5  目的地

 これは宇宙に飛び出してから何度目の目覚めだろうか。

 私にはわかっていた。これが最後の目覚めだと。具体的な理由は説明出来ない。だが私の体がそう認識していたのだ。

 目覚めた場所はメビウスの船内ではなかった。

 真っ白な壁に囲まれた広大な一室のど真ん中に設置された心地よい大きなベッドの上に横たえられている。白い木製のベッド白い羽毛布団。この感触を私の体はしっかりと覚えていた。

そこはかとない強烈な懐かしさはこれが子供の頃、毎日使っていたベッドであることを確信させた。ここは地球? 一瞬故郷に戻って来たような錯覚に陥った。しかしここが地球でないことは誰よりもわかっている。

 軽い睡魔が襲い瞼を閉じたその時だった。私に呼びかける懐かしい声を聞いたのは。

「豊、おかえりなさい」

 そう語りかけるのは間違いなく母だった。横たわる私の傍には懐かしい両親の姿があった。これも夢幻なのではないか。半信半疑のまま両親に問いかけてみる。

「父さん、母さんなの?」その時、私は確かに声を発していた。

 両親は微笑み頷いた。私はこの上ない感激に胸が熱くなった。再会した両親と初めて意思疎通が出来たのだから。

「豊、よくここまで頑張ってきた。えらいぞ」父が称賛する。その言葉にはわが息子を何より誇りに思っているということが理解出来た。

「これでよかったんだね」私は父に促した。父はこっくり頷いた。

「ここでゆっくりおやすみなさい」母がやさしく微笑み語りかける。

 頷きふたたび目を開くと両親の姿は霧のように掻き消えていた。

 私は首をひねり顔を右に向けた。窓があった。キラキラと優しい光が差し込んでいる。じっと目を凝らし外の様子を見る。青々と茂る草と澄んだ空に浮かぶ白い雲。

 ああ・・その時喉の奥から絞り出すように声を発していた。あの向こうに芝が広がっている。遠い過去に毎日遊んだ芝生が。

 草の上には幾つもの物体が並べられている。飛行機? いや、宇宙船。じっと見ていてその中の一体に見覚えがあることに気づく。思わずハッと息を呑む。パイオニア10号。そして他に目をやるとボイジャーもあった。その他見慣れぬものも多数ある。まさにそこは宇宙船の展示場だった。その瞬間に私の本能はここが目的地であることを悟った。しかしながら得体の知れぬ未知の場所に我が身が置かれているにもかかわらず悠揚迫らぬ心境であるのが不思議だった。

 私はゆっくり顔を真上に向けた。真っ白な天井は微かに淡い光を放っているように見える。それはやがて巨大なスクリーンと化し、そこに自分の人生の軌跡が走馬灯のように映し出されるのを見た。これでよかったのだ。静かに頷いた。と、その時私が横たわるベッドを複数の人影が囲繞しているのに気づく。目を凝らしてよく見るとそれらは人間の様相ではなかった。漆塗りのように光沢のある真っ黒な肌。体は棒のようにひょろ長く細い手足が二本づつと目鼻のない長い顔。人とは似ても似つかぬ未知のエイリアンの姿そのものだった。しかしながらそれら数体のエイリアンたちに取り囲まれている私はひとかけらの不安も恐怖心も感じてはいなかった。そして今遠い昔に跡にした故郷に舞い戻ったことを確信した。

 宇宙を航行しながらいつも思っていた。いつの日か地球で英雄として皆に迎えられる日が来るかもしれないと。そんな可能性は皆無なのだとわかっていた筈なのに。

 エイリアンたちは只優しく私を見守っているように見えた。するとそのうちの一体が腕を上げ三本の細長い指で窓の外を指した。

 私はふたたび窓の外に目をやった。次の瞬間、ああ・・と声にならない声をあげた。広大な草原の中にメビウスがあったのだ。パイオニアやボイジャーと共に。あそこにソロはいる。私はそう確信した。

 一体のエイリアンは三本の指で私の頬にやさしく触れた。私はその一体が女性であることを認識した。その時、母さん・・と無意識に呟いていた。微かな声で。

 声を出すことはままならなかったが、私がここに移送されてから並々ならぬ配慮を施してくれた彼らに深く感謝した。私は只ひたすらに彼らに思念を送り続け懇願していた。自分の体をメビウスに帰してほしいと。そして彼らが私の希望を受け入れてくれたことを理解した。これでソロの元に帰れる。

 大きな安堵感の直後、激しい睡魔に襲われた。だがあえてそれに逆らうことはない。永遠の静かなる安らぎに。      (了)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙ひとり @kubota63

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る