第八章
亜華音の耳を劈く爆発音、そして身体を揺るがす衝撃。
「きゃあ?!」
亜華音は再びその場に倒れ込み、悲鳴を上げた。一方、その場から離れて地面に着地した透は土煙が上がる中をぎろりと睨んでいた。
「ダメだよ、透くん。何でもかんでも独り占めしようとするなんて」
くすくす、という笑い声。土煙の中から現れた人物は、のんびりとした声で透に向かって言った。
「……宇津美」
透が、忌々しそうに名前を呟く。亜華音も視線を透から突然アカツキに現れた人物に向ける。
明るい茶色の長髪を二つ結びのおさげにしている女子生徒は、学校指定のリボンタイをつけずにシャツのボタンを開けて胸元を露わにさせていた。スカートの丈も規定よりかなり短く、学校指定の白い靴下ではなく黒いニーハイソックスを履いている、という校則違反を盛り合わせたような人物。彼女は亜華音の姿を見つけると、にこりと目を細めて笑い、亜華音に向かって手を振った。
「はじめまして、千条亜華音くん。ワタシの名は、
「え、えっと……」
「どういうつもりだ、宇津美」
困惑する亜華音の声にかぶさるように、透がおさげの人物――宇津美ナナコに向かって言った。明らかに怒りを含んだ声で、透の様子は明らかに苛立っていた。その声で亜華音の心臓は大きく動いたようだったが、ナナコは恐れるどころかにやりと余裕の笑みを浮かべる。
「どういう、も何もないさ。キミと同じことをするつもりだよ」
「なんだと?」
「亜華音くん。ここで話すのもなんだ、場所を変えようか」
そう言ってナナコは透に背を見せて亜華音に向き合う。ナナコは後ろにいる透にひらひらと手を振った。
「さて透くん。キミとのお遊びは、また後日にしようか」
「ふざけるな」
透は短く声を発して、ナナコに向かって走り出した。その手にはしっかりと青白い刀が握られていた。その光景にはっと目を見開く亜華音だったが、一方のナナコは笑みを浮かべたまま、動こうとしない。
「短気な女の子は、嫌われるよ? 透くん」
呆れたように笑いながら言うナナコは手のひらを透に向けた。ナナコの手の中に赤い光が生じて、何かの形を形成する。握られたそれは大きな音を立て、透は刀を大きく振って何かを避けた。そんな透の様子をちらりと見た後、ナナコは再び亜華音に向き合った。
「さあ、行こうか、亜華音くん」
「え……?」
目を細めて微笑むナナコを認識した瞬間、亜華音の意識は突然真っ黒になった。
***
「亜華音くん、大丈夫かい?」
目を覚ますと、目と鼻の先にナナコの顔があった。亜華音は驚きのあまり目を大きく開いたまま、瞬きをするしか出来なかった。そんな亜華音の様子を見たナナコはにっこりと満面の笑みを浮かべて亜華音から離れた。
「無事そうだね。うん、よかった」
「あ、の……、ここは……」
亜華音が体を起こして辺りを見ると、そこは見知らぬ室内だった。どうやらここはアカツキではない、と本能的に亜華音は認識した。
「ここは、使用されていない美術準備室。別名、学園反乱組織『レッドムーン』本部」
「……反乱?」
聞きなれない単語に、亜華音は首をかしげる。その反応にナナコは満足げに微笑んだ。
「いいリアクションだね、亜華音くん。キミのようなかわいい子は、ワタシの大好物だ」
「だ、大好物って……」
「あまりからかわないであげてくださいよ、ナナコ先輩」
困惑した亜華音の耳に、聞きなれた声が届く。ナナコの背後からその声の主が現れ、その姿を認識した亜華音の目が大きく開かれた。
「美、鳥?」
名を呼ばれた美鳥は、呆れたような顔をして小さく息を吐きだしていた。ますます混乱する亜華音の頭をリセットするかのように、ナナコが手を叩いて大きな音を鳴らした。
「さあ、亜華音くん。本題に入ろう」
「ほん、だい……?」
「キミに聞きたいことがあるんだ」
それは、先ほどアカツキで透に言われたことと同じ。亜華音が思わず身構えると、ナナコは口角を上げてにやりと笑った。
「学園反乱組織『レッドムーン』に入るつもりはないかい?」
「反乱組織、ですか……」
「ああ、まだ何も知らないよね。なら、とりあえずメンバー紹介をしようか」
亜華音の怪しむような声を気にしていないナナコは後ろに立つ美鳥を前に出し、肩に手を乗せた。
「彼女は佐木美鳥。って、美鳥くんのことは言わなくても知っているようだね。それと、もう一人」
ナナコが指さしたのは窓際。差し込む陽の光を背に受けるその人物は、ナナコに紹介されていることにも気づいていない様子で、亜華音に視線を向けることもなく手元にある文庫本を読み続けていた。
黒い髪は短く、少し首を動かしただけでさらさらと揺れていた。本を読む目元には、長いまつげが影を作っていた。儚げに見えるその風貌に、亜華音は一瞬時雨の姿を重ねていた。
「彼女は
「あの、それで……反乱って、一体……」
「まあ、反乱というのはあくまであの『赤月』に対して、だよ。我々の目的はただ一つ」
ナナコは人差し指を沙弥から亜華音に向ける。
「時雨を我々の手中に収めることだ」
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