第十三章
赤い月の下に集う少女たち。
時雨を消そうとするために魔法を使う――学園自治組織『赤月』
時雨を手に入れようとするために魔法を使う――学園反乱組織『レッドムーン』
それぞれに所属する少女たちがたった一人の存在、亡霊である時雨を巡って戦っていた。
対立しあう二つの組織。しかし、時雨を巡る戦いの中に新たな存在が現れた。
「私は、時雨さんを守ります」
千条亜華音という、少女。時雨の前に立ち、『赤月』にも『レッドムーン』にもはっきりとそう宣言したのだ。
「そうか」
沈黙に包まれていたアカツキに、ようやく一つの声が発せられる。亜華音を見つめていた、透のものだった。真っ黒な透の瞳は静かに亜華音を見つめている。
「千条亜華音。私はお前に警告したはずだ。その力を時雨のために使うというのであれば、我々の敵として見なす、と」
「はい」
その言葉を、亜華音は忘れてなどいなかった。透に言われて、亜華音はしっかりと頷く。亜華音の様子を見て、透はさらに問う。
「それでも、お前は時雨のために魔法を使うのか」
亜華音は、目を逸らさずに透に答えた。
「時雨さんは、私を守ってくれた大切な人です。だから、私も時雨さんを守りたい。これは、絶対に変わりません」
迷いのない亜華音の瞳。それを確信して、透はそれ以上何も言わなかった。一方、亜華音の背後にいる時雨は、わずかに震える瞳で亜華音の背中を見ていた。
「亜華音、それが貴女の……答えなの?」
亜華音は振り返って、時雨のほうを見る。にこり、と微笑んで亜華音は「はい」と返事をした。
「初めて時雨さんと会った時……あの時、時雨さんは私を守ってくれたんです。戦っている最中だったのに、自分が傷つくよりも私を助けてくれた。だから、今度は私が時雨さんを助けたいんです」
「……」
満面の笑みを浮かべて言う亜華音に、時雨は何かを言おうと口を開くが、薄く開かれた口からは何も言葉が出なかった。そんな時雨の様子に気付いていない亜華音は視線を時雨からナナコに変えて深く頭を下げた。
「宇津美先輩、ごめんなさい。私、『レッドムーン』には入れません」
「そうかい、それはとても残念だ。新しい仲間が増えると思っていたのだけれど……」
などと言うには嬉しそうに微笑むナナコ。隣に立つ美鳥は困惑した視線を亜華音に向けていた。
その時だった。
「亜華音!!」
「っ?!」
時雨の叫び声に反応して、亜華音は視線を変える。そこには、青白く光る刀を振りかざす透の姿があった。亜華音ははっと目を見開き、両手の剣を高く上げて刀を受け止めた。触れ合う刃は震えていて、透の手に加わっている力を亜華音は感じていた。
「この瞬間から、お前は『赤月』の敵だ。私は、お前を倒して時雨を消す」
透の瞳は鋭い光を灯し、亜華音を貫こうとしているようにも見えた。冷徹な言葉は、真っ直ぐに向けられ、刃に灯る青白い光がさらに強さを増していた。
――明確な、敵意。
初めて向けられるその意識に、亜華音は言葉を失う。動揺を露わにする亜華音とは対照的に、透は表情を変えないまま言葉を続けた。
「千条亜華音、それがお前の選択の結末だ。時雨を守るということ、それがどういうことか、お前はわかっているのか」
「貴女は何もわかっていない」
瞬間、透が何かを察知したようにはっと目を見開き、亜華音の剣から刃を引かせて後方に跳躍する。その直後、亜華音の視界に紫色の大きな刃が入り込み、地響きのような音を立てて大地を揺らした。
「私は、時雨のそばにいる為に力を手に入れた。それを邪魔する者は、誰であろうと許さない」
紫の大剣を地に叩き付けた沙弥が唸るような低い声で亜華音に言う。向けられた視線に映るのは、透のものとは違う種類の敵意だった。真っ暗な沙弥の瞳を見た亜華音は背中に冷たいものが走るような感覚――本能的に感じる、今まで抱いたこともない恐怖を抱いていた。
「残念だよ、亜華音くん。キミと一緒に戦えることをワタシは望んでいたのだけれどね」
