3 暴走
今朝の目覚めは快適ではない。睡眠不足のような妙な気だるさが体全体を襲う。
宇宙暦年計数器は799034年3月14日17時28分45秒となっていた。バーナード星系を離脱して2万年が経過していた。
「ソロ、おはよう。ご機嫌いかが?」私はソロに語りかける。
「豊様、おはようございます」ソロがいつもの挨拶を返す。
「俺が睡眠中に船に侵入者があった形跡はないか?」念のために訊く。
「そのようなものは探知しませんでした。船の航行も順調です」
「そうか。やはりあれは夢だったんだな」
「夢? いったい何のことですか?」
「今回の眠りで俺は地球で別れた両親の夢を見たんだ」
「それは考えられません。ナノマシンは夢を見るようにはプログラムされていない筈です」
「でも俺は確かに見た。まあ、いい夢だったけどな」
私がそういうとソロは数秒間沈黙した。そして、「豊様は幼い頃に別れたご両親にまた逢いたいと願う思いが強すぎて夢で再会出来たと思い込んでいるのだと分析します。豊様がご両親に逢えるのは夢の世界だけなのですから」
私はソロの説明に何故か納得していた。思い込みや錯覚は人間のみが発症しうる精神の歪。そう考えたからだ。そして自分が人間なのだと思うことで安堵したのだ。
突然、船内に警報サイレンが鳴り響いた。
「ソロ、何があった?」
「未確認飛行物体が接近。かなり高度な文明を持つ異種族との遭遇かと思われます」
その時私は未知との遭遇の期待よりは計り知れぬ恐怖が体の中に走るのを感じた。何かいやな予感がする。たちまち胸の内を大きな不安が満たした。そしてズキズキと頭の芯が痛み出した。
「相手からの応答は?」
「信号を発信し続けてはいますが応答はありません」ソロが答える。
私は船の前方に目を向けた。そこには明らかに星ではない何かが多数白い光を放って上下左右に動いている。それらは徐々に大きくなり、中には消えたり点いたりしているものもある。まるで蛍。そうだ。宇宙蛍。だがそれらを綺麗だなどと鑑賞する心境ではまったくない。
「ソロ、あれは宇宙船なのか?」
「そのようですが、構造はわれわれの科学の域を遥かに超越した物質と造りで成り立っています」
「要するに俺たちには理解不可能なものってことか」
ソロとそんな会話をしている間に宇宙蛍たちはさらにメビウスに近づき多数の巨大な光の塊になった。しばらくの間戦々恐々として見ているとソロが突然叫んだ。
「船内に侵入者あり!」
その次の瞬間、私の後方に二体のエイリアンが現れたのに気付いた。その肌は真っ白で尻尾のないヤモリが二足で直立したような恰好だった。只、顔に目鼻がない。大きく裂けた口があるだけだった。
エイリアンたちは無言で佇む私に近づいてくる。そして一体が私の右腕を両手で掴もうとしたその瞬間、私は一体の腹部めがけて強烈な蹴りを放った。私の体の外部は金属である。その威力はキックボクシング世界チャンピオンの数十倍は優にあろう。その一体は宙を舞い数メートル先の内壁に激突し動かなくなった。
残りの一体はそれを見て一瞬後ずさりしたが、すぐに戦う構えらしき姿勢をとった。そいつはグウェグウェギュルルルウーと奇妙な甲高い声を発しながら近づいてくる。おそらく私に罵詈讒謗を浴びせているのだろう。近づくそいつの顔面めがけ私はメガトンパンチをお見舞いしてやった。その一体も後方に吹っ飛び動かなくなった。
「いったいこいつら何なんだ?」私は茫然として呟くしかなかった。
「まったく未知の生態系のようですが、調べてみないと何とも言えません」ソロが分析する。しかし事態は切迫していた。何とかしてこの場を切り抜けねばならない。思案していると二体のエイリアンの体に異変が起こった。口から白いミミズのようなものが出てきたのである。それらは体内にいた寄生虫が外に這い出してきたかのように体をくねらせ全身を現した。やがてそれに四本の足らしきものが生え、まるでゼンマイ仕掛けのおもちゃが動き出すように二本の足で直立した。そしてそれらはみるみる成長し大きくなっていく。あまりの光景に只、茫然と立ち尽くす私にソロがいう。「この生命体は自己複製する能力があるようです。殺しても殺しても限がありません」
「なんだって!」
そうしている間にも新たに再生された二体は元の大きさに成長し私に襲い掛かってくる。仕方なく何度も蹴とばしぶちのめす。しかしその度にこいつらは再生し襲ってくる。船内はいつの間にかエイリアンの死体だらけになった。
どのくらい時間が経っただろうか。私は強い疲労感に襲われ体の動きが鈍ってきた。それと同時に頭の芯がキリキリと痛み出した。視界がぼやける。そして新たに数体のエイリアンたちが船内に現れたのを見たあと意識を失った。
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