第四章

 暁翔学園自治組織『赤月あかつき』。一般学校における生徒会及び風紀委員会に該当する組織ではあるが、学園内では特別な権限を持って活動することを許されている。各種委員会の活動の監査や行事に関する承認等に関わることが主な活動内容である。現在は組織長の三年生の生徒と補佐を行う二年生の生徒の二名で構成されている。

「あか、つき……」

 透によって開かれたドアをくぐり、亜華音は室内に入る。室内は図書室にあるような本棚がいくつもあり、部屋の中央に接客用のテーブルとソファがある。部屋の一番奥には大きな窓と、それに背を向けるように配置された椅子とデスクがあった。

「はじめまして、千条亜華音くん。いや、はじめましてという言葉は間違っているかな?」

 そんなデスクの前に立っていたのは、昨日亜華音の前に現れた眼帯の女子生徒。にこりと穏やかな笑みを浮かべて亜華音に近づく。

「……やっぱり、昨日のことは夢じゃなかったんですね」

「夢? ああ、君は昨日のことを夢だと思ってたのかな?」

「そのまま夢と思ってくれていたほうが楽だったのかもしれないな」

 亜華音の言葉に、透が小さく吐息を漏らしながら零す。

「昨日のことを忘れろ、そう言って君は忘れられるかい?」

 眼帯の女子生徒の問いに、亜華音は左右に首を振った。亜華音の反応を見て、眼帯の女子生徒は満面の笑みを浮かべた。

「予想通りの反応をありがとう、千条亜華音くん。ああ、そうだ……わたしたちの自己紹介をしていなかったね」

 自己紹介、と聞いて亜華音は入学式の事を思い出した。目の前にいる二人は、自分の入学式の時に自治組織として挨拶をしていた人物だった。けれど、まさかこんな形でかかわることがあると思ってもいなかった亜華音は二人の名をきちんと覚えていなかった。そんな亜華音の心情を察したのか、眼帯の少女は穏やかな声色で自己紹介を始める。

「わたしは、三年の崎森さきもり芳夜ほうや。君を連れてきたのは、二年の真木田まきたとおるだよ」

「えっと、一年の千条……って、ご存知なんですよね……」

「まあ、学園自治組織だからね。一応生徒の事はそれなりに把握しているよ」

 楽しげに言う眼帯の女子生徒――芳夜の言葉を聞いて亜華音はわずかに引きつった笑みを浮かべた。

「さて、亜華音くん。本題に入りたいのだけれど、よろしいかな」

「ほん、だい?」

「そう。君は、時雨を知っているか?」

 芳夜は先ほどまでの楽しそうな笑みを消して、眼帯をしていない右目で亜華音をじっと見つめた。黒い瞳に映る亜華音はこわばった顔をしている。

「し、ぐれ……?」

「本当に何も知らないのか?」

 今まで黙っていた透だったが、亜華音の反応を見てはっと目を見開いた。それは芳夜も同じで、驚きを隠せない様子で亜華音を見ている。

「なるほどね……本当に君は時雨を知らないのかい?」

「何も……。あの、女の人のことですか?」

 亜華音は昨日、透が亜華音を助けた人物のことを『時雨』と呼んでいたことを思い出した。その程度しか、亜華音の心当たりのある『時雨』という単語は無い。

「……千条、戻っていいぞ」

「え?」

 亜華音の背後にいる透が、はっきりと言った。その言葉に、亜華音だけではなく芳夜も驚きの表情を浮かべていた。

「いいん、ですか?」

「ああ。十分話はわかった。貴重な時間を、ありがとう」

 それは、これ以上話す事はない、と話を打ち切る言葉だった。事情のよくわからないまま、亜華音は自治会室を出た。

「失礼、しました」

 扉が閉まる音が部屋に響く。しばらくの沈黙の後、芳夜が息を吐いた。

「いいのかい、透」

「何がだ」

「彼女に、時雨の事を話さなくても」

 芳夜に問われて、透は視線を閉ざされた扉に向ける。

「仮に今、千条亜華音が事実を知ったとして何になる?」

「どういうことだい?」

「何も知らない人間に、私たちの事実を語っても理解を得られるとは思えない」

 透の言葉に芳夜は僅かに言葉を詰まらせる。

「……確かに、そうだね。あの空間を知っていたとしても、知らない方が良いこともあるだろうし」

「それに、千条亜華音が時雨に関わる理由はない。時雨との決着は、私たちが付ければいいだけの話だ」

 静かに語る透だったが、その黒い瞳には確実な闘志がぎらついていた。

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