沙弥の隣に立つナナコが、演説のような口調で亜華音に語りかける。満面の笑みを浮かべるナナコの瞳の奥に映るものが見えなくて、亜華音の剣を持つ手が小さく震えていた。そんな亜華音の様子を見て更に口角を上げながら、ナナコは話を続ける。
「だけれど亜華音くん、我々『レッドムーン』はキミを敵と思っていない。むしろ、今すぐにでもこちらについて欲しいものさ」
好意的、といえばそうかもしれない。しかし、亜華音は全身が恐怖で震えそうになるのを抑えながら、ナナコを見据えて聞き返す。
「……けれど、あなたたちは時雨さんを攻撃したじゃないですか」
「亜華音くん。欲しいものを手に入れるためには、時には強引さが必要だって知らないかな?」
「なっ?!」
くす、と笑いながら言うナナコの言葉に亜華音は絶句する。遠くで話を聞いていた透が不快を露わにするように眉の形を歪めた。二人の表情の変化を見て、ナナコはさらに楽しそうに語る。
「もちろん、時雨が素直にこちらに来てくれるのならワタシたちは攻撃しない。けれど、そうじゃないだろう?」
ナナコに問われ、時雨は小さく息を吐きだして答える。
「そうね、ナナコ。私は、どこにも属するつもりはないわ」
「……時雨」
沙弥が弱々しく時雨の名前を呼ぶが、時雨は小さく微笑むだけだった。
「答えは出揃った。だが、今日は止めにしないか?」
手の中に出していた赤い拳銃を光と共に消しながらナナコが提案をする。これ以上戦いを続けるつもりはない、という意思表示のようにナナコはさらに両手を上げて見せた。
「それもそうだな。この状態で戦うというのも、無理な話だ。それに、明日の授業に影響してはいけないからね」
次に口を開いたのは芳夜だった。美鳥の攻撃で傷ついた太ももに軽く触れながら、芳夜も赤く光る拳銃を手の中から消す。芳夜の様子を見ていた透も眉間に皺を深く寄せながらも刀を光と共に消した。ナナコの両隣に立っていた美鳥は芳夜の方を睨みながらもナイフを手放して消し、沙弥も瞳を伏せつつ持っていた剣を紫の光と共に消した。それぞれが武器を手放すのを見て、亜華音も強く握りしめていた剣から手を離すと、黄色い光の中に剣は消えていった。
「ここに関わる以上、いずれ戦うことになる。なら、休息も必要なことだ」
「決着をつけるにしても、今の状態で全力を出せる人間はいないだろう。さあ、返ってゆっくり休もうじゃないか」
芳夜とナナコは互いに視線を送りながら穏やかな口調で語る。何となく似た波長を持つ二人を見て、もしかしたら仲がいいのか、とさえ亜華音は思ってしまっていた。芳夜の隣の透も、ナナコの隣の美鳥も納得していないような表情ではあったが、その言葉を遮ることはできなかった。そして芳夜と透、ナナコと美鳥と沙弥はアカツキから姿を消した。
「……亜華音、ごめんなさい」
亜華音のそばに時雨が近づいて弱々しく声をかける。苦渋のような表情を浮かべる時雨に、亜華音は首を傾げた。
「何がですか?」
「貴女を巻き込んでしまって。貴女は全然、関係ないのに」
時雨は真っ直ぐに見つめてくる亜華音から視線を反らすように地を見つめた。そんな時雨に亜華音は大きく首を振る。
「そんなことありません。だって、これは私が決めたことです」
亜華音はそう言うと、時雨の手を取って強く握った。亜華音の手に灯る熱を感じて、時雨は顔を上げる。亜華音は目を細めて笑っていた。
「私は、どんなことがあっても時雨さんを守ります。時雨さんが私にそうしてくれたように」
「……私が、貴女を……」
亜華音が握っている自身の手を見つめながら、時雨は小さく零す。その手に灯る熱は亜華音のものだけ。時雨は再び亜華音の顔を見て、ようやく表情を緩めた。
「ありがとう、亜華音」
そして時雨も微笑み、亜華音の手を握り返した。
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