ」
晶子に職員室に呼ばれた亜華音は若干嫌な予感を覚えていたが、結果としてはその予感を超えていた。亜華音の前に出された十枚のプリントはしっかりと両面印刷されていた。手に取った亜華音は内容を目で追うが、どうみても数学の方程式や図形がかかれているようにしか見えなかった。
「き、昨日私が抜けたのは最後の授業だけだったはずでは……。それに、これはどう見ても数学のような……」
「昨日、お前がぼんやりして授業を聞いていなかった分の課題だ。今後も使う重要な部分だったから、私が特別に問題を作ってやったぞ」
今度は穏やかに微笑んで見せた晶子だったが、それとは対称的に亜華音は引きつった表情を浮かべていた。
「提出は来週までで構わない。わからなければ教科書を見たりノート見たり、あと私にも聞きに来い。以上」
「……あ、りがとうございます」
満足げに語る晶子にどう返事をすればいいかわからず、結局お礼を言って頭を下げ、亜華音は職員室を去った。大した重みはないけれど内容の重みだけを感じるプリントを持ってとぼとぼと歩いていた亜華音だったが、ふと顔を上げて思考を変えた。
たった一日、それも数時間。アカツキという非日常の空間から、今はごく普通の学生生活を送っている。今まで当たり前に過ごしていた学校の時間が懐かしいように感じてしまって、亜華音は不思議な感覚を抱いていた。
「……これが、『脱、平凡』」
そんなことを呟きながら、亜華音は足を教室に向かわせた。
それから授業を受けて、友人たちと昼食を食べて、ごく普通の、ごく当たり前の学生生活を送った。
すべての授業が終わり、亜華音は寮の自室に戻った。
「つっかれたぁ……」
そんな気の抜けた声を漏らしながら、亜華音はベッドに倒れ込む。ぼふ、と間抜けな音を立てた布団の中にうずくまりながら亜華音は一日を振り返る。
数学のプリント、枚数多すぎ。現代文と英語の課題もあったなあ。あと今度生物のミニテストがあるはずだし。っていうかまた柚季が呼び出されたこと聞いてくるだろうし、どう言い訳しようかな……
などと考えていた時、亜華音は布団から顔を上げた。
「あれ……」
振り返った中に、この数日間でごく当たり前になっていたはずの出来事が含まれていないことに気付いた。
「本当に、戦ってない……」
アカツキに誰かが入った時に肌で感じた空気の震え。しかし、今日はその感覚を抱くことなく平穏に一日が過ぎ去ってしまった。
唐突にナナコの口から出た休戦宣言。それに応じて武器を下ろした芳夜。昨日の二人のやり取りを思い出した時につい数分前まで戦っていたはずの二人が微笑み合いながら言う光景が出てきて、亜華音は首を傾げた。
「あんなに意見が合うなんて……もしかして、あの二人って仲が良かったりするのかな……」
ベッドから起き上がり、亜華音は寝間着にしている中学時代のジャージに着替える。着替える手を動かしながらも、亜華音は芳夜とナナコの姿を思い出していた。
「友だち同士、とかだったら悲しいよね……」
もしも、芳夜とナナコが友人同士で対立していたなら。亜華音は朝の美鳥との会話を思い出して、芳夜とナナコの関係を自分と美鳥に重ねてしまった。
――もしも、自分と美鳥が対立してしまったら。
「あー、もう考えない!」
至ってしまった不穏な思考を振り払うように、亜華音は大きく頭を振った。そして頬を思い切り叩いた。
「いっ、たぁ?!」
想定以上の力が加わった手でたたいてしまった頬は真っ赤に染まっていた。亜華音はうう、と唸りながら部屋を出る。
「あ」
「あっ、美鳥」
部屋を出た廊下にいたのは私服に着替えた美鳥だった。部屋着用の灰色のワンピースと黒のレギンスを合わせた美鳥は亜華音の姿を見て白けた視線を送っていた。
「……亜華音、まさかその格好で食堂行く気?」
「えっ?」
美鳥の指摘に亜華音は改めて自分の服装を見て、それから美鳥の服に視線を向けた。食堂に行くことを忘れて着替えて、着替えたことを忘れて食堂に行こうとしていたことに気付いて亜華音ははっと目を見開く。
「……あっ! き、着替えてきます!!」
慌ただしく部屋に戻った亜華音を見て、美鳥は小さく肩を竦めて笑った。
「先に行ってるからね、早く来なさいよ」
部屋の中にいる亜華音に呼びかけながら、美鳥は食堂へと向かった。
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