第六章
亜華音の問いに答えたのは、時雨ではない低い声。時雨は声が聞こえてきた方に視線を向けていた。
「やはりここに来ていたのだな、千条亜華音。そして、時雨」
時雨の視線の先に立っていたのは、青白く光る弓を握る透だった。見たことのない光景に亜華音は驚いたように透の姿を見つめていた。
「……透」
「時雨。私がお前を、消す」
「透、貴女が終わらせるのかしら?」
昨日と同じような会話。時雨が小さく微笑んだ瞬間、透が駆け出した。
「亜華音、離れて!」
時雨は叫ぶと、亜華音を突き放して透に向かって走りだした。何が起きるのかわからない亜華音は困惑した表情のまま時雨を追うことも出来ずにその場に倒れ込んだ。
「時雨さん!!」
時雨に向かって走る透の手に握られていた青白い弓が、一瞬強く光を放つと形を日本刀のような姿に変えた。一方の時雨も手の中に黒く蠢く影のようなものを生じさせた。
「何……あれ……?!」
亜華音が戸惑いの声を漏らすと同時に、金属と金属がぶつかり合うような甲高い音が辺りに響いた。時雨の手にも透と同じような黒い剣が握られていて、透の日本刀の刃を黒い剣で受け止めていた。
「時雨……!」
透は鋭い視線を時雨に向けていた。その瞳の中に含まれている感情の意図を知るはずのない亜華音だったが、その気迫に背中を震わせていた。
「透、随分強くなったのね」
しかし、その視線を直接受けているはずの時雨は穏やかな笑みを透に向けていた。
「けれど、まだ私には及ばないわ」
静かに時雨が言うと黒い剣の刀身から衝撃が生じ、透の身体は高く空中に吹き飛ばされた。突然の出来事に亜華音は目を丸く見開いて、瞬きすることも出来ずにその光景を目に焼き付けていた。
吹き飛ばされた透だったが、砂埃を立てながら地面に着地して再び刀を構える。透の真っ黒な瞳に、鋭い光がぎらついていた。そんな透を静かに見つめながら、時雨も黒い剣の刃を透に向けた。張りつめた空気の中、亜華音は地面に倒れ込んだまま何もできずにいた。
***
チャイムが授業終了を告げる。
休み時間に透と共に教室を出た亜華音は結局戻ってくる事はなかった。誰も座っていない亜華音の席を見つめながら、美鳥は小さくため息を吐いた。
「美鳥」
「え?」
呼ばれた声に気付いて、美鳥は振り向く。美鳥の背後に立っていたのは、派手な茶色の髪をおさげにしている女子生徒。スカートの丈は学園の規定よりはるかに短く、学園指定でつけるようになっているリボンタイもつけずにブラウスのボタンを外して、胸元を大きく開けている――まさに、校則違反の典型例を示したような人物だった。そんな人物を見て、美鳥は椅子から立ち上がって頭を下げる。
「こんにちは、ナナコ先輩」
「こんにちは。ところで、さっきの休み時間に自治組織がここに来たって聞いたけど、何事?」
ナナコと呼ばれたその女子生徒は、にこにこと楽しそうに美鳥に尋ねる。美鳥は少しだけ頬の端を赤く染めながら、しかし問われたことに表情を歪めながらナナコの問いに答えた。
「自治組織が生徒を一人、連行しました」
「おやおや、連行? なんだかアブナイ雰囲気だねぇ。それで、どこの誰を連行したのかな?」
「千条亜華音。今まで、『図書室の亡霊』は見たことなかったようです」
「今まで? なら、もう見たのかな」
美鳥の言葉を聞きながらナナコは楽しそうに言う。美鳥はもう一度亜華音の席に視線を向けて、小さく目を伏せた。
「……さあ、どうでしょうか」
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