第十一章

 空気が震える。びりびりとした感覚を肌で感じて亜華音は辺りを見回した。

「……何?」

「誰かがアカツキで戦っている」

 同じように空気の震えを感じた美鳥がきょろきょろとしている亜華音に静かに声をかけた。

「……え?」

「一度時雨と接した人間なら、それがわかるの。どうしてか、何てあたしも知らないけど」

 肩を竦めながら言う美鳥に亜華音は「へえ……」と間の抜けた返事にもなりきれない声を返した。呆然とする亜華音の表情を見て美鳥がぷっと吹きだした。

「ちょっと、そんなに笑わないでよ!」

「ふふっ、だって……亜華音が間抜けな顔してるから面白くて……」

「もー!」

「それで、どうしようか? アカツキに行ってみる?」

 笑いを収めた美鳥が、亜華音に問う。まるですぐそこまで買い物に行こうか、なんて誘うような感覚で言う美鳥に亜華音は目を丸くさせてぱちぱちと瞬きをした。

「多分、先輩たちが時雨と戦っているんだと思うよ」

「時雨さんが?!」

 美鳥の言葉を聞いて亜華音は反射的に美術準備室から飛び出した。

「ちょっと待ちなさいよ?!」

 突然出て行った亜華音を追いかけた美鳥だったが、入り口のすぐそばで何かとぶつかった。

「いった?! ……って、亜華音?!」

「美鳥……」

 美鳥がぶつかったのは美術準備室の扉のすぐ前に立っていた亜華音だった。亜華音は少し泣きそうな顔をして美鳥を見る。

「アカツキって、どうやって行けばいいの……?」



 金属と金属がぶつかり、火花が散る。

 時雨の細い剣が沙弥の紫に光る大きな剣の刃を受け止める。剣先をずらして刃を受け流し、時雨は沙弥から距離を取る。が、沙弥はすぐに時雨に詰め寄り、再び剣を振るう。そんな攻防が、しばらくの間続いていた。

「時雨」

 大剣を振るっているというのに、沙弥が時雨を呼ぶ声は静かだった。

「どうして、攻撃しない」

「逆に訊くわ、沙弥。何故、貴女は私に攻撃するの?」

「貴女のそばにいるため」

 時雨の問いに答えた沙弥の一撃はそれまで以上に強いもので、上方に振るわれた沙弥の剣の勢いのまま時雨の黒い剣が手から離れて宙に舞った。

「……こんなに貴女が強くなるなんて思わなかったわ」

 地に突き刺さった黒い剣を一瞥した時雨は、小さく微笑んで沙弥を見る。

「私は、貴女と共にいたい。そのために、力を手に入れた」

 沙弥は大剣の先を時雨に向けながらはっきりと言った。静かな口調ではあったが、その言葉の中に含まれている何かを時雨は感じ取っていた。

「時雨、私と共に来てほしい」

 そう言う沙弥の口の端に小さな笑みが浮かんでいるのを見ながら、時雨は静かに目を閉じた。



 引き金を引いたナナコだったが、目の前にいたはずの芳夜の姿が砂塵の中から消えているのを見てふっと鼻で笑った。

「へえ、そんな魔法も使えるんだね、芳夜。てっきり全てを失くしたのかと思っていたよ」

 くすくすと笑うナナコの後方に立っていた芳夜は鋭い眼光をナナコに向けていた。その瞳には明らかな敵意が映しだされていた。

「その口を一生開けないようにしてやろうか、ナナコ」

 先ほどまでよりもさらに低い声で言う芳夜に、ナナコは肩を震わせる。

「いいねえ、そういうコトバ。ゾクゾクして、たまらないね」

 にやりとナナコは笑う。振り向いてナナコは芳夜に紅色に光る拳銃の銃口を向ける。

「キミのそういう顔を見るの、キライじゃないよ」

 怒りに震える芳夜の瞳を見つめながら、ナナコは笑いかけて言った。そして、ナナコは跳躍して芳夜から離れる。芳夜ははっと目を見開き、ナナコに向かって走り出した。

「ナナコ!」

 芳夜は叫んでナナコに向かって引き金を引く。朱色の弾丸は真っ直ぐにナナコに向けられていた。ナナコも芳夜に向かって引き金を引くと、紅色の弾丸が朱色の弾丸とぶつかって弾けた。混じりあう紅と朱の中、走ってくる芳夜が姿を現した。

「ふふっ、芳夜。キミはわかりやすいぐらい真っ直ぐだ」

 そう言ってナナコは足を止めて銃を放つ。一発、二発、三発と放たれた弾丸を芳夜は拳銃を振るって避ける。その動きに感心したようにナナコは口笛を吹いた。

「やるね、芳夜」

 でも、と言いながらナナコは向かってくる芳夜に銃口を向ける。目を細めて、芳夜の姿を捕らえてナナコは引き金に指をかけた。その指先にわずかな力を込めて。

「これは避けられるかな」

 放たれた弾丸は一つのはずだった。しかし弾丸は途中で弾けていくつもの紅色の光となって芳夜に向かった。瞬間、芳夜の姿は紅色の光の中に消えた。ナナコは銃を下ろしてふっと息を吐いた。

「油断大敵」

 しかし、聞こえてきた声にナナコははっと目を見開く。受け身の体勢を取ろうとしたナナコだったが腹部に感じた衝撃のまま、ナナコの身体は地面に叩き付けられた。

「ぐあっ?!」

 揺らぐ視界の中、ナナコの目に入ったのは蹴りの姿勢を取る芳夜の姿だった。冷ややかな視線を自分に向ける芳夜に、ナナコは口角の端を上げる。

「学園自治組織の長だっていうのに、随分と暴力的だね?」

 腹を押さえながら立ち上がるナナコは苦し気な声で言いながらも笑みを浮かべたままだった。一方の芳夜は笑みを見せず冷ややかな視線のままでナナコに銃口を向けていた。

「お前が言うように、わたしは失くしたものが多い。だから、それを補う力もつけたわけだ」

「ふふっ、努力家なんだね」

 ナナコがからかうように言えば、芳夜の眉間に皺が寄る。

「キミが新しい力を手に入れたというのなら、それはワタシも一緒だよ」

「何……?」

「芳夜、キミにも見せてあげよう。ワタシの新しい力を」

 ナナコが言った瞬間、芳夜は目を見開いた。背後から迫ってくる何かを察知して振り向いたとき。

「ナナコ先輩から離れろ!!」

 芳夜の視界に入ったのは緑色に輝く無数の刃の光だった。

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